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01.


今夜の月は、いやに禍々しい光を放っている。

深い藍色に染まった夜闇の天空に、ふたつの月が、麗しい姿を惜しげもなく晒す。
いつもは青銀と朱金に神々しく輝く美しい双子月は、今日だけは何故かその姿を妖しく変える。
鮮血を滴らせたような真紅と、冥界への入り口を彷彿とさせる深い蒼へと。
月光は、寝静まる城下の街を不気味に照らし出していた。

(こんな双子月は初めてだ。何かの予兆でなければいいが……)

深夜まで執務室で仕事を片付けていたイシュヴァルトは、窓からその月を眺めた。

(そう言えば、こんな双子月に、彼等は現れたのだったな)

ちらりと脳裏を掠めるものに、思わず失笑する。
そんな都合の良い事が、起こる筈がない。
大地との契約が失われつつあるこの国に、今更どんな恩恵があるというのか。
イシュヴァルトは首を振って、その思いを掻き消した。
城下街と城との境に、ちらちらと赤く燃える炎は、篝火だ。今夜警備に当たった者達も、今頃は不安に駆られて空を仰いでいることだろう。
イシュヴァルトは一度階下へ投げた視線を天空に戻す。
ふたつの月は、天中に架かろうとしていた。
ぼんやりとしている場合ではない。この書類だけは片付けてしまわなければと、机に意識を向けた。

ズ……

「?」

異様な音を耳が捉えたと感じた刹那──。

ズンッ

底から突き上げるような、大きな揺れを体が感じた。
座っていた椅子が体ごと傾ぐ。
イシュヴァルトは椅子から立ち上がると、窓際の壁に体を自ら押し付けるようにして支え、外の様子を伺った。
それは、城全体を揺るがし、寝静まる城下を襲う。
城壁に置かれた警備の篝火が、一瞬でその姿を隠し、周囲は完全な夜闇に染まった。
赤紫の異様な月光だけが、唯一の闇を照らす存在だった。
揺れは、一瞬でおさまった。
だが、体感していた者には、それは四半刻(約三十分)以上も揺れていたように感じた。
それ程の恐怖を、彼等に与えるものだった。

「……おさまったか」

揺れが完全におさまるのを待ってから、イシュヴァルトは壁から体を離した。
悲惨な状態になっているであろうと予想した執務室を見渡して、呆然となった。

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