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-(4)

だが、馨佳はその使用人を一人も連れて来ていないと言うのだ。

「左様で御座いますか。では、こちらから女官を数名派遣致します」

「はい、宜しくお願い致します」

言いたい事が色々とあったのだろうが、焔醒はそれだけを口にした。
今はあれこれと質問している場合ではない。本来であれば、この様な話も事前に決めておくべき事であった。
花嫁を迎えると決まった段階から案内人を任せられていればこんな不手際は起こさなかったのに、と、焔醒は内心で唇を噛み締めるが、三日前に急遽命じられてしまったのだから、今更どうしようもない。

「こちらへ」

折れそうに細い指先を手のひらに乗せて、焔醒は馨佳を促す。
一歩踏み出すと、真っ直ぐに天に向いていた槍が一斉に斜めに向きを変えた。
金属音を響かせて左右の槍が重なり合い、行天宮までの道を飾る。
驚いて思わず足を止めてしまった馨佳に、焔醒が再度歩くように促す。

「申し訳御座いません」

蚊の鳴くような小さな声で謝罪すると、馨佳は恥入りながら足を踏み出した。
一歩一歩を踏み出す度に、心の臓が激しく鼓動する。
行天宮の中に、覇久毘が居る。
そう思うだけで、馨佳は泣き出したくなった。
逢いたい。
けれど、逢いたくない。
複雑な感情が馨佳を支配する。
覇久毘が馨佳を本当の意味で受け入れないであろう事は、馨佳本人が一番よく解っている。
だから尚更、馨佳はその時が現実になるのが怖い。
ぽかりと広がる正門の先は、先の見えない未来への入り口。
行天宮の正門は数十人が並んで通っても楽に通過できる程に大きく、まるで兎が獅子に挑むかのような恐怖を感じて、馨佳はふるりと身を震わせた。

――私は、この先どんな事があっても、この宮からは二度と出られない。喩え疎まれようとも。

馨佳の指先の震えを感じ取っている筈の焔醒は、何も無いかのように振る舞う。
下手に同情されたくはない。慰めが欲しい訳でもない。だから、今の馨佳には焔醒のその態度がありがたかった。

廊下に響く沓音(くつおと)は、今までの己との決別の儀式。
ひとつひとつ、祖国での思い出を捨て去り、ここから始める為の、馨佳なりの――。

焔醒の足が止まり、うつむき加減だった馨佳は顔を上げた。
黒々とした扉が馨佳の行く先を阻んでいた。
漆だろうか。艶消しが施され斑(むら)の無い漆黒の扉には、一匹の龍が黄金で描き出されている。所々に目の覚めるような赤や青の染料で色付けされているが、派手派手しさは感じない。
堂々としたその様は、まるで皇帝の姿そのもののようだ。

「采国ご息女、馨佳様ご到着です」

凛とした焔醒の声が廊下響き、それを合図として重厚な漆塗りの観音開きの扉が開かれた。


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あきゅろす。
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