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-(2)

考えに耽っていた馨佳は、声を掛けられて、はっとなった。

「はい」

今はそんな事を悩んでいる場合ではない。覇久毘との謁見が実現しなければ、何も意味を成さないのだから。
馨佳は薄布を手で押さえながら、頭を窓から引き抜いた。
はしたない事をしてしまった。
窓から顔を出すなど、子供でもやらないような行動を取ってしまったと、馨佳は窓を閉めながら恥ずかしさに頬を染め、両手をそっと頬に押し当てた。
気持ちが落ち着いてくると、顔を隠す為の薄布が風で飛ばされでもすれば、噸でもない事になっていたと今更ながらに思い至り、今度は青くなる。
神聖な婚儀を汚したとして、婚儀どころか国交にひびが入り兼ねない始末になるところだった。

花嫁として嫁ぐ日、最初に顔を見せるのは夫になる相手だ。それ以外の者は、肉親であれ例外にはならない。
婚儀は、花嫁となる者が、朝日が登ると同時に薄布を顔に被る事から始まる。その後、家人等に手伝われながら花嫁衣装を身に着け、嫁ぎ先へ向かう。
夫となる相手から覆いを取ることを許されて初めて、花嫁は顔を晒す事を許されるのだ。
もし、夫となる者よりも先に何者かに顔を見せてしまえば、故意であれ偶然であれ、花嫁は嫁ぐ意志無しと見做され、婚儀は白紙に戻されてしまう。
それは紫藍国に限った事ではない。この大陸全土の風習だ。

「危なかった……」

馨佳の嫁入りは、ただの嫁入りではない。国と国との絆の証でもあるのだ。
安易な行動が、祖国に危機を招く事になる。もしそんな事になれば、何の為に祖国を出たのか解らなくなるではないか。
馨佳は、ぎゅっと拳を握り締めた。

「私の、馬鹿」

ふっくらとした唇を噛み締めた。強く噛みすぎたのか、口腔に血の味が広がる。
馨佳は暗い気持ちでそれを飲み込んだ。

もう、祖国へは戻れない。この国で、生きていかなければならない。
この先、どんなに辛く悲しくても。

馨佳の拳に、一滴、光るものが落ちた。
馬車の背もたれから、停車時の揺れを感じた。
どうやら到着したようだ。
耳を澄ませて様子を窺っていると、控え目に扉が叩かれた。

「到着致しました」

騎馬兵の呼び掛けに、馨佳は意を決して顔を上げた。

「はい」

馨佳が応(いら)えを返すと、馬車の扉がゆっくりと開かれた。
目の前に広がる光景に、馨佳は息を飲んだ。


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あきゅろす。
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