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03


03.



紫翠(しすい)――紫藍国の中で最も大きく、そして最も栄えた、皇帝の住まう都である。
紫翠は四つの郭(くるわ)からなる。
一の郭には湖に囲まれた皇帝の居城行天宮が、湖を挟んだ二の郭には高位貴族の屋敷、三の郭に高位貴族以外の地方貴族達の館、四の郭に商家などを含めた一般民の住まう家屋敷、という具合に綺麗に区画整備され、大通りからそれこそ裏路地に至るまで、石畳が敷かれて舗装されている。
それぞれの郭には城壁が張り巡らされており、出入り口は各城壁毎に五つあるが、普段は四の郭から二の郭、湖を越えて一の郭までを真っ直ぐに結ぶ紫翠一の大通りである彩紫通り――その名のとおり紫の色石で飾られている――の一カ所のみが開かれている。何故一カ所だけしか開かれていないのかと言うと、出入りする人の監視の為である。
どの城門にも警備兵が常駐しているが、四の郭へは誰でも出入りが自由になっている。だが、その先の三の郭へ入郭する場合は、衛兵の身体検査を受けなければならない。出る場合も同じだ。二の郭に至っては、身体検査の上、入場許可証が必要となる。
そんな紫翠の石畳に、がらがらと轍の音が響く。
喧騒の中を抜け、二頭立ての立派な馬車が三の郭を潜り抜けていく。
都人は、騎馬兵に警備されながら走り去って行く馬車の姿へと、深々と頭を下げる。馬車に乗っている人物が、采国から迎えられた皇帝の花嫁だと知っているのだ。

三の郭から二の郭へ入った途端、騒がしいくらいの喧騒が水を打ったような静寂に変わった。
馨佳は驚く程の静けさに、そっと窓を開いてみた。
見事な石畳の敷かれた通りは、馬車二台が余裕で擦れ違える程に広い。
だが、今その道を通るのは、馨佳の乗せられた馬車だけであった。
馬車の速度はそれ程速くはなく、白と紫の石を敷き詰められた美しい路地が流れゆく様を、馨佳は薄布越しに眺めた。
この顔を隠す為の紗を取ってしまえたら、もっとはっきりと見ることができるのに。そうは思うが、この布を取れるのは、夫となる皇帝陛下への謁見が済んでからだ。

「如何なされましたか?」

横を警備していた騎馬兵が、そんな馨佳にそっと声を掛ける。

「あ、いえ。美しい都だと思って」

「この都は、紫藍国一ですから」

騎馬兵はどこか自慢気だ。

「そうですね」

馨佳は頷いて、大きくなってくる行天宮を仰ぎ見た。
この宮に、覇久毘が居る。
覇久毘は受け入れてくれるだろうか。こんな己を。
受け入れてくれる訳がない。解っているけれど、馨佳は淡い期待を抱いてしまう。
もしかしたら――と。

「間もなく到着致します。窓をお閉め下さい」


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