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-(2)

那祇阿は満面の笑みで深々と礼をとる。

「ふん。ではそれまでに、婚儀の記念として何か贈り物でも用意するかな」

それでいいのだろう? と目で問い掛ければ、那祇阿は最敬礼でもって返してきた。
他にもあれやこれやと報告した後、那祇阿はようやく部屋を退出して行った。

「……花嫁、か」

きしり、と覇久毘の体重を受け止めて椅子が軋む。

「義務だから、仕方がない……」

世継ぎをもうける為の、皇帝として最低限の義務のひとつだ。
理解はしているが、釈然としないのは、他に想う相手がいる故か。
覇久毘は何度目になるかわからない溜め息を、またひとつ吐き出した。

実は、覇久毘が花嫁を迎えるのは初めての事ではない。皇太子の頃に、従姉妹を妻として迎えている。
従姉妹は万事において控え目な性格であったが、兄弟姉妹のように育ったからだろうか、誰よりも覇久毘を理解してくれていた。
包み込むような優しさで覇久毘を癒やしてくれた彼女は、覇久毘が皇帝として立ったその年、体調を崩したのをきっかけに重い病を患い、呆気なくこの世を去ってしまった。世継ぎをその身に宿したまま。
癒やしてくれる存在と、新しい命を同時に失った覇久毘の心は深く傷付きながら、国を統べる政の激務に耐えつつ、徐々に荒んでいった。
世界は色褪せた。
何を食べても何を飲んでも砂を噛んでいるように味が無く、どんな娯楽にも心が浮き立たない。
生きたまま死んでいるかのようだった。

珠華に、出逢うまでは。

珠華は、彼女に似ていた。包み込むような優しさと控え目な性格。
覇久毘は彼女を失ってから初めて、他人という存在に癒やされた。
彼女が持ち得なかった、天上から響くような涼やかな歌声にも魅せられた。
初めは彼女に似ているからという理由からだったが、珠華にしかない優しさに触れるにつれ、珠華は彼女よりも愛おしい存在になった。
大切にしたい。
だから、時間を掛けて珠華が覇久毘に心を開くのを待った。だが、結果はあの有り様だ。
珠華は覇久毘を拒絶する為に己の喉を小刀で突き、天界一の美声で鳴くと言われる鳥、迦陵頻伽とまで謳われた声を失ってしまった。
覇久毘が他国から招いた名医の手により声を取り戻したが、迦陵頻伽の歌声は永遠に失われてしまった。

覇久毘は珠華を愛していた。
今も、愛している。
それ故に、その心の中には、新しい后の入る場所は残念ながら無い。

「明後日、か」

その日は、月と約束した『七日後』だった。


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あきゅろす。
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