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-(4)

純白の薄布の下衣に、淡い紫の上衣を幾重にも重ねている衣装が、尚更そう錯覚させる。よくよく目を凝らせば、同色の糸で細かな刺繍が縫い取られていた。

架け橋の廊下から申し訳なさそうにこちらを見下ろしているその姿に、覇久毘は背筋に電流が走るのを感じた。
祥華楼に居るのだから男なのだろうが、結わずに自然に流されたままのぬばたまの髪と白磁の肌と整った美貌が、性別を不明に見せていた。
覇久毘の顔を見て、月華の精が驚いた表情を浮かべた。だが、それはほんの一瞬の事だったので、ただの見間違いだったのかも知れない。

「拾っていただいて、ありがとうございます」

池に落ちてしまわなかった事にほっとしているのだろう、彼は微笑みながら覇久毘に礼を告げる。

「これは、そなたのか?」

先程言いそびれた言葉を唇に乗せる。
喉が張り付き、声が掠れていた。

「あ、はい」

池を周り、架け橋の廊下へと近付く。薄絹を手のひらに乗せて差し出すと、たおやかな指先が伸びて来た。
指先が触れる刹那、覇久毘はすいと手のひらを遠ざける。
月華の精は、困惑の表情を浮かべた。
困惑していたのは覇久毘も同じだった。まさか、己がこんな子供じみた態度を取ろうとは、想像だにしていなかった。
そんな感じだった。
何故、こんな事をしてしまったのか。
覇久毘は胸の内で己に問い掛ける。
答えは直ぐに出た。
このまま、名も知らぬまま、ただの通りすがりとして終わりたくないからだと。

「名を、教えてはくれまいか」

意味の解らない焦燥感に似たものに背中を押されるように、覇久毘はそう言葉を紡いだ。

「え?」

明らかに戸惑いを見せた月華に、覇久毘は落胆する。

「いや……」

己が感じるように、彼は己との出逢いに何かを感じている訳ではないらしい、と。

「いい、忘れてくれ」

娼妓を買う客のようには見えない。美貌といい、衣装といい、客ではなく祥華楼の娼妓なのだろう。
おそらく彼は、馴染み客の元へ向かう途中だったのだ。そう判断した覇久毘は、軽く手を振り、行ってくれと合図を送る。
これだけの美姫を、覇久毘は今までその存在すら知らなかった。


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あきゅろす。
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