-(2)
最愛の者を目の前で奪って行った、かつての恋敵だった男は、今では本音をぶつけられる数少ない相手となっていた。
「怒鳴り込まれる前に行くか、珠華」
「はい」
何事にも控え目な珠華を伴い、覇久毘は奥座敷を出た。
階(きざはし)を下り、隔絶された夢の世界から現世へと帰る。
七階建ての祥華楼を、子供は元気か、などと会話を交えながらゆっくりと三階まで下りていくと、予想通りに両腕を組んでむっつりと踊場に佇む人影があった。
「誠志」
己と居たときより幾分か弾んだ声を上げる珠華に、覇久毘の胸に複雑な思いが過ぎる。
珠華は誠志のものなのだと、解ってはいても面白くは無い。
また、覇久毘の不快感を煽るように、誠志が勝ち誇った笑みを浮かべるものだから、収まる気持ちも収まりが付かなくなる。
「覚えておけよ」
自身をさらけ出せる貴重な存在を手放す気の覇久毘は、そう応酬する事しかできない。
珠華が泣くような事はしたく無いというのが隠れた本音であろうが。
「望むところです」
誠志は誠志で、覇久毘が権力を行使してまで本気で己を排除するような事は無いと知っているので、飽くまでも強気の態度を崩さない。
覇久毘はつまらなさそうに、ふん、と鼻を鳴らしてみせ、この話を終わらせた。
「珠華」
おろおろと二人のやり取りを眺めていた珠華を安心させるように、覇久毘はくしゃりと髪を撫でた。
「はい?」
珠華が首を傾げると、しゃらりと髪の飾りが揺れた。
薄桃色の石の可愛らしい小さな花が幾重にも連ねられたそれは、澄んだ音色を奏でた。
「ではな」
「はい」
別れの挨拶を見届けた誠志は、珠華の手を取ると、覇久毘を置き去りにして階を下りて行った。
「まったく。あやつは私を皇帝とは思っておらんな……」
どうしようもない奴だと、覇久毘は苦笑を浮かべた。
二人の背中を見送った覇久毘は、くるりと踵を返した。
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