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01.



開け放った窓から、夜風乗って、甘い香りと幻想的な弦楽器の音色が運ばれてくる。

「いい風だ」

祥華楼の奥座敷の窓際に腰を下ろし、覇久毘は煌々と輝く月を眺めていた。

祥華楼。
男ばかりの娼妓の集う娼館である。
この高級娼館は、客を選ぶ事で有名だ。いくら金を積んでも、どれだけ身分が高くても、紹介者のいない者は門を潜ることすら許されない。また、紹介者を得ていたとしても、主の眼鏡に適わない場合も同様である。
その選び抜かれた祥華楼の客の中でも、この奥座敷と呼ばれる最上階を使える者はただ一人。
紫藍国皇帝――今上帝覇久毘と、彼に呼ばれた者のみである。

「あ」

鈴を転がすような可憐な声と共に目の端で何かが揺れ動き、覇久毘の意識を引き寄せた。
皇帝に呼ばれた太夫なのだろうか。華奢な少年が部屋の中央辺りに座しており、声はそちらの方から聞こえてきた。

「どうした?」

優しく尋ねてやると、困ったような表情を浮かべながら、何でもないと静かに首を振る。
この少年が、ただ己の気を引きたいが為にそんな事をする筈は無いと知っている覇久毘は、先程まで少年が視線を向けていた方向へとそれを流す。

「ああ」

時刻を計る為の線香が、仄かな甘い香りを纏わせて、ゆうるりと煙をくゆらせていた。
その燃えて短かくなった線香が最後の命を燃やし尽くす瞬間を、覇久毘はうっかりと目にしてしまった。

「もう、そんな時間か……」

楽しみにしていた時間はあっという間に過ぎていく。
その終わりを見てしまった覇久毘は、残念そうに溜め息を吐くと、手に持っている酒器に残る酒を飲み干した。

「誠志が迎えに来ているのだろう?」

空になった杯を受け取ろうとする少年を軽い動作で断り、自分で膳の上に戻すと、こくりと少年が頷くのを確認した覇久毘がゆっくりと立ち上がる。少年も続いて立ち上がった。
すらりとした立ち姿は、まるで芍薬や百合の花のようだが、その身に纏っている衣装は上物だが、太夫の衣装とするには些か華やかさに欠けた。

「あやつ、きりきりしながら待っておろうな」

覇久毘は鬱陶しげに呟く。


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あきゅろす。
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