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迦陵頻伽-白詰草-
風が、なだらかな丘を駆け抜けて行った。

誠志は丘の上に立ち、村を見下ろしていた。
ここは、いつも珠華が立っていた場所。
いままでは、その隣に誠志が立っていた。
今、誠志はひとりだ。
もう、珠華と一緒にこの丘に立つことなはい。

ひと月前に、珠華はこの村から居なくなった。都人(みやこびと)が、珠華を連れ去ったのだ。
ぎり、と誠志の拳に力が入る。

絶対、絶対に珠華に逢うんだ──。

その為ならば、誠志は何でもする気だった。

もう、この丘にひとりで登ることはないだろう。過去を懐かしんでいるだけじゃ、何も前には進まないから。

ふと足元に落とした視線に、あるものが映った。

白詰草……。

誠志はしゃがみこんで、それをそっと手に取った。
まだ五つか六つの頃、珠華の左薬指に指輪の代わりに巻いてやった事がある。

ただ単純に喜んでいたっけ、俺の下心なんて気付きもしないで。

誠志はその頃から珠華が好きだった。そういう対象として。
おかしいとも思わなかった。それが当然なんだと、自然と受け止めていた。
花の指輪を左薬指にわざわざ嵌めたのは、ずっと一緒に居ようという、将来の約束。
父親と母親のように、共に暮らして行きたいという、誠志の心の形。

珠華には秘めたる想いを伝えられなかったけれど──。

待っていてくれ、珠華。
必ず逢いに行くから。

だから、それまでは……

誠志は唇を噛み締めて涙をひとつ落とした。

もう、この先涙を流すことはないだろう。
何があっても、珠華と再開するまでは。

その決意が、慟哭に変わる日が来ることを、誠志はまだ知らなかった。


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あきゅろす。
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