さくら【04】-5
「あの……時間、いいんですか?」
僕と同じ様に、ぼんやりと人の流れに目をやっていた彼に、時計を指し示す。
僕は『遅刻』として出席簿に付くだけだけど、社会人の彼はそうはいかないんじゃいかな。
僕のせいで彼が上司の人に怒られたりするのは、嫌だった。
「ん? ああ、そうだな」
名残惜しそうな感じで彼はゆっくりと立ち上がる。
飲み終えたカフェオレの缶を、僕の手から取り上げてゴミ箱に捨ててくれた。
何気ないその行為に、僕がどれだけときめいているかなんて、彼は分からないだろうな。
「ご馳走様でした」
「そんな大層もんじゃないさ」
彼は笑った。
でも、奢って貰ったのは確かだし、ちゃんとお礼は言わないと。
「でも……」
と、言いかけた僕の唇に、彼の骨ばった指が触れた。
「どうしてもお礼が言いたいと言うなら、その代わりに名前を教えてくれないか?」
どくり。
艶のある瞳に見つめられて、かぁ、と頬に血がのぼる。
「柏木(カシワギ)さくら……です」
「さくら君」
彼の声が僕の名前を呼ぶ。
心臓が破裂しそうなくらいバクバクしてる。
どうしよう。
彼に聞こえてたら。
「俺は、榎田聖護(エノキダ ショウゴ)」
ゴオォッ。
電車が駅に入ってくる。
彼は座ったままの僕に手を伸ばして来た。
掴まれって、ことだよね?
僕は、聖護さんの手を取った。
大きなな大人の手が、僕を包み込んだ。
甘い蜜の香り。
その日、僕は初めて彼と口をきき、初めてその名前を知った。
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