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「申し訳御座いません、陛下。緊張ゆえに聞き逃してしまったようです」

いつまでも返事をしない珠華に、蒼清も気付いたようだ。

「構わん。突然こんな場所に連れて来られては、緊張しない方がおかしいのだからな。ではもう一度問おう、名を何とかいう?」

「しゅ……珠華と申します」

「珠華か」

どうやら怒ってはいないらしい。
穏やかな口調に、珠華はほっと胸を撫で下ろした。

「よい名だ。声も、まさしく迦陵頻伽の如く美しい音をしている」

ありがとうございます、と言うべきなのだろうか。
珠華がそう悩んでいる姿を、皇帝も蒼清も暖かい目で見つめていた。

「目が不自由なのに、私の為に慣れぬ場所に連れてきてすまない」

「あ……いえ」

「そなたは私の迦陵頻伽として、その美しい声で私を癒やしておくれ」

幾重もの紗幕が内側から開かれ、床を鳴らす沓音が響いた。
陛下、と誰かが止める声を無視して、こつり、こつりと階を降りてくる。
珠華の視界に刺繍の美しい衣装の裾が入ってきた。

「顔を上げよ」

請われるがままに顔を上げた珠華は、思いの外顔が近い事に驚いた。

「美しい瞳をしているな。まるで紅玉のようではないか」

「…………」

「私の為に鳴いておくれ──私だけの迦陵頻伽」
皇帝は思っていた以上に若かった。おそらく三十代後半に差し掛かるかどうかという頃だろう。
優しく笑みを浮かべる瞳が、どこか誠志を思い起こさせた。
きっと誠志が歳を重ねたら、こんな感じになるのではないか。

珠華は言葉もなく、愛しい人の眼差しに似たそれを受け止めていた。

それが、珠華と皇帝の出逢いだった。

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あきゅろす。
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