07
翌日、昼前には蒼清が村にやって来た。
珠華の返事を聞いた蒼清は、少し驚いたような表情を浮かべていた。
嫌だと言えば説得するつもりだったのだろう、どこか拍子抜けした色が滲んでいた。
「本当に、いいんですね?」
「はい」
実際、蒼清は断られるとばかり思っていたと、後にそう話してくれた。
「珠華」
「……誠志」
これ以上言葉にすると、泣き出してしまいそうになる。
俯く珠華の頬に手を添えて、誠志が顔を上げさせる。
珠華は必死に笑みを浮かべた。
「逢いに行く。必ず、逢いに行くから」
何年かかっても──。
うん、うん、と珠華は何度も頷いた。
待ってる。
ずっと、
待ってるから……。
その約束は果たされないかもしれない事を、誰しもが想像出来たが、皆口を閉ざして二人を見つめていた。
「──行きましょうか」
「はい」
持って行くような荷物など、珠華には何もない。
改めて迎えに来ますよ、と蒼清は言ってくれたが、別れを延ばすと辛くなるだけだと判っていたから、珠華はそっと首を振った。
母親は、この村に残る事になった。
病弱な肉体では、とてもではないが馬車での旅に耐えられないだろうという判断だ。後日、都の腕の良い医師を派遣すると蒼清が請け負ってくれたので、珠華はそれを信じる事にした。
蒼清に導かれて、珠華は立派な馬車に乗り込んだ。
「村長……母を、お願いします」
村長がゆっくりと頷くのを確認すると、珠華は真っ直ぐ前を見た。
誠志の視線を感じたけれど、珠華は振り返らなかった。
もう、笑顔を見せられる自信がなかった。
「出して下さい」
蒼清の言葉に従って、馬車が動き出す。
大粒の涙を瞳一杯に溜め込んで、必死で我慢している珠華に、蒼清は何も言わずそっとしておいてくれた。
村が小さくなっていく。
車窓から見えなくなる頃になって、珠華は漸く窓から身を乗り出すようにして振り返った。
堪えていたものが堰を切ったように溢れ出す。
誠志、誠志……!
ぎゅと小さな両の拳を握り締めた。
──誠志!!
溢れ出る想いは留まる事を知らないかのように、珠華自身を翻弄した。
泣き疲れて、ぼんやりとし始めた頃に、蒼清がそっと肩を抱き寄せてくれた。
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