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06
「目、腫れちゃったな」

困ったように誠志が笑う。
簡単に泣ける程、無垢な子供でもなくなっていたから、誠志は泣いた事を知られて照れているようだった。
そんな誠志が可笑しくて、珠華の唇にも自然と笑みが浮かぶ。

「川で冷やして帰ろうか?」

「うん」

どちらからともなく手を繋いで丘を下る。
そんな何気ない日常を過ごせるのも、今日で最後。
珠華はまた込み上げてん来そうになる涙を、ぐっと堪えた。
泣けば、誠志が困るのが判っているから、彼の前で泣くことは出来なかった。



小川で腫れぼったくなった瞼を冷やし、家に帰り着いた頃には、もう陽が傾いていた。
夕闇に染まる村を、珠華は美しいと感じた。
この目に入る景色は何もかもの輪郭が朧気で、朱色の世界に溶けていく。
それでも、美しいと思った。

生まれてから十年間、一度も出た事のないこの佐丘の村に、もう一度戻って来れる日が、果たして来るのだろうか──。

離したあの手を、再び取ることは、叶うのだろうか。

そんな事を願うことすら、もう許されないのだれうか。

色んな思いが押し包み、小さな胸から溢れ出る。

珠華は、刻一刻と闇に沈んでいく村を見つめながら、また一人、静かに涙を落とした。

泣くのは、これで最後にしよう。

笑って別れたい。
笑顔だけを、あの瞳に焼き付けておきたいから。

そう、心に言い聞かせながら──。

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あきゅろす。
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