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「だーかーらー、ここのプリンは安いだけじゃなくて最高なんだって!」

「うん。それは前にも聞いたから」


春市が微苦笑しながら相槌を打つと、いやいや春っちはわかってない!と沢村が天に拳を振りかざす。わかってるってば、と春市は困ったような笑みを深くして、こっそり嘆息を飲みこんだ。
身ぶり手振りが兎に角大袈裟な沢村の相手をするのは、一日ぎっしり練習を詰め込んだ後の春市には少しばかり堪える。まあこれもトレーニングの一貫だと思えば我慢できるよね、と持久力のない春市はちょっとばかり酷いことを考えながら親友((仮)にランクダウン中)の力説を受け流し続けた。
二人が居るのはコンビニの前だ。寮から徒歩10分以上かかるそこに、春市はすすんでパシリとして、沢村はその付き添いと見せかけて自分へのご褒美を買いに来ていた。
そういえば、と春市は久しく訪れたコンビニの夜闇に浮かび上がる看板を見上げて呟いた。


「また成宮さんと会ったらどうする?」

「うーん……今日はアイスにはちょっと肌寒いよな」

「そーじゃなくて」


また餌付けされる気でいちゃダメでしょ、と呆れ顔になりはしたが、まあ会ったら会ったでどうにでもなるか、と対策を放棄する。最近思考がポジティブに侵されつつある春市であった。
そんな影響を与えてくる張本人に続いて、春市はコンビニに足を踏み入れた。迎えた人工の風は少し温めに設定されていて、以前訪れたときとは異なる空気を感じた。






◆ ◆ ◆






自動ドアをくぐった沢村は肩で風を切りながら一直線に奥へと進んだ。
目指すは奥の棚──デザートコーナー。そんなに焦らなくても逃げないとはわかっていても、ここはいつ邪魔が入るかわからない魔のコンビニ(御幸談)である。巻き込まれるにしても用事を済ませるが先だと沢村の本能が告げている。
もう沢村にはプリンしか見えていなかった。そのせいか、レジの前を通り抜ける際に客一人とぶつかりそうになる。
すんません、と謝まりつつもなんとかプリンのある棚に辿り着いた。


目標捕捉。残数ジャスト二個。
棚周囲人影なし。
キープ、余裕。


よし!とにんまりほくそ笑んだそのとき、ふと、沢村は視線を感じた。
先程ぶつかりかけたコンビニの客だった。
ジーンズにTシャツといったラフな格好ではあるが、中学生くらいだろうと思われる。
一応ちゃんと避けたのでぶつかってはいないというのに文句でもあるというのか。
……まさか!


──このプリンが狙いか!


だがここで引いてたまるか。そう、勝負とは残酷に先手必勝!
沢村は素早くプリンのカップを二つ棚から掬い上げた。さあ諦めろ!と得意気に見返せば、じっと真っ直ぐに注がれる視線に変わりはない。


──お、大人げないとでも言いたいのか!?


まるで責めるようなものに感じてしまえば、沢村はたじろいだ。ぐっと喉を鳴らし、思わず手にしたうちの一方を棚に戻しそうになって、いやダメだと意思を強く持つ。
だってこのプリンは俺に買われたがっているのだ、と沢村は思う。
……カッテヨー、エージュン、ボクヲカッテヨー(裏声)……とかそんな声だってほら聞こえるような気がするし。というか、先に手に取ったの俺だし俺悪いことしてないしこういうのは早い者勝ちだし絶対そうだし。
沢村が負けじと睨み返せば、少年の眼力も強くなった気がした。
結果、訪れたのは膠着状態。
そこへ、


「栄純くん、買わないの?」


ひょこりと不思議そうに顔を出したのは春市だった。
彼は早々に自分の買い物を終えたらしく、手に袋を下げていた。元々の目的は先輩のパシリで、買うものも予算も決まっていた彼は他の商品を冷やかすことはしなかったのだろう。
そんな春市が丁度少年の視線を遮るように間に入ったため、沢村ははっと我に返り、


「へ?あ、おう。買う買う」


わっはっはっ、と迷いを振りきるように大きく笑って、沢村は目的のプリン二つを手にレジへ行……


「………」


行け、ない。
春市の背後、丁度レジへの道を塞ぐように立つ少年。特に通路を塞いでいるというわけではないが、このプリンを手にしたままで通り抜けずらいのは確かだ。
レジに行ったらプリンは完全に沢村のものとなる。それが気に入らないからわざとそこを動かなかったのだろう、と沢村は推測した。
ちくしょう、なんていやらしい奴だ。欲しいならばそう言えばいいのに。やるとは限らないけど。
だが沢村はそこでわざわざ避けるように回り道をするような性格ではない。
ずかずかと春市を避けて大股で少年に歩み寄る。果たしてその動きは予想外だったのだろう。表情の無かっただった彼の目が見開かれて、少しばかり幼い印象になった。
そして沢村は、年上として威厳たっぷりに言ってやった。


「――言っとくけど、これは俺が先に取ったんだからな!?」


……訂正。威厳なんてなかった。
早い者勝ちは基本なんだぞ、と鼻息荒く主張を繰り出せば、彼はぱちりと1つ瞬き、それから口を開きかけたそこで、「ちょ、ちょっと栄純くん?」と春市が沢村の袖を引いた。
経緯を知らない春市からしてみれば突然沢村が見知らぬ少年Aに喧嘩を吹っ掛けたようにしか見えなかったのだろう。
ええい止めるな春っち、と少年と視線をぶつけあったまま沢村が言ったそのとき、


「あのー、こいつが何かしました?」


その声を一瞬店員かと勘違いした春市が「あ、いえなんでも」ないんです、と言い訳しようとして、あれ、となった。
慌てたようにやってきたのは眼鏡をかけた同年代の少年だった。彼の連れだろうか、手には週刊誌が握られていて、立ち読みの途中だったであろうことがうかがえる。
沢村が「こいつが睨んできたんだ!」と言い張れば「あー」と苦笑した眼鏡の少年はくるりと軽やかに反転し、無表情の彼の肩に腕をかけた。


「ははっ、すんませんほんと。コイツちょーっと態度とか悪くて誤解されやすいんスよねー。別に喧嘩を売ってるわけでもないんスけどね、こんなでも。てか喧嘩よえーし。
あー、ほら光舟ちゃんと誤解させたことこのおにーさん方──あ、お二方高校生っすよね?お、当たった!──に謝れって。な?ごめんなさい、だろー?ったく……いやあ、まだまだ世間知らずの中坊のやることなんで許してやってくださいってことで。ほんと」


ね?と片目を瞑って、空いてる手で拝むような仕草。
現れた少年の勢いに呆気にとられた沢村は「な……なんかチャラいのきたぞ春っち」と隣の春市にひそひそ告げる。流石にフォローできない春市は、えーと、と曖昧に濁した。
「おっとー、初対面でチャラい言われたぁー!」なんて大袈裟に額を押さえた彼の腕を肩から退けながら「確かに」とそれまで無言だった少年──光舟、と呼ばれた少年もうなずいた。


「って、光舟くーん!?」

「………」

「無視!?いっやー、すんませんコイツちょっと人見知り激しくて……って俺親友なんだけどヘイ光舟、ヘーイ」

「………」


はいまた無視ですねー、とがっくり肩を落として見せる少年。
すっかり場を茶化されたというか、雰囲気を変えられてしまったが、人見知りの視線じゃなかったけどな、とまだ少し不服モードの沢村は口を尖らせる。
とげのある物言いに、栄純くん、と春市がたしなめると、不意に眼鏡の少年は沢村たちをしげしげと見た。


「……んん?あっれー、もしかして青道の……?」


学校名が出たことで沢村たちはうん?と顔を見合わせた。沢村たちは今寮で過ごすときのジャージ姿で、学校名を特定できるようなものは身につけていない。
訝しげな沢村たちを置いて、「あー、だからか光舟!そういうことな!」とチャラいと称された少年はばしばしと友人の背中を叩いた。光舟はうるさいと言わんばかりに一瞬眉を寄せたが、次の瞬間にはまた無表情に戻る。
オーバーな少年はちょっと待ってて下さいね!と言って一度ささっとその場を離れた。
戻ってくるとその手には何もなかった。どうやら雑誌を棚に戻してきたようだ。
妙な流れにぽかんとしていた沢村らを前に、彼はこほんとひとつ咳払いをし、居住まいを正した。
そして、


「俺たち、こないだの試合見ました!」

「……へ?」


きょとん、とする沢村らに、「先日の帝東との一回戦を二人で見に行ったんですよ。お二人とも試合で活躍されてましたよね?」と先程までとはまた違う滑らかさの礼儀正しい言葉使いに目を白黒させつつ、しかし沢村は活躍という単語にはっと息を飲んだ。


「おっ……お前、いい奴だったのか……!」

「栄純くんほだされやすすぎ」


春市のツッコミはもっともであるが、チョロすぎる沢村はすっかり心を許してしまったらしい。
少年は人懐こいというよりは多少気安すぎる態度のまま、野球少年らしいハキハキとした口調で続ける。


「そういえば、1番の人は一緒じゃないんですね。確か同じ1年の……」

「む 、降谷?降谷は……」

「降谷くんならまだ練習じゃないかな」

「なぬ!?ま、まさか御幸先輩と!?」

「うん。だから声かけなかったんだけど……」


知らなかったの?と春市が続けると沢村はぐぬぬと悔しげに拳をつくる。


「あんの野郎、一人だけ抜け駆けしおってからに!」

「何のキャラ?」


とツッコミながらも、言わなきゃよかったかな、と春市は嘆息する。
とはいえ降谷は足の怪我のせいでこのところずっと投球数を制限されているし、抜け駆けというほどの投球はできないのだろうが。
そうとわかっていてもそこはライバルとして別問題。鼻息荒く、すっかり少年らの存在を忘れて憤る沢村だったが、


「沢村さん」


呼ばれて一瞬、誰の声かわからなかった。
光舟と呼ばれる少年だと気付いたのは、そのじっと対象物を観察するような視線が沢村に向けられていたからだ。
ぐ、と沢村は喉を鳴らした。このどこまでも見透かそうとするような目はどうも苦手だ。
しかし漸くまともに喋った彼なわけだが、こちらは名前を名乗った覚えがない。何で名前まで知ってるんだ、とどうしてもこの年下には反発を覚えずにはいられない沢村が尋ねようとすれば、


「握手、お願いします」

「……はい?」


反射的に左手が動いて、あっと思ったときには彼にその手を掬いあげられていた。流れるようにできてしまった握手に違和感を感じる。
利き手ゆえに咄嗟に左が出てしまうこともあるが、本来握手とは右で行うものだ。そういうとき沢村は相手に合わせて右を出す。
だが今回はその必要がなかった。
たまたま右手にプリンを持っていたからとはいえ、それは光舟が最初から左を差し出していたからに他ならない。
握られた左手に光舟の右手も添えられた。両手でだなんてえらく友好的だと動揺も束の間だった。


「……ああ、なるほど」

「へ?」

「やっぱりまともな変化球はまだ練習してない……ふぅん。となるとあの真っ直ぐだけ……じゃあやっぱあのフォームか……」

「う、あ、えーと」


ぶつぶつとつぶやきながら沢村の手の感触をを確かめるように己の指を滑らせていく。
手の平から指へ、そして爪の先へ。握手というより擽られているようで、沢村はなんとも言えぬ微妙な面持ちになる。
とはいえ別段乱暴に扱われているわけでもなく、手付きは至って事務的。無下に振り払っていいものかと迷っているうちにいつの間にか手首まできていた。流石にそれ以上上るなら握手ではないだろうと思った瞬間、光舟の顔があがった。


「――今度、是非俺にも捕らせてください」


言って、顔をほころばせた。
初めて見せた年相応の笑みにしては、妙に不敵な色の乗ったそれ。意図が伝わりきらずきょとんとする沢村に、通じていないと気づいたのだろう、光舟は思い出したかのように付け加えた。


「俺、青道に行くんで」

「え──」

「あ、俺もっす!」


ばっと眼鏡の少年が挙手をしながら二人の間に割って入った。手が離れても安堵する間もない。「来年からこいつと一緒に宜しくお願いしますね先輩方!」なんて調子よく少年は光舟を引き寄せ、にかっと笑う。
友人に肩を抱かれた光舟は少し眉を寄せたが、結局そのまま興味を失ったように沢村からもふいっと目を逸らし、ついでに少年の腕を慣れた仕草で払い落とした。
一方妙なプレッシャーから解放された沢村は、


「おお、まじか!」


と、わかりやすく瞳を輝かせる。
来年できるであろう二人の後輩。まさかこんなところで出会えるとは。
普段同室の先輩に下っ端扱いされ続けている沢村は調子に乗った。元来周りから頼られることには弱い気質だ。一瞬で先輩風を吹かせてやろうかと、そういう気になってしまった。


「よーし、じゃあ今日の記念にこの優しい先輩が何か奢ってやろう!」

「え、ちょ、栄純くん!?」


何餌付けしようとしてるの!?と止めようとした春市だったが少し遅かった。「うお、まじっすか!あざす先輩!」「あざす」と食べ物につられたのか眼鏡少年にちゃっかり光舟も加わり、びしっと頭を下げる。
いやいやそんな大袈裟な、と後ろ頭を掻いたところで沢村は突然はっと我にかえる。
現在所持金はいくらだっただろうか。
今日は軽い買い物をしたかったので、財布を持たずに適当に小銭を突っ込んできただけだったということをすっかり失念していた。
とはいえ、もう言ってしまったことをなかったことにするのはカッコ悪すぎる。先輩として流石にダメすぎる。下手したらナメられる。


「え、えーっと、じゃあこのパピ子ひとつを二人でとか……」

「あ、今日はちょっとアイスじゃ冷えるんでー、このチーズピザまんトマトバジル風味がいいかなって!150円」

「じゃあ俺はとろとろ豚角煮まん160円で」

「ふげっ!……ちょ、こ、こいつら遠慮がないぞ春っ……」

「あ、俺関係ないから」

「春っちぃい!?」


かむばーっく!と腕を伸ばす沢村の前ですすすと一線を引いて下がっていく春市。だって俺ちゃんと止めたし、とあさってのほうを向きながらぼやく。
元々彼の目的は先輩に代わっての買い物だ。余分なお金なんて持っていないのだろうとわかってはいたが見捨てるなんて親友としてあんまりではないか。
しかし春市に頼れないとなるとまずい。不安になった沢村は徐にポケットに手を突っ込んだ。握りこぶしで取り出した予算を手のひらに広げ、ひーふーみー。


「……くっ、これはひとつ諦めるか?いやでも折角ちゃんと二個キープできて……」


唸るようにぶつぶつ言い出す。
春市は最早見守る気しかないようで、栄純くん先輩待たせてるの忘れないでね、なんてすっかり他人事モードだ。
どうする。諦めるか。いや、だが今日は……。
悩める栄純の腕を、あの、とつついたのは光舟だった。


「やっぱり俺、それをいただいてもいいですか?」


言って、彼はしれっと沢村の手にあるものを指した。






◆ ◆ ◆






「――あ、名前聞くの忘れた!」


帰り道で唐突に叫び出す沢村に、「あ、そういえば」と春市も彼らに自己紹介すらさせていなかったことに思い至る。
支払いを終えてすぐに彼らとは別れてしまった。春市がパシリの途中だったこともあり、それ以上話をする時間がなかったのだ。


「まあいっか。どうせ来年わかるだろ」

「そうだね」


あっけらかんと言ってのける沢村に春市は苦笑しながら頷いた。これで来なかったらおごり損だということはわかっているのだろうか。
とりあえず、眼鏡の友人が連呼していたおかげで光舟という子だけは春市も覚えることができた。強烈な個性の友人のおかげで薄れてはいるが、彼も相当に変な子だった気がするからもし本当に青道に来たらわかるだろう。
沢村が名前まで覚えているかわからないが。


「アイツらポジションどこなんだろうなー」


サードだったら金丸がまたピンチだな、と面白がる沢村。
もしかしたら投手かもしれないとは考えないのだろうか。


「うーん。でも光舟くんはなんとなくわかったよね」

「こー、しゅー?」


あ、あのチャラくないほうか、と呟いた沢村は興味津々に「どこどこ?」という春市を見る。
予想通りすでに覚えていなかった沢村に春市はクスッと笑って指を立てた。




「それはたぶん──」









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*こーしゅーくんわからんもっとしゃべれ。




140521

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