彼女がパジャマを着た理由《前》(Cait Sith Whisker*歌海ねこ様/相互記念)
「ビスカは着替えた?エルザは換装オッケー?……よーし、じゃあみんな、準備はいいわね?」
ミラジェーンはぐるりと見回した。
「いつでも」「どこでも」「いいとも!」と元気よく応える者、笑顔で頷く者、ちょっと緊張気味に喉を鳴らす者もいる。
「――それでは」
静寂に、コホン、と咳ばらい一つ。
そして。
「これより、ウェンディ&シャルルのギルド加入を祝しての裏二次会、ドキッ☆女だらけのパジャマパーティを開始しまーす!」
『いえーい!!』
ミラジェーンの掛け声にフェアリーテイルの女性陣は高らかに応じた。
彼女がパジャマを着た理由《前》
参加人数総勢9人+1匹。
お揃いのピンク色のパジャマを纏った美女の豪華な集結である。
残念ながらそれぞれの予定によりギルドの女性全員というわけにはいかなかったが、これだけの人数が集まるのは珍しい。
そこはさながら男の妄想の理想郷。されど決して入ってはいけない、ある種の聖域と化していた。
「てかさ、なんであたしんチなわけ……」
とぼやいたのはルーシィだ。
そう、ここはルーシィの部屋。それなりの広さがあるのが自慢とはいえ、こんな人数を収容したのは初めてだ。
「だって寮の部屋じゃ狭いし」とミラジェーン。
「寮のロビーは男女共用だしな」とエルザが続ける。
「それに、最強チームお気に入りのルーちゃんちに一度お泊まりしてみたかったんだよね!」
レビィはニコッと無邪気に笑う。
そんな笑顔を見せられては文句など言えるわけがない。
「で、巷で有名なエッチぃ下着はどこかな〜?」
「ってコラコラコラコラコラコラ!」
「レビィ、そっちじゃないこっちだ」
「エルザ、教えなくていいの!」
「でもこんなに大勢集まると流石に狭いですねぇ」
「……そうね。確かにちょっと狭いわ」
ルーシィの部屋を物珍しげに見回しながらジュビアが言うと、少し輪から離れた場所に立つエバーグリーンが頷く。
ジュビアもエバーグリーンもルーシィの部屋は初めてである。それどころか、近しい年代の女の子の部屋にお泊りというのも初めてで、ちょっと感動していたりする。
「んぐっ、んぐっ………ぷはぁっ!まあ酒を飲む分には申し分ないわよ」
「カナ、パジャマパーティは飲み会じゃないって」
酒を呷るカナにビスカがツッコむ。
皆は紅茶やジュースを手元に置いている。ただ、カナだけは例の如く酒なのである。
彼女たちは思い思いの場所にクッションを敷き、床やソファーやベッドにそれぞれ陣取り、飲み物やお菓子の類を広げている。
ところで彼女たち。
ルーシィやジュビアを始めとして何故かパジャマの下を穿いていない者が多い。
晒された見事な脚線美を動かすたび、その上の薄い布がちらり、ちらり。さらには無防備に開かれた胸元から禁断の果実がむにゅり、むにゅり。
だが女同士、気にする者もいない。
「はぅー、皆さんすごい……」
ウェンディ以外は、であるが。
「ではウェンディ、シャルル。今日の主役は君たちだ。言っておきたいことはあるか?」
唐突にエルザにふられたウェンディが、「え?」ときょとんとする。
注目が集まり、かああっと顔が熱くなった。こんなにたくさんの年上の女の人に囲まれたのは初めてなのだ。
「えと、あ、あの……わ、私のためにこんな会を開いてくださってありがとうございます」
「ひゅーひゅー可愛いー、食べちゃいた〜い」
「こらカナ、絡むな」
エルザが窘める。
「あの、明日からの寮生活も初めてなのでいろいろと迷惑をかけてしまうと思うんですけど……その、改めてよろしくお願いしますっ!」
ペコッと小さな頭を下げるウェンディ。なんとも初々しい挨拶に、かーわーうぃーうぃー、とカナを筆頭に囃し立てる。
ウェンディは顔を真っ赤にした。
続いてシャルルの番だ。
綺麗な白猫は相棒のウェンディとは真逆に凛然と腕組みし、その場に立ち上がる。
「とりあえずオスが居ないってことに礼は言うわ」
「ホント男嫌いだよね、シャルルは」とルーシィが苦笑。
「嫌いよ」
「じゃあ、レズレズー?」
「オヤジギャグを言う女も嫌いよ」
フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
カナとシャルルは相性が悪いようだ。堅物のシャルルが男らしく豪快なカナを一方的に嫌っているだけかもしれないが。
「そういえばさ、こんなふうに女の子だけっていうの、よく考えたら初めてじゃない?」
言ったルーシィに「ん。そういえばそうだな」エルザが頷き「ギルドじゃ野郎どもが騒がしいもんねぇ」とカナは苦笑。「ジュビアはあれはあれで楽しいですよ?」というフォローも入るが、結論はやはりギルドはうるさいということに落ち着く。
「それじゃあ折角だから今しかできないお話しましょうか」
ミラジェーンが言った。
エルザが微笑を浮かべて頷く。
「ふむ、恋バナというやつだな」
「わぁ、じゃあジュビアはですねぇ」
「あーはいはいアンタは後」
「ええっ、カナさんひどいっ!」
「馬鹿ね。まずはウェンディからに決まってるでしょ」
「え?わ、私ですか?」
「そ。ウェンディの好きな人とかいいと思ってる人とか初めての男とか」
「ふえ?初めて?」
「あのねカナ、12歳でそんな経験してないって普通」
「ああそっかー、ウェンディに先越されてたら嫌かー。彼氏居ない歴17年もちろん処女のルーシィちゃんはー」
「ちょ、ちょっと誰かカナ黙らせて!」
ルーシィの悲痛なツッコミに皆が苦笑いし、「それで、ウェンディはどうかしら?」とようやく進行役がミラジェーンに戻った。
「あ、あの、私はそういうのあんまりわからなくて……」
「あら、本当に?」
「は、はい……ごめんなさい」
「そんな、謝らなくてもいいのよ」
と、ミラジェーンがしょんぼりするウェンディを慰めると、
「ま、仕方ないわ」
シャルルが言った。
「ウェンディに近寄るオスなんか私が許さないもの」
「うっわ、出たーシャルルの過保護病ー」
「……なんですって、カナ」
「シャルルっ!」
カナに向ける眼を鋭くしたシャルルを慌ててウェンディが止めた。
空気を読まないジュビアが「でも」と口を挟む。
「シャルルさんにもハッピーくんが居るじゃないですか」
「だっ、だだ誰があんなオスネコ……!」
「おやおや〜?満更でもないかんじですか〜?」
「意識しちゃってますか〜?」
「気になっちゃってますか〜?」
にやにやにやにや。
カナとレビィとルーシィの波状攻撃。
ぐっ、と珍しいことに怯んだシャルルは、
「ビ、ビスカはどうなのよ!」
たまたま目についたビスカに無理矢理話を振った。
「え?私は……」
「ビスカはアルザック一筋だもんねー」
言い淀むビスカに変わってレビィ。
話題が変わって、シャルルはこっそりほっとしてウェンディの膝に腰を下ろした。
レビィの発言に、へぇー、という顔をするのはウェンディだけだ。他の皆は妙にほっこりした笑みを浮かべて「ちょ、レビィ!」と、ほんのり頬を染めるビスカを見ている。
アルザックとビスカの二人は今や長期の見守り物件としてフェアリーテイルの仲間内で有名だ。
どこからどう見ても互いを好き合ってるくせに、なかなかうまくいかない二人をじれったく思いながら、それでも生暖かく見守っているのだ。
ちなみに、奥手な二人がいつくっつくか、なんていうのが賭けの対象にもなっているのを知らないのは本人たちばかりだ。
「告白とかしないんですか?」
「し、したいとは前から思ってるわよ。でも……」
と、言い淀むビスカをエルザが窘めるように睨んだ。
「ビスカ、何度も言ったがそういうのははっきりさせるべきだと思うぞ」
「わ、わかってるわよエルザっ。で、でもいざ言おうにもタイミングとかふ、雰囲気とかがうまく……」
ごにょごにょ。
口ごもり、胸の前で組んだ指をこねこね。戦闘中の勇ましい彼女からは考えられない姿だ。
ウェンディはクスッと笑った。
「ビスカさん可愛いです」
「ウウウウェンディ、からかわないで!」
そんな微笑ましいやり取りを皆はにまにまと温さ全開で笑った。
ちなみにカナはあと1ヶ月に賭けていた。ミラジェーンは半年に賭けていた。最長は3年だが、果たして結果はどうなることやら。
「それじゃあ、エバは?」
「――……私?」
それまで離れた場所で聞き役に徹していたエバがミラジェーンに振られて目を見開いた。
まさかこの話題に参加させられるとは思ってなかったようだ。
「というかそっちに居ないで来たらどうだ」
「そうよ。ほら、ここ座って」
エルザとミラジェーンに手招きされ、エバーグリーンは頬を染めた。
はっとして、コホン、と咳ばらい。
それからツンと高慢に顎を上げて、
「い、行ってあげてもよろしくてよ!」
言い放ちながらミラジェーンに奨められたクッションに静々と腰を下ろす。
「ツンデレきたー」と皆はクスクス笑った。
「よく考えたら私たち、エバさんのことまだよく知らないですもんね」
とジュビアが言った。
「え?なんでですか?」とウェンディがミラジェーンに尋ねると「その辺詳しくは後日ゆっくりとね」とミラジェーンは微笑む。
エルザは、じ、とエバーグリーンを見た。
「それで、好きな人はいるのか?」
「わ、私にはべべべ別にそういう対象は居なないわ!」
「何を慌ててるんだ」
「だ、だって私、こういう話慣れてなくて……」
俯いて口をもごもごさせる。
かーわーうぃーうぃー、と今度はウェンディまで真似して声を上げた。
言い終えて、あはは、と笑う。
「元雷神衆の紅一点でしょ?他の二人とかどうだったわけ?」と、カナ。
「あの二人?ないわね。一人は性格歪んでるし、一人はラクサス狂信者だし」
「えー?でも、フリードは可愛いわよ?」
「ちょ、ミミミミラさん何ですかその意味深な発言!」
「も、もしかしてもしかしてですか〜!」
『きゃああああああ☆』
ルーシィとジュビアを中心に盛り上がる。
ミラジェーンは苦笑した。
「ほらほら、先にエバの話でしょ?」
「チッ、後でじっくり聞き出してやるからね!エバ、ちゃっちゃと話しちまいな!」
カナが男前にエバーグリーンに振った。
「話せと言われてもねぇ。ギルドに気になってる人は特に居ないし」
「じゃあ好みのタイプは?」
「そうねぇ……」
ふ、とエバーグリーンの表情が変わった。
とろりと目元がとろけ、頬に赤みがさす。さながら恋する乙女のように、うっとりと彼女は告げた。
「妖精みたいな人かしら……」
『………』
しん、と静寂が落ちた。
「……………エ、エバさんて、見かけによらず、その……ファンシーな方なんですね」
呟いたウェンディに「痛いって言ってあげれば?正直に」とシャルルは目をとろんとさせた。
「じゃあレビィはどうなの?」
ミラジェーンはレビィに質問を投げる。
フリードについて訊こうとしていたカナはチッと舌を打った。エバーグリーンのあまりにアレな発言に呆気に取られて出遅れてしまったのだ。
「私?私は特に居ないなぁ」
レビィは答える。
「ジェットとドロイは?」
「チームだよー」
えへへー、と笑う。
レビィは正直この中でもモテるほうだ。ギルドにはもちろんのこと、ギルド外にも熱心なファンがいるくらいだ。
ただ、レビィはそういうものを感じさせない。色恋の匂いがまったくといっていいほどしない女の子なのだ。
「あらあら。ジェットとドロイが泣くわねー」
ミラジェーンはいつもよりちょっと苦めにほわほわ笑う。二人の長い片思いを知る人間も皆苦笑気味だ。
ウェンディだけは、ジェットさんとドロイさんてやっぱりそうなんだねー、とシャルルに話掛けていた。昨日今日の新人にまでバレバレな二人のラブコールもレビィに掛かればそよ風のごとし、だ。
「それに私ー」とレビィはにまりと笑った。
「彼氏とかよりルーちゃんとイチャイチャしてたほうが楽しいもーん!」
「へ?ひゃっ、ちょ、レビィちゃんどこ触っ」
「おややここかー?ここがええのんかー?」
「あっ、だだだだめそんなとこっ……」
「ぐふふふ、よいではないかー」
「や、あン、ひぁぁんっ?」
シャルルは小さな前足でさっとウェンディに目隠しをした。ジュビアとビスカとエバーグリーンは真っ赤になって俯いてしまった。
「はいはいレズッコは置いとこー」と言ったカナに、
「それじゃあカナは?マカオとは最近どう?」
と間髪入れずにミラジェーンが振ると、
「マカ……えぇ!カナ、そうなの!?」
レビィの猛攻に乱れたパジャマを直しながらルーシィが驚愕の声をあげた。長い付き合いのエルザもぎょっと目を見開いている。
「あー、違う違う。私の一方通行」
「いや、それでも十分に驚きなんだけど!」
「え、そうですか?」ジュビアが言った。「ジュビアはだいぶ前から気付いてましたよ。だって同じ恋する乙女ですから」
「私も」
「私もだよー」
「私も……なんとなくだけど」
ビスカにレビィどころか、なんとエバまで知っていたとか。
どうやらこの件に関してはエルザとルーシィだけが鈍かったらしい。
「結構長いわよね、カナ」
「あー、うん。まあ恋する乙女って柄でもないんだけどねー」
カナは苦笑した。
「ちょ、ちょっと待って!だってカナ、彼氏いたりしたじゃない!」
「そ、そうだ。私も見たぞ」とエルザ。
「馬鹿ねー。本気じゃなくても彼氏なんてできんのよ。ヤれるだけでもいいんだから」
「ヤ……」
直接的表現にルーシィははくはく口を開閉させた。
「もう、カナ。ウェンディも居るのよ」とミラジェーンが窘めると「へーへーすんませーん」と酒を呷りながら謝って。
かつん、と床に酒瓶を置いた時、ふ、とカナの表情が変わった。
「……なんつーかさ、私、マカオのことだけはずっと本気なわけ。ただ、胸もぺったんこで手足もほっそいガキの頃から知られてるからそういう対象に見てもらえないのよ」
「………」
「マカオが結婚したり恋人できたりするたび諦めようとしたんだけどやっぱ無理。私、マカオ以上に誰も好きになれないわ」
「カナさん……」
しんみりとした空気にジュビアがほろりと涙ぐむ一方。
「どどどどうするルーシィ、カナが可愛く見えるぞ!」
「いいいいつものオッサンじゃないわねエルザ!」
「明日は雨か!」
「いや槍かも!」
なかなか失礼な最強チームである。
「〜〜っだああうっさいわね!そういうルーシィとエルザはどうなのよっ!」
「あ、それならジュビアが」
「いやアンタはわかってるから置いといて」
「ああ、カナさんまたジュビア無視するっ!」
「まあまあ。まずはエルザどう?」
ビスカが宥めて振った。
ビスカは何度かエルザに恋愛相談をしている。もし、エルザが恋をしているなら相談にのってもらった分手伝いたいと思ったのだ。
「私は……そうだな」
エルザは、ふ、と微笑んだ。
「恋、というのはわからないが、大切な人は、居たぞ」
それは、憂いを帯びていた。
皆がぼんやり気付いていたことだ。エルザがここ最近で、今までにない艶を纏い出したことは。
そして今、それが一層強くなる。
「アイツは、誰よりも優しくて温かくてずっと憧れてて……大切、だった」
訥訥と、エルザは語る。
その大切な彼のことを思い出している彼女は幸せそうで、なのに苦しそうだ。今にも壊れそうなその脆さは儚く、美しかったが。
彼女らしくは、ない。
不意に隣に座っていたウェンディがぎゅっとエルザの手を握った。恐らく今一番エルザの気持ちがわかるのは、この少女だ。
エルザはその手を握りかえし、ようやく力強く微笑んだ。
「ん……まあ私はそんな感じだ。次はルーシィだぞ」
「え、あ」
聴き入っていたルーシィは、はっとした。
「わーいルーちゃんの聞きたいなー」「私も聞きたいわね」とレビィとカナが努めて明るく迫ってくる。
エルザも悪戯っぽく「さあ言ってしまえ」と笑った。
「え、えと、私は……」
「さあさあさあさあ」
「ユー言っちゃいなYO☆」
ウェンディは苦笑した。こういうとき悪ノリするのはカナとレビィだということがわかってきたのだ。
そして今は何も聞かずに空気を変えてくれることは、エルザにとって何より有り難いだろう。
ところで、ルーシィは正直モテる。可愛さは飛び抜けているしスタイルも抜群。
魔導士としても頭角を表し、今やギルド内でも一目置かれる存在だ。
なのにこのルーシィ。
男運というものが、とことんない。それはもういっそ哀れな程に。
「ルーシィ、どうなのよ?」
「うぅエバまで〜?」
「さあ、本命はナツ?グレイ?ロキ?大穴ハッピーか!」
「駄目よカナ。ハッピーにはシャルルが」
「違うって言ってるでしょビスカ!」
「あ、グレイ様だったらジュビア許しませんから!」
「う〜……」
追い込まれたルーシィは低く唸って。
そして。
「あ!」
『あっ?』
皆がずずいっと身を乗り出した。
「な、なんか小腹減らない?お菓子足りなそうだよねー」
「あ、逃げた」「逃げたわね」「逃げました」「逃げちゃった」
「あはは〜というわけで――開け!処女宮の扉!」
からから笑ったルーシィはどこからともなく取り出した鍵で“扉”を開いた。
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