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たぶん絶対最初で最後【N*L】(Absurd Lovers*ゆーく様/相互記念)
「よぉルーシィ、お帰り」


ドアを開けるなりルーシィの視界に飛び込んできたのは鮮やかな桜色。
細められた猫目に、ニカッと覗く白い歯。
どうやらドアの前で待っていたらしいその少年に人懐っこい笑顔で出迎えられたルーシィは、まずは嘆息。


そのまま無言でショルダーバッグを床に落とす。コキ、コキ、と軽く手首足首を回し、今日はそうねぇどの技にしようかしらーあれかしらーこれかしらーそれともやっぱりあれかしらーうふっ、なんて考える。
不法侵入へのお仕置きを準備するルーシィのバッグを拾って、少年――ナツはこんなことを言った。


「疲れてないか?」
「は?」


技が決定し、モーションに入ろうとしていたルーシィは思わずきょとんとしてしまう。
何やら今、ナツらしからぬことを言われたような気が……


「お茶の準備できてるぞ」
「へ?」
「緑茶、嫌いじゃなかったよな」
「……………はい?」


あまりに自然体なそれに、ってかここ私の家ですよね?、とか当たり前のことさえツッコむことができなかった。





たぶん絶対最初で最後





玄関から引きずるように椅子に座らされたルーシィは、ほかほか湯気をたてる湯飲みを睨むように見下ろしていた。
ナツがいれてくれてくれたお茶である。


しかも緑茶。ルーシィの部屋に緑茶の買い置きはなかったはずだから、ナツが持参したに違いない。
ごくりと喉を鳴らせば、「毒なんて入ってねーぞ」とナツは笑って茶菓子まで出してきた(これまた持参したらしい饅頭である)。


「………」


目の前に置かれたそれらと行儀よく隣に待機するナツの笑顔によって、ルーシィの毛穴という毛穴からじわりと汗が滲み出る。冷たく、嫌な汗。
ルーシィはついに我慢できなくなった。


「――何、したの?」
「あ?」
「アアアアンタ何か私に怒られるようなことしたんでしょうっ?」
「は?」


ルーシィはがたん、と椅子を蹴るように立ち上がる。


「そうよねそうに決まってるわそうとしか思えないんだからこの馬鹿信じられない!」
「オイオイ」


矢継ぎ早に言い立ててナツのマフラーを掴み上げる。過呼吸でも起こすんじゃないかってくらいルーシィは取り乱していた。
だってナツなのである。自由人と書いてナツ・ドラグニルと読む、あのナツなのである。
すぐに絞め殺せるようマフラーは握ったまま、ルーシィは努めて慈愛に満ちた笑みをつくった。


「――ねねねねぇナツ、早めに言いなさい?大丈夫。私怒んないから。ちょっとしか」
「ちょっとは怒るんじゃねぇか」
「ちょっとだけよ。今ならなんと30パーセントオフ」
「30パーセントて……だから、してねぇってマジで」
「そんなの嘘だもん!」


ヒステリックに叫び、がくがくとナツを揺さぶる。


「そそそそんなに言いたがらないなんて今度は人様にどんな迷惑かけたのよ?犯罪?社会から後ろ指さされるようなことっ?」
「いやだから」
「わわわかったわ私少しなら力になるだってチームだもんねチームだもんねチームになっちゃったんだもんねああなんでチームになっちゃったんだろ私の馬鹿ぁあああ!」


再びパニックに陥りかけながらもしっかりナツの首を絞め上げるルーシィの手を「お、落ち着けって」、と宥めるように叩く(ギブアップ、と言いたかったのかもしれないが)。


「ほ、本当に、何もねーよ!」
「はい嘘!」


ずばっと唐竹割りな即答。いっそ気持ちいいくらいのそれにナツはちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「ま、マジだって。……ただ」とルーシィから場都が悪そうに視線を外し、


「ただ、普段ルーシィに迷惑掛けてる分そのお礼っつーか……」
「え……」
「そ、それがわりぃのかよっ」


言い切って、ナツはムスッと下唇を突き出す。
それは何度か見たことのある、ナツの本気で照れた時の癖。
そんな表情を見せられたルーシィは、思わず息を飲む。それから自分を鎮めるようあえてゆっくり息を吐き、


「わ、わかったわアンタがそこまで言うなら――」


言って、ナツのマフラーから手を外し、ゆっくり椅子に座り直した。


「肩揉みなさい。それとお茶の色が薄すぎるわ。すぐ淹れなおして」
「切り替え早っ!?そしてすげー我が儘!?」


足を組んで傲慢に言い放たれた命令にナツはぐももっとツッコんだ。
すっかり女王様モードに切り替えたルーシィが、早速貢ぎ物の饅頭(こしあん)をぱくつきながら、


「何よー。だって今日はサービスしてくれるんでしょー?」


と不満げな声を上げて組んだ足を揺すれば、「う……する」とナツはちょっとたじろぎ、でも言われた通り茶を淹れ直し、ルーシィの肩を揉み始めた。


――あ、いいわこれ。


マッサージ的な意味以外でもルーシィはちょっと快感になってきた。
男に一生懸命尽くされてる感じ。奉仕されてる感じ。
女冥利につきるというか、超たまらないのである。最高なのである。


ナツに顔が見えないのをいいことに、にへにへ笑いながらしばらくマッサージを味わったルーシィは、「もういいわ」とナツの手を止める。
それからナツを隣の椅子に座らせて膝を突き合わせ、「じゃあね、次は――」で、コホンと一つ咳ばらい。


「私を褒めなさい」
「は?」
「私の喜ぶようなこと言うのよ」
「いや……え?」
「何よー。できないのー?」
「う……わかった」


渋々ながら承諾させ、ルーシィは「よし」と横行に頷いてみせた。


そう、これは是非言わせてみたかった。
あのナツに――裸を見ても何も感じず、可愛いと皆から褒められてるルーシィを見ても渋面で首を傾ぎ、いつも人のプライドとか自信とかをぼろくそに踏みにじってくれる馬鹿ナツの奴に、ルーシィというこの世の奇跡を褒めたたえさせたかったのだ。


一方ルーシィに命じられたナツは首をあっちこっちに捻りながら熟考。こういったことには慣れてないため、むんむん苦しげに唸る。
しばらくして、ナツは漸く腹を決め、口を開いた。


「乳でけ」
「駄目」


ずばっと容赦ない駄目出し。


「く、首にほくろが」
「没。てかそれのどこが褒めてるの?」
「元お嬢様」
「却下」
「守銭奴」
「は?喧嘩売ってる?」
「け、けっこう自信家」
「だから私が喜ぶことっつってんでしょ!」


怒鳴り付ければ、ナツはまたむむむむと腕を組んで唸り出した。
なんでこんな長いこと――というほど長くもないけどけっこう一緒に居て、私の喜ぶ言葉がわからないのかしらっ、とルーシィはだんだん不機嫌になってきた。
やがて、ナツは困ったようにルーシィの顔を見て、自信なさげに言った。


「か……可愛い?」
「……疑問系なわけ?」


ルーシィは冷ややかに、でも今度は否とは言わない。
するとナツは真剣な顔で、


「――可愛い」


言い直したそれに。


「〜〜〜っ」


そわぞわ、と言い知れぬ快感。
今まで数え切れぬほど言われた言葉が、まったく違う効力を持ってルーシィの胸に広がる。
誰に言われるより甘く、痺れる感覚。心臓のあたりが疼き、まるで地に足が着かなくなるような。


これはたまらない。
ルーシィは調子に乗って、でもその愉悦を表情には出すことはせずに、「も、もっとよ。もっと言って」とナツを急かす。


「か、可愛い」
「もっと」
「可愛い」
「もっとはきはき大きな声で」
「可愛い!」
「はいそこで語尾にルーシィをつけて!」
「か、可愛い、ルーシィ」
「自然な感じで!」
「か、可愛いぞ、ルーシィ」
「もっとぉ!」


ナツは命じられるがまま「可愛い」を繰り返す。何度繰り返させてもナツは適当にならず、一言一言真剣――というより、一生懸命なのだ。ルーシィを喜ばせるために。
そんなふうに真っ正面から言われ続けていると、ルーシィの頭はぼんやりしてきた。地に足が着かずふわふわ宙に舞いすぎて、どこかにネジを置いてきてしまったのかもしれない。
もう何度目かになる「可愛い」の後で、ついにルーシィは、


「――……本当に?」
「は?」


きょとんとするナツのほうにぐっと身を乗り出した。
私ってば何やってるのよ、って理性のどこかで声がするのに、ああもうだめ無理無理。とろん、とした頭は最高潮。
鼻先が触れそうなその距離で、「本当に、そう思ってる?」とわざと“可愛く”首を傾げてみせる。


「いやお前が言わせ……」


と、言いかけたナツは、一瞬、言葉に詰まったように息を飲んだ。
そのまま、ナツも鼻が当たらないように頭を少しだけ傾けた。


唇が、触れる。


「っ……」


言葉よりもさらに強く胸に満ちた甘ったるさに驚いたルーシィは、慌ててナツから離れようと身体を勢いよく後ろにのけ反らせる。


「きゃっ?」
「ル……!」


勢い余って後ろに倒れそうになったルーシィの手を引いて、ナツは胸に抱き留めた。
がたん、と椅子が床に倒れる時にはルーシィはナツの胸板に頬を押し付けていた。


「あ、ありが……」


ルーシィが恐る恐る顔を上げると、心無しかナツの頬も赤いことに気がついた。
あのナツの顔が、だ。
思わずルーシィはマフラーを手繰り寄せるように掴んで、唇を震わせていた。


「……もっ、と」


あれ?この“もっと”はどっちの“もっと”なんだろう?可愛いって言って欲しい?それとも……
ぐちゃぐちゃ思考は刹那の産物。
まあそういうのは全部ナツに任せちゃえばいいかなってことにして瞼を下ろし――


「――ルーシィイイ!」
『!?』


ルーシィは即座にナツを突き飛ばした。
床に腰を打ち付けたナツは「いでっ」と声をあげる。


窓から入ってきたのは青い猫。それを胸で受け止めたルーシィは「は、ハッピー……?」と呆然。
そういえばナツがあまりにも気持ち悪くて忘れてたが、常にナツとセットの青い猫の姿が今までなかった。


「は、ハッピー、まだはえぇって!」


床からナツが上げた声に「早い?」とルーシィは怪訝な顔をして、ふとハッピーの手に握られていた紙に気付いた。


「……何これ」


ひったくるようにしてその紙に目を落とした。「あ」とナツとハッピーが同時に青くなる。
それは先日ナツと二人だけで行ったの仕事の明細書だった。
報酬が後払いされるはずのその仕事で、今月分の家賃は無事払えると安心していたのだ。


だが。
そこにはゼロが一つ書かれているのみ。


つまり。
報酬、なし。


「え、えーと、あれだ。あれだけ暴れてマイナスにならなかっただけすげーなって話してたんだ。な、ハッピー」
「あ、あい!このことはナツがご機嫌取ってから言おうって……」
「ハッピーそこは言わなくていい!」
「………」



ぐしゃり。



いやに小気味よい音を立てて握り潰された紙が床に転がる。
怯えたハッピーがルーシィから離れると、ルーシィは無言でコキ、コキ、と手首を回した。技はもう決まってたのだ、最初から。
半身に構え、とーんとーん、とリズミカルに床を踏み鳴らす。


「あーあ、やっぱり……」


ひゅっ、と息を吸い、


「やらかしてんじゃないのよっ!!」
「ぐはっ!?」


今日の気分はどこまでも真っ直ぐに体重の乗ったストレートだった。





* * *





ルーシィにさんざっぱらサンドバッグにされて土下座させられて反省文を400字詰めに3枚書かされて、でも結局、


「しょうがないわね」


の柔らかな苦笑でルーシィに許してもらった帰り道。
夜空を舞うハッピーを視界に収めながら、ナツは唇をマフラーに埋めた。
唇には未だ消えない、しっとりと柔らかいルーシィの感触。そして微かに残る不思議な甘み。


―――何で俺ルーシィにあんなことしたんだっけ。


あんなこと頼まれてなかったのに、とナツはマフラー越しに唇を指で撫でた。
目の前で熱っぽい表情された後の一瞬だけ、ナツの記憶が飛んでいた。
なんであんなことしたのかわからないというよりは覚えていないのだ。


「ハッピー」
「あい」
「ルーシィって可愛いか?」
「猫には判断しかねます」
「ふーん」


とはいえ、それはナツにも判断しかねる。
“可愛い”の基準がナツにはわからないのだ。だからルーシィが可愛いとちやほやされていても首を傾ぐことしかできない。
ルーシィはルーシィ。ナツにとってそれだけだ。


「オイラどっちかというとルーシィはおっかないと思うよ」
「はは、だな」
「でもイイ奴です」
「……ん。それも確かに」


くつくつと笑いながら、あの時ハッピーがもう少し遅ければ、どうしていただろうとナツは考えた。
“もっと”、の意味をどう取ればよかったのだろう。あの潤んだ瞳は何を意味していたのだろう。


もう二度とないことだと思いながら、ナツはこっそりやけに甘い唇を舐めた。


「……あ、そうか」
「あい?」
「なんでもねー」


苦笑して、マフラーをずらして夜風に曝す。


饅頭のあんこの味だ。








* * *
相互記念にゆーくさんに贈らせていただきました。
なんと更新した日4/28がお誕生日だということで相互記念と誕生日プレゼントを兼ねてみました!ばばーん。
……すみません私に2本も書く余力がなくて……。
サービスなナツルーということでお約束な感じをやらせていただきました。そうじゃなきゃ頭ぴよぴよのあれになってただろうな……(ぼそっ)。えーと、ルーシィのテンパりが楽しかったです。
ゆーくさん、これからもよろしくお願いします!

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