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涙に色がなくてよかった【N*L】(月と甘い涙*ちこ様/相互記念)
「おー、今日の月でっけーなー!」


夜空に浮かぶ月を見上げたナツは子供みたいに目をきらきらさせた。
今夜は月明かりが眩ゆくて、ナツの綺麗な桜色まで淡い金がかりながらも鮮明に映る。夜桜ってこんな感じかな、なんてルーシィはこっそり笑った。
淡い月色に染まるいつもの帰り道。今日はナツと2人、並んで歩く。


「しかし、やかましい猫も寝てると静かねー」


ナツの肩ではハッピーがすぴすぴと寝息を立てている。
いつもやかましい青い猫も、今日ばかりは何も言い返さない。
ナツは肩を軽く揺すり、


「おい、ルーシィがやかましいから食っちまうってよハッピー」
「そこまで言ってないし」


ジトリとナツを睨むと。


「……あい?ルーシィ、たべちゃいやれす……」


むにゃむにゃ、とハッピーの舌たらずな寝言。
思わずルーシィはナツと顔を見合わせてクスクスと笑い合いあった。「んもー、寝てたら可愛いんだけどね、ハッピーは」と珍しくハッピーをルーシィはとろけるような目で見る。


「じゃあ寝てなかったら?」
「小憎らしい猫」
「おい、小憎らしいから食っちまうってよ、ハッピー」
「そこまで言ってないし。……まあ」


うふ、とルーシィは笑った。


「時々その小憎らしい頭を握り潰してやろーかとは思うけど」
「はははハッピー!逃げろぉおお!?」
「冗談よ」


するわけないでしょ、と肩を竦めて嘆息。


「私本当は猫好きなのよ?」


でもハッピーはちょっと生意気なんだもん、と言って。
今だけは普通に可愛いハッピーの額を指でちょいちょいと掻いてやる。ハッピーはごろごろと普通の猫のように喉を鳴らして、それがまた可愛くてルーシィは相好を崩した。


「――じゃあ、俺は?」
「え……?」


ルーシィは顔を上げた。
ナツと目が合う。
淡い金色に染まるナツと。


「俺さ、笑うと猫目って言われんだ」


ほらほら、と目を指し。
にー、と笑ってみせるナツに。


「あはは知ってる。可愛いわよね」
「可愛い、だけか?」
「うん」
「……ふーん。なんだ」
「ちょっと。そこは『ルーシィのほうが可愛いヨ』って言うもんじゃないの?」
「俺、嘘はつきたくねーなぁ」
「なんですって?」
「ハッピー、ルーシィが嘘を強要するぞー」
「……あい、さいてーれす」
「殴るわよアンタら」


くだらない会話をしながら、肩が触れそうで触れない。この距離が私たちだな、ってルーシィは思う。
でも月光で伸びた2つの影で見ると、ほんの一部だけ触れ合っているようにも見えて。
しかもハッピーの頭は子供みたいに小さくて。
ルーシィはクスッと笑みをこぼした。


「なんかさ――家族みたいだね」


言った瞬間。


「………」


それまで陽気に笑っていたナツが凍り付く気配。


――あ、地雷。


ナツの変化には気付かないふりをして、「なんちゃって〜」と笑ってごまかして、ナツから目を逸らした。


時々、ナツは私に“誰か”を重ねてるのかも、とルーシィはそんなふうに感じたりする。
女の勘ってやつだろうか。確信はないが。


「………」


でも、ルーシィは訊くに訊けない。訊きたくもない。
ルーシィを“誰か”と重ねるような――ルーシィという人格を見てくれないような人を気になってる自分なんて、認めたくもない。


「おお!ルーシィ、見ろ見ろ」
「ん?」


突然呼ばれて見た、ナツの指差す方向に。


「鼻ちょうちーん」
「ぷはっ!?」


ハッピーの鼻先に、絵に書いたように立派な鼻ちょうちん。
思わずルーシィは盛大に噴き出してしまった。


肩にしがみつくハッピーを指差し、「なあなあ、割ってみっか」なんて悪戯っ子のようにうきうきするナツ。
「やめなさいよ〜」なんて言いながらも、ルーシィのニヤニヤとした表情は、よしやっちゃいなナツ、と言わんばかり。
むっふっふっお主も悪よのぅ、な顔をしたナツがハッピーの鼻ちょうちんを指で突こうとしたら。



パチン



それは一足先に割れてしまった。


「ふぁい?」
「がはぁっ、マフラーに鼻水が……!?」
「あはははは超ばか〜!」


寝ぼけたハッピーが首を傾げ、ナツが悲鳴を上げ、そしてルーシィは笑った。馬鹿みたいに、笑った。
ひーひー笑いながら、「ほ、ほら動かないで」と鼻水まみれになったナツのマフラーとハッピーの顔をハンカチで丁寧に拭ってやる。
ハッピーは「あい」と軽く手を上げてまたすやすや眠り出した。


「――ホントだ。ルーシィは母ちゃんみてぇだな」


不意にナツが言った。
それは、“誰か”にではなくルーシィに。
ちゃんと、ルーシィだけに。


「でしょ?」


思った以上に嬉しくなって――でも、それがナツには伝わらない程度に、得意げにウインク。


「もうちょっと腹がたるんでると貫禄が出てといいと思うぞ。ワカバの嫁みたいに」
「イーヤーよっ」
「そうか。乳がたるんでるからいいか」
「たるんでないわよ!」
「どれ。確かめ」
「させないに決まってるでしょ!?」


ぎゃいぎゃいといつもの調子でやりあって。
またゆっくり、明るい月の道を歩き出した。


その後、なんとなく急に無言になって。
ルーシィの家まで残り3ブロックほどになったとき。
どちらからともなく、手を繋いだ。


「……ルーシィんチ、寄っていいか?」
「………」


初めて、そんなことをきく。いつもなら勝手にひょいひょいあがりこむくせに。
こんな時だけ、真面目な顔して。


もし、いいって言ったらどうなるのだろう。
どうなってしまうのだろう。


なんだか急に怖くなって。
でもダメ、なんて言えなくて。
でもまだ、整理はついてなくて。
足を止めて黙り込むと。


「――なーんてな!」


ナツはニッと笑った。


「また今度侵入してやるぜ」
「いや頼んでないし」
「またまたー、期待してるくせにー」
「しーてーなーいー」
「窓の鍵はなるべく開けとけよ」
「嫌」
「そーかー。ルーシィはガラスを溶かして欲しいのかー」
「それも嫌!?」
「わがままだな」


と、いつものようにやり合いながら。
ゆっくり、手の熱が離れた。
月の角度だろうか。最初と同じ距離のはずなのに、影の重なりさえもない。


「――ねぇナツ。ナツには私、“誰”に見える?」


ふとルーシィは訊いてみた。
結局何も応えられなかった自分が恥ずかしくて。歯がゆくて。
でもそれは、きっとまだ、引っ掛かってるものがあるから。
まだ残る手の温もりを勇気に変えて、訊いてみた。


「あ?」
「答えて」


温もりが消えないうちにはやく。
この引っ掛かりを、取ってよ、ナツ。


ルーシィは真っ直ぐナツを見る。ナツの目に、月が反射して、綺麗。
ナツは怪訝な顔をして、首を傾げて。


「……ルーシィはルーシィ、だろ?」
「本当にそう思う?」
「? 他に何が……ま、まさかお前ミラか!?おおお俺をからかってたのかっ!?」
「違うわよ!」


と怒鳴って。
苛立って。
何も説明もしてないくせに、この不安を理解してくれないナツに苛立って。
なんかもう、どうしようもなくて。


「あー、もういいわ!バイバイ!」


なんて、背中を向けてルーシィは自分から切り上げてしまった。
カツカツとミュールの立てる音だけは軽快に。
大股で、きっとぽかんとしてるだろうナツを置き去りにする。


何言ってるんだろ私。やっちゃった。わけわかんない。みじめだ。明日普通にできるかな。感じ悪い。ナツの馬鹿。ああやだもうどうしよう。ナツの、馬鹿。


ルーシィの思考はぐるぐる回る。
回って、戻る。


――私本当は猫好きなのよ?
――じゃあ、俺は?


ああ、あの時。
本当は好きって言って欲しかったのかな、なんて今更気付く。


でも言わなくてよかった、とルーシィは笑おうとした。笑おうとして、代わりに何かが零れた。
気付かないふりをして漸く見えて来たアパートに向かってカツカツ歩き続ける。


わがままだから、自分の人格をちゃんと認めてくれなきゃ嫌だし。
“誰か”の代わりじゃ嫌だし。
ちゃんと、自分より先に気持ちを言ってくれなきゃ、嫌だし。


でも。


本当は。


ナツの気持ちを聞いて何かが変わるのも、怖くて。逃げたくて。
そんな自分が1番嫌――


「ルーシィ!」


呼ばれて。
反射的に振り返った。


「また明日な!」


遠かったけど桜色のように鮮明に見えた。
いつものように、猫顔で笑って手を振るナツ。寝ぼけてふらふらと手を振る青い猫。


ありきたりなそれが今はたまらなく嬉しくて。
救われて。


月を背負ったルーシィは、遠くへ大きく手を振った。


笑った。


「じゃあねナツ、また明日!」








涙に色がなくてよかった



* * *
『月と甘い涙』っていう、ちこ様のサイト名が綺麗な響きで好きだったので、サイト名をイメージに、ある短歌をベースにしました。
こ、こんな感じでどうでしょうかちこ様……。サイト名を勝手に使用して申し訳ありませんでした……!
相互ありがとうございます!そしてこれからもよろしくお願いします!


*ちこ様のみお持ち帰り可能です。

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