夢かうつつか寝てかさめてか【R*L】(世詩様リクエスト)
その日もいつものごとくふらりと人間界に出たロキは、オーナーであるルーシィがカウンター席で突っ伏しているのを発見した。
無防備であどけない寝顔に微笑を零す。
可愛いなぁ、と思わず呟いたロキはジャケットを脱ぎ、それを肩にかけてやった。
すると。
「……ん」
ルーシィはぴくりと瞼を上げる。
起こしてしまったことをすまなく思いながらも、悪戯心が鎌首をもたげる。
隣に座り、足を組み。
得意のフェミニストスマイルで顔を覗き込み、
「――やあルーシィ、こんなとこで寝てたら襲っちゃうぞ?」
「………」
さあ浴びせられるのは冷たい言葉か、それとも無言の嘆息か。
どっちにしてもルーシィにかまってもらえるならロキは喜んで受け入れる。
だがしかし、残念なことに、その日のロキの予想は大きく裏切られた。
「――ロキになら……いいよ?」
そしてある意味超凶悪だった。
夢かうつつか寝てかさめてか
「実はね、ギルドの売店で制限付きの惚れ薬を売ろうと思ってたんだけど、その試供品を誤ってルーシィ飲んじゃったみたいなのよ」
お約束である。
「効能っていうのが目が覚めて1番最初に見た人――あら?星霊もオーケーなのね。効能に書き加えとかなくちゃ――を好きになっちゃうの」
お約束であるその2。
「それで効果が切れる時にまた眠り込むから本人はぼんやりと夢の中の出来事〜くらいにしか覚えてない!みたいな、軽いいたずら用の薬でね」
……お約束?
「ほら、好きにもいろいろ種類があるでしょ?本当は友達的な意味になる予定だったのよ。だからエルザとそのうちグレイとナツ辺りで実験しようって……ゴホン、はいいとして」
うん。すごくどうでもいい。
「でもまだ実験段階だったから“恋”の意味で好きになるみたいな感じになっちゃってて〜、あーグレイに飲ませなくてよかったわ。とんでもなく面白……じゃなくて大変なことになるところだったわね」
飲ませるつもりだったんだー?
「というわけで効果は2時間だから、ロキ、頑張って☆」
――以上、ミラジェーンの説明であった。
そして今。
ギルド内の騒々しい酒場にて。
「えへへ、ローキっ」
惚れ薬を飲んでしまったお約束なルーシィは、ロキにピッタリくっついていた。腕に腕だけではなく、甘く柔らかな身体を全て預けるように。
「頑張れロキ」
「ファイトだ」
事情を知るギルドの連中から静かな声援がかかる。
そんな好奇の視線に曝されながらも、ロキはわざわざこの酒場に残ることを選んでいた。
理由は単純。
このルーシィの状況で人気のないところに行ったらどうなる?即座にビーストモードスイッチオン、だ。
「ロキ、いい匂い〜」
「………」
君のほうがいい匂いデス。
なんて言えない。言った瞬間まくし立てるように口説いて抱え上げて「いざ夢の国へ!」。そのまま2時間のワンダーランドご馳走様でした、だ。
そうだ。これが2時間。
だとしたら3回もでき……いやいやルーシィは今通常じゃないんだからそんなことしたら駄目だって。そうそう、だってルーシィ絶対初めてなんだからそんな連続したら壊れ違う違うそーゆー話じゃなくて。
「ロキ、どうしたの?どこか痛い?」
「――そんなことないよ?」
へにょにょん、としたいつもの笑顔を見せる。とんでもないことばかり考えている頭の中を覆い隠す仮面として、頑張って見せる。
「でも今日あんまり喋らないから……」
「大丈夫だよ」
「本当?」
「うん」
これは試練だ、とロキは思った。
本当にルーシィのことを愛してるなら。本当に大事なら。
この2時間は絶対手を出しちゃ駄目駄目駄目駄目駄目……
「じゃ、じゃあさ……静かなところ、いかない?」
「だ……」
「ろ、ロキと二人きりでお話したいなー、なんて……」
えへへ、と頬を染めたルーシィのお誘いに。
……ちょっとだけ、なら――
いや駄目駄目駄目駄目駄目。無理無理無理無理。今のルーシィとそんな、いかにもなムードなんて「いざ夢の国へっ!」駄目駄目駄目。
とか思っているはずなのにロキの不埒な手は可愛いルーシィの肩にのびていこうとする「いざ夢の国へっ!」いやいやいや。
そのままうっかり「いざ夢の国へっ!」なノリに転がり込んでしまう前に。
ロキは手近な人間に目を付けた。
「――グレイ!」
「あ?」
一人でリクエストボードを眺めていた事情を知る(でも自分が飲まされるはずだったとは知らない)グレイに駆け寄り――もちろんルーシィはしがみついたまま――、ロキは必死の形相で言った。
「僕と手を繋いでくれないか?」
「は?やだよ気持ち悪ぃ」
「いいから頼む。僕の右手を封じてくれ」
「だからやだっつの」
「……グレイ」
はあ〜、とロキは嘆息。やれやれまったく困った奴だ的ジェスチャー付属で肩を竦めて。
「――いいのかグレイ」
ふ、とサングラスの下でロキの目が無になる。
まったくの無。ぞっとするくらい感情もない、完全なる無。
「な、何がだよ」と思わずたじろぐグレイに。
ロキは無のままで。
「僕、このままだとギルドの皆の前でルーシィを押し倒すよ」
「なっ……」
「そのまま皆の前であんあん鳴かす自信あるよ」
「具体的に卑猥すぎ!?」
うっかり想像してしまい、真っ赤になったグレイ(意外とピュアである)。
ロキはどこまでも無のままで。
「――本当にいいんだね?グレイ」
「くっ、何だこの脅し……」
その間にもルーシィはらしくないほどロキに抱き着いている。
狙ってか天然か、豊かな胸を、柔らかい身体を、ロキのそこここに押し付けて。
「………」
グレイにとってルーシィは大切な仲間だ。もしロキの言うようなことが本当に目の前で行われたら。
ルーシィが傷つくというのもあるが――見捨てたグレイもこの先目を合わせられないだろう。
「〜〜わかった!」
グレイが左手を出して。
「来い、ロキ!」
「グレイっ!心の友よ……!」
ぐわしっ!
ロキが右手を固く繋いだ。
熱い友情が、交錯した。……ちょっと頭は壊れかけていたが。
「あ、あ、グレイだけずるい!私もロキと繋ぐもん!」
すると左手をルーシィが勝手に塞いでくれた。これで完全に手は出せなくなる。
「えへへ、ロキの手大きいね」なんてオイオイ可愛いなこんちくしょうなことを言うルーシィを、いつもの優しい目で見ようと努力するロキ(ちょっと無の状態になりかけてはいたが)。
さて、このままあと2時間弱待てば、ルーシィの魔法は溶けるだろう。
そしてロキにこんなにくっついていたことも忘れるのだ。
――だが。
「……えーと、ルーシィ、離れてくれないかな?」
なるべく周囲の人間に見られたくないから、というグレイの希望で選んだ席に3人、ロキを真ん中にして並んで座った。
そこまではいいのだが。
「え?何で?」
ルーシィは相変わらず無駄なほど身体を押し付けるのをやめないのだ。もちろん両手は繋がれたままなので変なことは出来はしないわけだが。
「えーと、ほら、このままじゃいろいろできないから」
迷惑、と言うと今のルーシィでは泣きそうなため――泣かせたらグレイに何を言われることか――やんわりとロキは言った。
すると。
「あ……わ、わかった……」
と何故か頬を染めたルーシィは慌てて身体を離し。
顎を少し上げ。
「ん……」
目を瞑る。
「………………」
「ロキ、爪立てんな」
「……………………………ごめん」
かわいらしくキスを待つルーシィにぐらぐらきながらもグレイの冷静なツッコミで理性を保つ。
ロキの右手は嫌な汗でぬるぬるしてきた。
それでも絶対離さないでくれグレイ頼むからおお心の友よっ。
じりじり我慢していると、ルーシィは目を開けて小首を傾ぐ。
「……しないの?」
「えと」
「……私のこと嫌い?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ……して?」
可愛くおねだりし。
ルーシィは再び目を閉じる。
「………あう」
情けなくグレイに助けを求めれば完全無視。自分でどうにかしろ、と言いたいらしい。
ロキは仕方なく誘うような桃色の唇から目を逸らし、1番近い額に、ちゅ、と軽いキスをした。
このくらいなら、許されるよな?と誰にともなく尋ねながら。
やがて、ゆっくり目を開けて頬を染め、
「えへへ〜」
なんて幸せそうに笑うルーシィに。
「――ロキ、ハウス」
「はっ……」
いつの間にか桃色の引力に引き寄せられていたロキは目を覚ます。
慌てて距離を取り、へにょ、と顔を歪め、
「ぐ、グレイ……」
「口は封じねぇからな。死んでも」
「わかってるけど」
それでも、これはたまったもんじゃない。
ずっと好きだったコが自分を何されてもいいと。むしろめちゃくちゃにしてと(そこまでは言ってない)。
そんな態度を取るのだから。
「つーかよく考えたらお前星霊界?に帰ればいいんじゃねーの?」
ふとグレイが言う。
そんな誰もがその通りだと思う意見にロキは苦笑して、
「いや、そしたら……」
「私が“扉”開くもん!」
「というわけで」
「ああ、成る程」
グレイは納得した。
今のルーシィだったら躊躇いなくやるだろう。自分の魔力の限界まで。
そこに、「……それにさぁ」とロキは付け加える。
「――折角のお約束展開を楽しまなくてどうするんだ」
「お、お前……漢だな」
「ああ、漢さ」
ほとんど真っ白に燃え付きかけながらも、ロキはニヤリ。
そうとも。漢なら多少の拷問くらい逆に楽しんでやるくらいの気力はなくてどうするああルーシィ胸柔らかいたまらない最高だけどちょっと離れてくれないとそろそろ危ないよレッドゾーン「いざ、夢の国へ!」。
すると「ねぇ」と何やら拗ねた声。
「ロキ、なんで今日はグレイとばっかり話すの?」
「え……」
慌てて意識を戻し、ルーシィを見れば。
不安げに大きな瞳を揺らし、上目使い。
「も、もしかしてグレイのこと……」
『それはない』
うっかり声が揃うグレイとロキ。
「じやあロキ、私のこと好き?」
「――うん、好きだよ」
へにょにょん、と笑う。
「本当?」と聞き返すルーシィに「本当だよ」と頷く。
これは本当だ。
でも今のこのコはルーシィじゃない。ルーシィはこんなこときいたりしない。
ロキに、こんなに素直に甘えたり体を預けたり、しない。
わかってるから、少し、淋しい。
「あのね、私も」
とグレイのことを見て、もじもじしたルーシィは。
身を乗り出してロキの耳に唇を寄せた。
「――大好き、だよ」
………
「ロキ、ハウス」
「わ、わん……」
グレイに言われてぷっつんしかけた理性の糸がぎりぎり繋がる。
我慢我慢我慢我慢。これはルーシィじゃないんだからこの柔らかいいい匂いの僕のこと大好きとか何されてもいいとかむしろめちゃくちゃにして(そこまでは言ってない)とか言う女の子は、ルーシィじゃないんだから。
そんな極限のやり取りの末。
「……あれ……?なんか眠くなっちゃったぁ……」
ルーシィはふにゃふにゃと欠伸をした。
きた、とグレイと目配せする。
薬がきれる合図。
「少し寝たら?」
「でもロキ居なくならない?」
「ずっと、手を握っててあげるから」
ずっと。
いつものルーシィとして、目覚めるまでは。
「……じゃあちょっとだけ寝るね?」
「――うん。おやすみ」
これでこのルーシィとはお別れ。
ほっとしたような淋しいような――なんて考えて油断した。
「ロキ」
「え」
突然、ルーシィは少しだけ伸び上がり。
ロキに唇をそっと押し付けた。
「おやすみ、ロキ」
凝固するロキに満足げに微笑み、ルーシィはテーブルにことりと沈んだ。
「………」
グレイは一瞬で気付かなかったらしい。それか頬にしたとでも思っているのだろうか。
実際は、ルーシィの唇は、ロキの唇に。ぎりぎり唇の端に。恐らく眠くて狙いが逸れたのだろう。
なら。
これはルーシィのファーストキスに入れないであげなきゃ、とロキは誰にともなく誓った。
次にロキがルーシィの唇を正攻法で――合意の上で、奪うまでは。
「――ん……?」
とルーシィが目を覚ますと、そこはいつものカウンター席ではなかった。
おかしいな、何してたんだろう――なんて考えながら頭を持ち上げると。
「――やあルーシィ、こんなとこで寝てたら襲っちゃうぞ?」
突然フェミニストスマイルが飛び込んできた。
「……帰れ」
冷ややかな目で冷ややかなツッコミ。
「あーもーまた勝手に出てきてアンタは」とまだぼんやり寝ぼけながら、自由気ままばっかりする星霊に嘆息。
「うん。ごめん」
へにょにょん、と嬉しそうに笑うロキ。
全然反省してない笑顔に腹が立って怒鳴ろうとして。
ふと、自分の手がロキと繋がれていることに気がついた。「な、何勝手に握ってんのよ!」と振り払う。
「……うん。ごめん」
と、また笑顔で謝りながら。
ちょっとだけ、悲しそうなロキ。
悪いことしたわけじゃないのに、ルーシィはなんだか場都が悪くなり視線を泳がせて――
「あ、あれ?グレイもいたん」
とグレイの姿を確認して――ルーシィは硬直した。
「な、ななな何、あんたら、やって……」
『へ?』
「あ……そ、そっかあんたたちそういう……ごめん……わ、私知らなかったから……」
グレイとロキはハッとしてルーシィの視線を追う。
絶対手が離れないようにと固く指を絡ませたそれは、いわゆる“恋人繋ぎ”で。
「ち、違……ロキ離せ!」
「む、無理。欲望と自制心のせめぎ合いで筋肉が硬直して……」
「はああ!?」
「よよよ欲望?欲望でグレイと手をははは離したくないですって?」
「うわっ、違うルーシィ誤解」
「い、いいの!邪魔してごめんね!ロキ……あんたも今度から、好きな時に来ていいからぁああ!」
叫びながら、斜め45度に身体を傾けた全力疾走。
しながら。
ふと、ルーシィは唇に残る甘い何かを感じた。
なんだろう、これ……?
で。
そんなお約束な去り方をしたルーシィに残された2人は。
「あーもーなんだこれ!くそっ!」
と毒突いたグレイは開いた右手でテーブルを殴る。
巻き込まれたグレイは可哀相だが、大好きな人に嫌な誤解をされたロキはもっと可哀相だった。
再び、どこまでも無の目をして。
「グレイ……」
「な、なんだよ……」
「さらば、心の友よ」
「やかましい!」
とりあえずグレイに殴られる前に、星霊界に帰って――
しばらく引きこもろうかと思ったロキだった。
* * *
お約束はお約束で締める。
ギルド、というよりロキルー+グレイな感じでちょっとリクエスト無視ですね。すみません。
ただ、心の友よ!って言わせたかったんだ私。ロキとグレイ、基本仲良しなんだ。
ロキがいろいろすごく残念でした。でも本当にムラムラしたらこのくらいかな、と。紳士どころじゃねーぞ、と。発情期のオス獅子だぞ、と。
世詩様リクエストありがとうございました!
*世詩様のみお持ち帰り可能です。
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