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深く深く深く……【Li*G*L】↓


「………」


妙な沈黙がその部屋に落ちていた。
誰ひとり、動かない。
いや、唯一ルーシィの膝から落ちた変な生き物だけがほてほてとリオンの足元に来た。
懐かれたのかもしれない。リオンはひょいとそれを抱き上げた。


ルーシィはまだ固まったままだ。冗談で言っているのがすぐにわかったからグレイと共謀して逆にからかっただけなのだが(こういう時だけは息の合う兄弟弟子である)。
そろそろいいだろう。
グレイと目配せしたリオンが冗談だと言い出そうとしたら。



はああああ〜



洪水のようなため息がルーシィの口から漏れた。


「……ごはんは?」
「は?」
「ごはんは、食べたの?」
「い、いや、まだだが……」
「そ。じゃあリオンは先にお風呂入っててよ。今作るから」


言って、ルーシィはふらふらとキッチンへ向かう。


「ちょ、ちょっと待て」
「……何よ」


ルーシィはめんどくさそうに首だけ振り向いた。


「泊まるんでしょ?隣でぐーぐーお腹鳴らされてたら寝られないじゃない」
「あ、いやそうじゃなくてな」
「じゃあ何よ」


リオンは困惑したままグレイと自分を示した。


「男、だぞ」
「知ってるわよ。何度裸見せ付けられたと思ってるの」
「見せ付けてねーよ」
「じゃあ脱ぐな」
「はうぁっ!?」


いつの間に脱いでいたグレイをビシィッと指摘。
慌てて服を着始めるグレイはさて置き。


「本当にいいのか?」
「んーまあね、すっっっっっっごい図々しいと思うし、すっっっっっごい迷惑なんだけどー」
「ぬ……」言い返せない。
「でもまあ――」


ルーシィは漸く振り向いた。


「アンタたちなら、信頼できるし」


浮かんでいたのは苦みがかった、でも柔らかい微笑。それを直視してしまったリオンは、一瞬、息が止まるかと思った。
ルーシィは、それに、と付け加える。


「いざとなったらプルーもいるしね」


とリオンの腕の中の白い生物を指す。


「……これは星霊、だよな」
「そうよ」
「これも強いのか?」
「ううん。プルーは戦闘向きじやないわ」
「だったら……」


ふとルーシィ何かを振り下ろす仕種をする。それも飛び切りの笑顔で。
ぽくぽくぽく……プルー。鋭利な鼻。振り下ろす。刺さる。血飛沫。笑顔。返り血。……チーン。
リオンは深く納得した。


「で、ルーシィ、飯は何作るんだ?」


服を着終えたグレイが割り込んでくる。「ちょうど腹減ってきたとこなんだよな」なんて笑いながら。
するとルーシィはツイと目を細めた。


「あっらぁ〜?誰がグレイにも作るっていったかしら〜?」
「はぁ?」
「私はリオンにきいたの。グレイは?、なんて誰もきいてないけど?」
「何だよその態度の違いは」
「だってリオンはサイン入りソーサラーくれたもん」
「くれたから何だってんだよ」
「普通お世話になろう人間が手ぶらで来るかしらぁ?」
「俺はいつも手ぶらじゃねーか」
「たまには何か持って来なさいってことよ」
「しょうがねぇな。とりあえず俺のシャツでも受け取るか?」
「嫌よそんな汗くさ……あ、ジュビアに売れってこと?」
「お前そんなことするのか」
「じゃあそれ貰ってどうしろってゆーのよ。雑巾にでもしろって?」
「……オイ、このシャツけっこう高いんだぞ」
「あ、洗って古着に売れってことね」
「まず売ることから離れろよ」


突如として始まった二人のやり取り。リオンは会話に入るタイミングを逸して立ち尽くす。
まさに、気の知れた者同士のじゃれあい。こう見ているとグレイの寄せる好意が一方通行でもないように思えるから不思議だ。


ああそうか、自分は部外者だった。
ギルドも違う。過ごした時間も違う。
そんな当たり前のことを今更ながら実感させられた。


「次回何か持って来るときまで預かってろってことだよ」
「ふうん。シャツよりこのシルバーアクセ売らせてもらえると助かるわー」
「だから売ることから離れろって言ったのが聞こえなかったのか?」
「……グレイ、私家賃が払いたいの」
「おーストレートだな」
「家賃が払いたいの」
「後で仕事付き合うって」
「家賃が払いたいの」
「わかったからその手を離せ。チェーン引きちぎろうとするな、コラ」
「家賃が払い」
「あああああわかった俺が悪かったすみませんすみませんすみません!」


不意に、リオンの腕の中のプルーが「プーン」と一つ鳴いた。
ふ、と言い合いがやんで、二対の目がリオンに向けられる。


「ん?ああ、リオン、遠慮しないでお風呂入っちゃっていいわよ」
「プルーは置いてけよな。俺が今から遊ぶから」
「………ああ」


頷いたリオンはプルーを床に戻し、薦められるがまま風呂場へ向かった。
その背後で再びグレイとルーシィのやり合いが始まったようだったが、リオンは振り向かなかった。







はあ。


熱めの湯に浸かったリオンは見慣れない天井を眺めて深くため息をついた。
前に喫茶店で話した時はまったく感じなかった疎外感。あの時と今、一体何が違うのだろう。やはり二人にとって慣れた場所で、自分だけが違うからだろうか――という考えに至りかけて首を振る。
だとしても、こんなため息をつく必要はないはずだ。


ふと、視線を少し横に流せば棚に置かれた女の子らしいピンクのボトルが目に入る。それが嫌で目を閉じれば鼻先を掠める女の子らしい甘い匂い。
なんというか、無性に落ち着かない。


ここで昨日もルーシィが……という考えが浮かびかけて振り払う。
そういうことは考えてはいけない。信じてる、と言った彼女への裏切りに等しい行為の気がする。
第一俺の前に風呂に入ったのはグレイだ――とか考えたら唐突に殺意が湧いた。風呂出たらねちねち突っ掛かってやろう。


「……しかし手料理、か」


リオンはぽつりとこぼした。
最近もシェリーに練習だと称して作ってきたもの――シェリーいわく“クッキー”。リオンからしてみれば“苦い岩”ー――の味見をさせられはだかりだ。
はたして笑って『うまい』と言ってやれるだろうか。いや、シェリーの時は失敗したが、今度こそは。
妙な覚悟を胸に秘め、リオンは湯槽に沈んだ。








リオンが風呂から出るとルーシィはまだ料理中のようだった。
部屋には空腹感をくすぐるいい匂いが漂い始めていて、もしかしたら味も心配ないのかもな、とリオンは無駄に身構えていた自分を恥じた。


部屋は静かだ。グレイはソファで寝転んでプルーで遊んでいる。
そのことにリオンは内心安堵した。
もしも二人が入る時と同じ空気だでたら――なんて、考えたくもない。
とりあえず「あがったぞ」と一声かけるべきだろう。
そう思ったリオンが行動に移そうとした時、


「ねぇ、グレイ悪いんだけどそこの角の店でタバスコ買って来て」


キッチンからルーシィが顔を出した。
「はあ?」とグレイはプルーの鼻を回そうとするのをやめた。


「きらしてたの忘れてたのよ」
「だからって何で俺が……」
「何よ私に行けって言うの?こんな夜遅くに?」
「はいはい、わーった。行くよ、行く」
「じゃあついでに明日の牛乳とパンとチーズもお願い」
「……俺パシリ?」


「あら、嫌なのかしら?」とでも言うみたいに、ルーシィはツンと顎を上げる。
グレイは見てるリオンが恥ずかしくなるくらい甘ったるく苦笑した。


「あーはいはい。いってきますよ、姫様」


ポン、とグレイの手が頭に乗る。
そのままくしゃくしゃと軽く撫でられると、ルーシィはまるで猫のようにうっとり目を細め、


「よし、行ってきなさいっ」


偉そうに告げて拳で軽く胸を小突く。
そのままグレイは鼻歌混じりで部屋の外に消えた。


「ププーン」


ふと、ソファーに置いてきぼりにされたプルーが鳴いた。
その星霊をまるで子供をあやすように抱き上げた主は、その時初め洗面所の前で動けずにいたリオンに気付いたらしい。
何事もなかったかのような顔で、ルーシィは笑う。


「あ、出たんだ。早いね」
「………」


もやもやする、とリオンは思った。


「? どうかした?あ、のぼせたとか?」
「……いや、大丈夫だ」
「ふうん。じゃあ服着てね。女の子の部屋なんだから」
「……ああ」


ついいつもの調子で半裸で歩いていたようだ。
やんわりツッコまれたリオンがのろのろと着込んでいると、ルーシィは悪戯っぽい目を光らせた。


「そうそう。一応言っておくけど、もし朝起きて裸だったらバルゴに写真撮らせるからね」
「? たまにあるが……」


何故それを知っているんだ、とリオンは目で問う。
ルーシィは、だと思った、とクスクスと笑った。


「前にグレイが泊まった時も朝起きたら裸だったから」
「……普段から泊まり合う仲なのか?」
「え?……あ、もちろんナツにエルザにハッピーも一緒よ!二人きりとかはないから!流石に!」
「……そうか」
「女の子だし当然よ」


女の子。
そうだな。女の子だな。
そんなもっともなことを考えながら、リオンは何かに引き寄せられるかのように手を持ち上げた。
その手は、そっと、ルーシィの頭に。


「へっ?」


ルーシィの目が見開かれる。


「嫌か?」
「あ、いや……そうじゃなくて……」


びっくりして、とはにかむように笑う。
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、グレイにされている時と同じ無防備な表情を覗かせる。どうやらこの少女は頭を撫でられるという行為が好きらしい。
そんなことがわかると、どうしてかリオンは安堵を覚えた。
そして、


可愛い、と思った。


それはどうやら声に出ていたらしい。ルーシィは「ふえ?あ、あの……」と顔を赤くした。
リオンもはっとする。何をやっているのだ自分は。
でもこの手を離すのは惜しい気がして――


理解した。
そうだ。俺は羨ましかったのだ、グレイが。
先程の疎外感も。風呂の中のため息も。今のもやもやも。全部それが原因。
初めてまともに話した時とは違うのも当然。
ルーシィとグレイの間の距離感を知って、嫉妬していたのだ。
気付いた途端、なんだか急におかしくなって噴き出してしまった。


「ちょ、ちょっと、からかわないでよね!」
「ああ、すまん」


何か誤解されたらしい。ルーシィを笑ったわけではないのに。
くつくつと笑いながら少し乱暴に髪を掻き混ぜてごまかす。
ルーシィは「もう」とむくれながらも、されるがままだ。
されるが、まま。


ルーシィには、プルーがいる。
そう胸の内で呟いたリオンはその手を耳元に運んだ。
耳にかかるさらさらした金糸に指を通し、耳の後ろをくすぐる。ぴくりと肩が揺れた。


「リ、オン?」


今までと違う触れ方に、困惑の色を見せはじめたルーシィ。
嫌なのだろうか。いや、だったら星霊を振り下ろしているはずだ。嫌ならば、ルーシィ本人が止めるはずだ。
いつの間にかリオンは笑みを消していた。


滑るようにルーシィのうなじに手をやる。熱い。
ルーシィは息を飲んでプルーを抱く腕に力を入れた。それだけだった。
うなじを支えたまま、親指で滑らかな頬を撫でる。ルーシィの睫毛が震えた。
プルーが「プーン」と不安げに鳴いて――






「おーす、買ってきたぞー」







次の瞬間には何事もなかったかのようにルーシィはキッチンに戻り、リオンはソファーに横たわっていた。
その中間点で、少し遅れてプルーが床に落ちる。
妙な空気を読んだのか、プルーを拾い上げ、


「……………何かあったか?」


と訝る弟弟子に。


『別に』


リオンとルーシィは同時に頭を振った。








――深く深く深く……










* * *
間男なリオン様。
次回グレイ攻め攻めターンで最終回。

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