ため息を深く【Li*G*L】↓ ギルドの仲間に別れを告げたルーシィは、夜色に変わった街を歩いていた。 すっかり遅くなってしまったが不安はない。マグノリアの治安はいいし、それにプルーも一緒だ。頼りにしてるわよー、なんて笑って話しかけながら、帰り道をこれといって急ぐこともなくのんびり歩く。 途中、運河のおじさんに手を振って挨拶。 「お嬢ちゃん気をつけろよー」「はーい」このやり取りも毎晩恒例。ルーシィがこの街に馴染んだ証。 部屋の前につくと気が抜けたのか程よい疲労感がルーシィを襲ってきた。 まずはお風呂沸かしてそれからママに手紙書いて家計簿つけて明日の準備……と具体的アクションを描きながらドアを開けた。 瞬間。 ルーシィは呆然とした。 そこにあった、有り得ない光景に。 「……………なに、やってんの?」 「ん?……ああ、おかえり。邪魔してるぞ」 リオンが居たのだ。 普通にソファに。 まるで我が家にでも居るように上半身裸で読書なんかしてくれちゃって。 でもってルーシィの帰宅に気づくのがワンテンポ遅かったのはそれに夢中になっていたせいらしくて。 え。あれ。何故。リオン。有り得ない。久しぶり。半裸。どうしてリオン。こんばんわ。服着ろ。いらっしゃい。変態。リオンだ。出てけ。 いやいや今はそれよりも。 「………っ」 ルーシィはその場にガクリと崩れ落ちた。 「リ、リオンだけは常識あると思ってたのに……」 ずどん、と肩から上にのしかかってくるのは裏切られたという陰鬱たる気分。 絶望した。男という生き物に絶望したっ……! するとリオンは困ったように笑って本を閉じた。 「いや、自分でもそのつもりだったんだが」 「……だったんだが?」 「グレイが――」 言った瞬間。 「うおーい」と風呂場から更なる侵入者が顔を覗かせた。 その男――グレイはほかほかと湯気をたてながら、半裸でのし歩き、 「リオン、風呂あいた――ん?」 ルーシィを見つけた。 「よぉルーシィ、お」 「かえりじゃなぁあああい!?」 スコーン! と、グレイの背後の壁に刺さったのはルーシィが全力で投じた何か。 次の瞬間、ピッと横一直線にグレイの目元に切れ目が入り、赤いものが、つぅ、と重力に従って流れる。 びよんびよんびよ〜ん。 壁に刺さった凶器――プルーが間抜けに揺れる。 もう少し角度が違ったら。 あの鼻は壁ではなく右目を貫いていたことだろう。 ぶわわっと今更ながらグレイの肌から冷たい汗が噴き出す。 それとほぼ同時。チッという舌打ちが聞こえた。 「……おしい」 ぼそっと呟いたリオンはそのまま何事もなかったかのように読書に戻った。 そこでようやくグレイの硬直が解ける。 「……おいリオン、なんだ今の舌打ちは」 「あと少し右だったらよかったのにな、の舌打ちだ」 「ぶっ殺すぞテメェ!つ、つーかルーシィ、いきなりプルー投げるか普通!?」 「うるさい黙れこの不法侵入者」 蔑むような目で見てやるとグレイは怯む。 その間にプルーは自力で壁から鼻を抜いた。ぽてっと床に落ちたプルーはふらふらと何故かリオンの元へ向かう。 リオンはふむと唸ってプルーを抱き上げた。 「だ、だったらリオンも一緒に怒るべきだろ!不公平だ!」 「は?リオンはグレイが付き合わせたに決まってるでしょ」 「決まってねぇよ!」 「へー。じゃあリオン、どうなの?」 「ん?ああ」プルーと見つめ合っていたリオンは頷いた。「付き合わされた」 「ほーらやっぱり」 「クソッ、裏切ったなリオン!」 「裏切るもなにも本当のことだ」 こねこねプルーの頬を弄りながらリオンはさぞ心外だと言わんばかりに眉をひそめる。 「俺が窓から浸入を試みたらグレイが鍵を借りて」 「やっぱアンタもか!?」 すぱん、とルーシィは近くにあった週刊ソーサラーでリオンの頭をはたいた。ぽてっと再びプルーは床に転がる。 いきなり女に叩かれるという初の経験をしたリオンは恨みがましい目でルーシィを見た。 「痛いじゃないか」 「痛いじゃないか、じゃないっ!」 しかしルーシィはリオンに負けないくらい目を三角に吊り上げた。 「何よ何よ何よ!結局アンタも同罪じゃない!」 「いや俺は」 「何なのアンタら!?ウルさんはアンタらに何を教えてたのよ!」 「何って魔法に決まって」 「揚げ足取るな!もっと一般常識も教わってきなさいこの馬鹿弟子共!」 「ばっ……」 リオンは叩かれた時よりも衝撃的だったようである。 軽く傷ついた顔で、女に馬鹿なんて初めて言われた、と呟く。 はっとしたルーシィが流石に今のは言い過ぎたかな、と思ったら、リオンはのろのろと隣のグレイに向き直った。 「なあグレイ、ルーシィは何かあったのか?この間より凶暴化しているような……」 「いや、いつもこんなんだ」 「プーン」プルーも同意。 「本当か?あの日じゃなくてか?」 「そうなると毎日あの日ということになるな」 「それは大変だな」 「ププーン」 「………アンタら聞こえてるわよぉ?」 ひくり、と唇が引き攣る。 どうやらこの馬鹿共相手に反省してやる必要はなかったらしい。 引く唸るような声色に兄弟弟子はピシッと直立不動の姿勢を取る。リオンは椅子から立ち上がり、その足元では何故かプルーまで二人に倣っている。 ルーシィは、はあ、と嘆息した。 「まずは服を着なさい」 『……はい』 「プーン」 言われて大人しく脱ぎ散らかした服を着はじめた二人。 一頻りツッコんで(暴れて)それなりにすっきりしたルーシィはそれまでリオンの座っていた椅子に腰を下ろした。何故か兄弟弟子たちにならって服(?)を探しはじめたプルーを膝に抱き上げる。 もちろん服を着終えた二人は気をつけの姿勢で待機だ。 「――で、結局何の用なの?」 膝にプルーを乗せて脚を組むルーシィと向かい合う緊張気味の二人。 差し詰めどこかの女ボスと手下のような光景だ。もちろん手下は何かミスを犯して、内心ビクビクしているといった状況だろう。 「常習犯2号のグレイはともかくリオンまで私の家に来る理由がわからないんだけど」 「……仕事で、近くに来た」リオンは訥訥と答える。「そのついでに、それを渡そうと思っただけだ」 「それ?」 「ルーシィが手にしてるそれだ」 「へ?」 リオンに示され、先程リオンにツッコんだときから無意識に手に丸めていたそれ――過去のソーサラーを開く。 リオンが表紙のそれにはサインが施されていた。恐らくリオンがわざわざバックナンバーを購入し、そこにサインを―― 「そ、そんな!私なんてことを……!」 ルーシィは青くなった。 「凶器にしてごめんねサイン入りソーサラー!」 「……俺に謝らないのがいっそ気持ちいいな」 「諦めろ。それがルーシィだ」 グレイが生温く笑う。 「ん?あれ?これもしかしてリオンのだけじゃ……」 「一応表紙の全員に貰ったぞ」 「へー!……チッ、シェリーが余計ね……」 「オイ」 「うそうそ。――ありがとうリオン!すっごく嬉しいわ!」 雑誌を胸に抱えてニコッと笑う。 するとリオンは小さく身じろぎして目を逸らした。一体なんだというのだろうか、とルーシィは不思議に思ったが、貰った雑誌をしげしげと眺めてるうちにどうでもよくなった。 リオンの陰に小さく写ったシェリーとそのサインを見てニヤリと笑う。 「グフフフ私がピンで表紙を飾った暁には大きくサインしてシェリーに送ってくれるわ……ああ、シェリーの悔しがる顔が目に浮かぶようね〜」 「……そんな予定もねーくせに」 もっともなことを言うグレイはさらりと無視。 「まあこれは有り難いけど」、とソーサラーを横に避けて――また咄嗟に武器にしてはいけない――ルーシィは改めて二人に向き直った。 「――でも、だからって勝手に入ったことはまだ許してないわよ、私」 ルーシィは冷ややかに言った。 グレイとリオンははっとして再び姿勢を正す。 「リオンは私に用があるなら真っ直ぐ私を尋ねるべきでしょう。グレイに会ったなら家じゃなくて今その時居るだろう場所を聞き出しなさい」 「うっ……」 「グレイもリオンが来たこと知ってたならギルドで一声かけてくれればよかったのよ。そうすれば私だって向こうを早く切り上げたのに」 「そ、それは……」 もっともなことをぶつけられ、グレイとリオンは口ごもる。 それでもルーシィは追求の手を緩めない。さあ、どうなの?何かないの?と無言で睨みつける。 やがて、二人はチラッと視線を合わせた。 そして、 『す、すみませんでした……』 渋々ながら、といった感じだったが、頭を下げる。 「――ん。よろしい!」 ようやくルーシィはニッと白い歯を見せた。 一度きちんと非を認めて謝ってさえくれれば水に流す。そういうところは基本的にさばさばしているのだ。 「あ、でもこの次勝手に入ったら踵だからね」 「そ、それはつまりヒールで……」 「いや、踵落としだと思うぞ」 何の想像をしたことやら目を泳がせたリオンにグレイがツッコむ。 ルーシィは膝でうとうとし始めたプルーを抱き直した。 「てゆーかグレイはなんで風呂なんか入ってたのよ?」 「いや、リオンとやりあったら入りたくなっちまって」 「へぇー。やりあったんだぁー?」 「も、もちろん外でだぜ!だからこそ余計に汗を……」 「まあ俺は汗なんてかかなかったけどな」 リオンがぼそりと呟いた。 「……あ?」とグレイの眉が跳ね上がる。 「……なんだその言い方。まるで俺だけが必死でしたーみたいじゃねぇか」 「なんだ違ったのか?『ないないないない』」 「ぐっ……!テメェ、今それは関係ねぇだろ!」 「ああ関係ないな。しかし相変わらず進展がないようで何よりだ」 「少しくれぇあったわ!」 「ほう、どんなだ。言ってみろ」 「そ、それは……」 「『ないないないない』が『ないないないな』くらいにはなったか?ん?どうだ?」 「くっ……」 「まったく情けないなグレイ。師匠が見たら何と言うか」 「邪魔するリオンが悪いっつーね!」 「俺がいつ邪魔をした」 「今まさにこの時もだよ!」 ここまで言い合いながらも取っ組み合いの喧嘩にまで発展しないのはルーシィに叱られるのを恐れてだろう。しかしそれをさて置いてもリオンとグレイの喧嘩はナツとのそれとは少し異なるのだ。 恐らくリオンのもつ大人びた余裕のせいだろう。 まるで性格の違う兄と弟。一度弟の頭に血が上りさえすれば、あとは兄の独擅場。一方的に弟をあしらう権利を与えられる。 「『ないないないない』を他人のせいにするな、情けない」 「だからいちいちそれを持ち出すな!?」 「ん?……ああそうか傷ついたかそれはよかった」 「ぐあああああテメェ本気でぶっ殺ぉおおおす!?」 「はっ、やってみろ。その前にこの部屋の主に殺されるぞ」 「テメェもだろーが!」 「俺は決して手を出さん。手を出した時点で口で負けた証だと昔師匠が言っていたのを忘れたかグレイ」 「覚えてるから今我慢してやってんだよ!」 「そうかもう我慢しなければならない状況まで追い込まれてるのか……残念だ」 「るっせええええええ!?」 途中途中何の話だかわからないが、こういう時、ああ入っていけないなぁ、とルーシィは思う。 男同士。同じ師匠同士。過去という秘密を共有する者同士。 育った環境も境遇も過ごした時間までもが違うルーシィは、ナツやエルザと居るときでさえふとした瞬間に孤独が顔を覗かせる。 やり取りを見てる分には楽しいのだけれど、遠いなぁ、と、そんなことを考えてしまうのだ。 でも寂しいままじゃ嫌だ。つまらない。 だってここは私の家だ。わがままだって、許されていいはずだ。 だからルーシィは、ちょっとだけ、抵抗してみようかと思った。 「――もう二人とも!」 ルーシィはぎゃいぎゃいやり合う二人に無理矢理割り込んだ。 「そんな言い合いしてたら泊めてあげないわよっ?」 ルーシィの思った通り、ピタリと言い争いがやんだ。 さあツッコみなさい。だだだ誰も泊まるなんて言ってねーって!、とか、そ、そんなつもりはない!とか、テンパりながらツッコんでくるがいい。 そんなふうに内心ルーシィが笑っていると、 「んじゃ、やめるかリオン」 「そうだな」 「………………は?」 思わぬ反応が返ってきた。 ぱちくりと瞬くルーシィ。 「泊めてもらえなくなるのは困るだろ?」 「ああ。今から宿取るのは面倒だしな」 「…………」 ぽてっとプルーが本日3度目の落下。 「プーン」と潤んだ目で見上げられたが、ルーシィはそれどころではない。 え。オイ。ちょっと待て。ツッコみなさいよ。冗談だって。嘘。なんで。普通信じないでしょ。ああそうかこいつら馬鹿なのね。 いや待て。てか何。もしかして最初からその気でいたとか。 いろいろ考えたりもしたわけだが、結論。 「……………」 この兄弟。 どんだけ図々しく教育してくれちゃったわけですかウルさん。 ――――ため息を深く * * * リオグレルーは楽しいです。何が楽しいておばかなリオン様がいいんです。 リオン様のねちっこいグレイいじりは書いていてほっこりします。 次回リオン視点。 [*前へ][次へ#] |