でもやるんだよ!【G*L】end
「――今日のケーキは格別に美味しかったなー」
舌先にとろけるような甘さを思い出したルーシィはふにゃふにゃ笑った。その隣ではグレイが「へぇ、何でだ?」と微笑む。
俺が一緒だったからだろ、とでも言いたげな自信たっぷりな表情。
ルーシィは「そうねー」と、にんまり意地悪く笑った。
「やっぱり他人のお金っていうのがたまらないのよねー」
「……ああそうかい。もう奢らねぇからな」
「じゃあ次は私が奢ってあげる」
「お、マジで?」
「うっそー。なんで私がグレイに奢らなきゃならないのかわかんなーい」
「……だろうな」
――気が付くと、ルーシィの手は自然にグレイと繋がれていた。
ケーキ屋に入る前はたった3歩。なのに、今はもう、互いの手の温度が同じになるくらい。
プルーは閉門したから、二人きり。今度こそ、本当の意味でのデート。
でも、もうルーシィは変に緊張したりはしなかった。力強い大きな手には、やっぱりまだドキドキしてしまうけれど、それはどこか心地の良い高揚。
わくわくそわそわ。
何かが起きるような、そんな期待感と、ちょっとだけ不安感。
「――この後さ、ウチに来ない?」
少し暮れかかった公園に差し掛かって、ルーシィは言った。
気楽に話せる静かな場所を求めて歩いた結果、近くの公園に二人の足は向かっていたのだ。
「……いいのか?」
「奢らないけどお礼にご飯くらい作るわよ」
「そうじゃなくて」
「?」
「あー……楽しみだってことだよ」
苦笑するグレイを不思議そうに見て、でも結局、よくわからなかったルーシィは気にしないことにしてニコッと笑った。
「じゃあ材料費はグレイ持ちね」
「げ、出たよ守銭奴」
「何よー。残りものの野菜で作れって言うの?」
「はっ、残りものでどこまで作れるかが腕の見せ所じゃないですかねー、姫様」
そんなグレイの態度にルーシィは、むー、と唸って――ふと思い付く。
ルーシィは、すり、とグレイの肩に頬を寄せてみた。
グレイがぎょっとしたようにルーシィのほうを見たのを確認し、ちょっとだけ胸を腕に押し付け、
「――私、グレイには美味しいもの食べて欲しいなぁ?」
とどめとばかりに、上目使い。
「っ……」
途端にグレイは硬直。
それから、
「か……帰りに買い込みますか……」
「わーいグレイちょろ……優しいー!」
無邪気な顔をして、ぱっと身体を離す。もちろん手だけは繋いだまま。
グレイは耳まで赤くしながら、空いた手で額を抑えた。
「……お、お前自分の可愛さ使うの上手くなったな……」
「う、うふふ……任せなさい」
実はやってみた自分でもちょっぴり恥ずかしかったルーシィである(でも可愛いって言ってもらえたからよし!)。
そんなやり取りをしながら、公園の石畳を道なりに歩いて。
何と無く目をやったベンチ。そこで、唐突に、この公園が有名なデートスポットであったことを思い出させられた。
すなわち。
「今日ノ君ハ綺麗ダヨ」
「アアン、マダダメヨ明ルイワ」
「フッフッフッヨイデワナイカー」
「アアレーオダイカンサマー」
と、まあ。
カップルたちがあちこちで、ナニな空気ということだ(ルーシィの頭が処理仕切れないためやんわりとした会話に置き換えられた)。
「えー……と」
グレイも流石に気まずいようだ。ルーシィの手を包む指がそわそわと落ち着きなく動き出した。
たちまちまた緊張しそうになって――
でも。
ルーシィはグレイが放そうとした手を握り返した。
そして
「――あのさ、グレイ」
あえて自分から切り出した。
「き、昨日さ、うちに来たじゃん」
「……ああ」
触れないように。何事もなかったかのように。意識しないように。
今日一日、忘れてたみたいに振る舞ってはいたけれど。
「その時に、グレイ、私に、その……」
「………」
どうしよう。怖い。目が見れない。
ミュールの爪先を見ながら、空いた指を耳のピアスへ運んだ。少しひんやりとした、シルバーの感触。
それだけで勇気が出たルーシィはもう一歩だけ、踏み込む覚悟を決めた。
「も、もしかしてだけど、あの、グレイって――」
「待て」
それまで黙っていたグレイが口を開いた。
「え……」
「言うな」
「……なん、で……?」
それは。
もう、踏み込むなってこと……?
愕然としたルーシィが顔を上げれば。
「――その先は俺に言わせろよ」
なんて、グレイは甘く、苦笑する。
苦笑しながら見せた、いつになく真剣な目。思わず息を飲みながらも、ルーシィは「ん」と静かに顎を引いた。
やがて、ふぅ〜、とグレイは深く息。
「――……ルーシィ」
「は、はい」
名前を呼ばれただけで心臓が跳ねる。手は繋いだまま、首だけではなく、身体を向き合わせ、グレイと真っ正面から対峙する。
さっきまでは普通に繋がれていた手が、今は尋常ではないくらい熱を持っていた。
耳元に心臓があるみたいに騒がしい。頭がくらくらして、爆発しそうだ。
「俺……」
それでもルーシィは決してグレイから目を逸らさなかった。
真摯な眼差しをルーシィだけに向けている目の前の“男の人”しか、もう見えないくらい。
全身全霊をささげるくらい。
「俺、お前のこと――」
「よぉ、イチャついてんじゃねぇぞ」
唐突に割り込んだ声にビクゥッとルーシィとグレイの身体が跳ねた。ぱっと慌てて手も離す。
そんな二人に構わず、「さっきはよくも恥かかせてくれたじゃねぇか」と続けたのは――
くすんだ金髪の耳やら鼻やらピアスだらけの男だった。
「………………誰?グレイの知り合いー?」
「いや、知らねぇー」
同時に脱力しながらやる気ない目配せ。よもやギルドの誰かではなかろうかとギクッ。しかしそれが全然違ったことで力が抜けていた。
短時間ではあったが、互いに相当な緊張と集中を強いられていたため、その気怠い空気は表現しようもないほどだ。
何と無く疎外感を感じた男はたじろいだ。
「お、おいおい、昼間に声掛けただろ」
『……?』
「け、ケーキ屋の前で。ほら、君の肩を!」
『……………ああ』
いたっけなーそんな奴。
その程度の認識だった。
しかし「思い出したか」と男は満足げに頷き、「アンタらの話をしたら先輩が会いたいって言うんだ。大人しく着いて来な」みたいなことをつらづら宣いやがる。
「………」
だが残念なことに、もうルーシィにそんなこと聞く余裕なんてなかった。
脱力感の抜けた瞬間、静かに、ぐつぐつと、はらわた的なものが煮えくり返り始めていたのだ。
「……ぅあーもー〜〜〜」
「ああ?」
唸るように声を発したルーシィを男が怪訝な顔をして見る。
やっとそこまで来たのに。
覚悟だって決まってたのに。
今日の大一番だったっていうのに!
「邪魔、すんじゃ……」
くん、とルーシィは右足を引いた。
「ないわよっ!」
「!?」
バキッ
男の膝下にローキック。
日々容赦なくナツやグレイに叩き込み続けたルーシィの足技はもはや神の領域。
バランスの悪いミュールで放ったとは思えない一撃で、すっかり油断していた男はその場に崩れ落ちた。
「な、ななな」
と何が起きたかわからず、足を抑えて地面をのたうちまわる男。
その前で。
カツッ
勇猛にヒールが鳴った。
「――消えて」
「は、はいぃ!!」
ルーシィが低く命じた瞬間、男は這うようにして逃げ出した。
ったくもー、私だって足痛いのよー?
とかぼやきながら、振り向いて。
目の前に、すっかり行き場の無くなった拳を振り上げたまま、ぽかん、とするグレイが居た。
「あ」
さあ、とルーシィから血の気が引いた。
やらかしちゃった。
今日は女の子らしくしたかったのに。今日は一日、グレイのために可愛い姫様でいたかったのに。
「あ、あのね……今のは……」
ああどうしよう折角の雰囲気が。
あわあわと無駄な言い訳を試みるルーシィの頭に。
がし、と少し乱暴にグレイの手が乗った。
「――はっ、カッコイイじゃねぇの!」
「……へ?」
それはもう子供みたいに屈託ない笑顔を浮かべたグレイであった。
そのままぐしゃぐしゃと無邪気にルーシィの髪を掻き混ぜる。
しかし、「ええー?な、何それ……」とルーシィは複雑な表情である。カッコイイって……褒められてるんだか何なんだか。
「流石は女王様だな」
「はい!?姫じゃないの!?」
「うわー自分で姫とか」
「グレイがそう扱ってたんじゃん!」
「じゃあこれからは女王様で」
「イヤー!姫がいいー!」
「うわー自分で姫とか」
「キーッ!」
ルーシィはグレイの手を振り払ってそっぽを向いた。
もう何よ何よ何よ!さっきの続きはどうしたのよ!ってゆーか邪魔が入る前にグレイがとっとと言えばよかったのよ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿へたれ馬鹿ッ!
そんなことを考えながら武器(と書いてプルーと読む)を呼び出そうとして。
「――ルーシィ」
「な……」
によ!、と怒鳴ろうと振り向いた瞬間。
額に柔らかく甘い感触。
昨夜と同じ、グレイの唇。
「………」
グレイがゆっくり離れる。
なんてことだろう。たった一つのキスだけで、ルーシィはケーキを食べた時みたいにふにゃふにゃ口許が緩んでしまうのだ。
怒っていたことなんてもうどうでもよくなってしまった。
――でも、また額、かぁ。
嬉しいけどどこか残念。
そんなルーシィの思考を汲み取ったのか、グレイは苦笑した。
ぽん、と今度は優しく頭を撫でる。
「とりあえず今はここまで、な」
「え……」
「ルーシィの家行ったらちゃんとさっきの続き言うから――それからだ」
「〜〜〜っ」
今日だけでも幾度となく向けられた、たまらなく甘ったるいその笑顔でさらに胸がドキドキ音を立てはじめた。
わくわく、そわそわ。
この後への期待感とちょっぴり不安感。
やけに荒ぶる気持ちを落ち着けようと、そっとピアスを一撫で。なんだか癖になりそうだ。
それから、
「……グレイ」
ルーシィは改めてグレイに向き直る。
そして、ニッと力強く笑い、
「――上等!」
あえて勇ましく啖呵を切ったのだった。
――――でもやるんだよ!
* * *
少女マンガ的お約束5。
なんか結局寸止めが1番じれったくてドキドキする。
最終的に姫ってゆーか女王様になってしまった。
最後まで長々といちゃこらこくだけの話ですみません。ここまでこのバカッポーにお付き合い下さいまして本当にありがとうございました。もう二度とこんな馬鹿はやりません。これで私も無事死ね死ね団卒業。
最後に。
タイトルを全部繋げて読めば枡野浩一の短歌でございますのー。
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