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Gut【R*L】[F→]
“あの夜”から。
二度と、それは現れなかった。




――なんてことはなく。


「やあルーシィ、いい夜だね」
「………」


変わらず何日かに一度、それはふらふらと出て来るのだった。





Gut





「――でねでね、ロキ聞いてる?」
「うん、聞いてるよ」


ロキは頷く。いつものにこにこ笑顔で。いつものルーシィ大好きオーラ全開で。
聞き上手のロキは愚痴を漏らすにはいい相手(戦闘用星霊の間違った使い方その1)。
ルーシィは満足げに頷き、続ける。


「だから報酬カットされたおかげで今月の家賃がまずいの。新しい本買うんじゃなかったかなぁ……」
「本当に危ないなら言って。僕が貯めてるお金あるから」
「あ、駄目よ。私、お金の貸し借りはしない主義なの」
「へぇー」
「……何よ、その意外〜みたいな顔」
「ルーシィのことだから『星霊のものは私のもの』くらい言ってくれるかと」
「……あんた私をどんな目で見てんの?」
「守銭奴です、姫」
「誰がよ!?てかバルゴの口調で言われると余計腹立つ!」


ってゆーか、と付け加える。


「ロキがギルドで頑張って稼いでたお金なんて、勝手に使えるわけないじゃない」
「――そうだね」ロキは微笑んだ。「じゃあ結婚資金に回すよ」
「……誰との?」
「もちろん僕とルー」
「しーまーせーんー」
「えー?折角二人の名義の口座作ったのになぁ」
「あはは明日即効解約してこーい」


テーブルと紅茶を挟み、いつものように軽口の押収。からかわれてあしらって、またからかわれて今度は怒鳴って。
夜が更けても、軽快なお喋りは止まらない。


――“あの夜”、あの気まずい別れ方のあと。
わずか2日にしてロキがルーシィの前に現れたときは、なんつー図太い星霊だろうか、とルーシィは思ったものだ。しかもいつものへにょにょんスマイルで「紅茶淹れるね〜」なんて、何事もなかったかのようにおいしい紅茶を用意(戦闘用星霊の間違った使い方その2)。


しかしまあ、たいがい私も図太いけどね、とも思うのだ。
普通に接してくれるロキに、同じように普通に接し返して。
以前と変わらぬ時間を過ごして。友達みたいな話をして。
そのままだらだらと、3週間が経つ。


――唯一、変わったとすれば。


「ちょっとお茶淹れ直してくるね」
「あ、いいよ。僕が――」


と、ティーポットの上で指が触れた瞬間。


「……やっぱりルーシィお願いしようかな」


す、と笑顔でロキが手を引く。さりげない、でも素早い動き。
「……うん」とルーシィは笑顔をつくり、ティーポットを手に台所へ向かった。


変わらない態度で、変わらない気持ちを向けられて。
なのに、“あの夜”以来、ロキはルーシィに一切触れてこようとしない。文字通り、指一本、だ。
そんなの――


「くっそ、ストレス溜まるっ」


うっかり汚く毒突いて、温くなった湯を捨てる。
新しい水を火にかけ、ルーシィは嘆息。それは聞く人が聞けば妙になまめかしく感じられただろう。いつしか少女らしさの中に淡い色気を、ルーシィは本人でも気付かぬうちに纏いはじめていた。


ああなんかムカムカする、とルーシィは胸を撫でる。
これが以前カナが言ってた、欲求不満というやつだろうか、と考えて、いやまさか、と苦笑。


「………」


ロキがルーシィにも“あの夜”にも触れてこないのは、ルーシィのためだ。
ルーシィが気にしないように、距離を壊さなくていいように。
ロキはどこまでも優しい。どこまでもルーシィのことを1番に考える。


でも本当は。
図太いふりして、サングラスの下の瞳が何かに怯えてるのをルーシィは知ってる。


「……ィ!……」


もし。
とルーシィは考える。
もし、ずっとこのままだったら――


「――……シィ!ルーシィ、火!火!?」
「……ほぇ?」


不意に、ロキが妙に必死に叫ぶ声。
思考の渦から戻ってきたルーシィの耳に、ようやく火にかけていたケトルから鳴り響く笛の音が届く。


「や、やだ!ごめん、私ぼーっとしてた!」


慌てて火を止めて、ホッと息をつくと。
「……大丈夫?疲れた?」とロキが心配そうにルーシィの顔を覗き込んでくる。
ルーシィはまた綺麗につくった笑顔で、


「あ、ううん、そんなこと――」


ない、と言いかけて。
サングラスの下の、ロキの心から心配そうな瞳を見て。


「……うん。少し」


と、表情を消した。
それから、微かに戸惑いを浮かべるロキに「疲れてるの」と自分から呟く。


だから。
頭を撫でればいい。
触れてくればいい。
優しく、前みたいに。


「………」


言葉が喉元で詰まる。“あの夜”みたいに。
感情も高ぶり、次第に瞳は潤む。
それでも目だけは逸らさない。


言わなきゃ、とルーシィは浅く、しかし確かに息を吸う。
ちゃんと、“あの夜”と向き合った自分の気持ちを。
言うんだ。


「……ロ」


キ、の前に。
ルーシィの唇は塞がれていた。ロキのそれで。


接触は、ほんの一瞬。
驚きに息を飲む。
それでもやがて、確かに温かく甘美な味わいはルーシィの胸の内に広がっていく。


なのに。
ふと目に入ったのは、ロキ。
ルーシィに触れた己の口を手で隠して、しまった、という顔の。


「………」


途端に頭から水をぶっかけられたようにルーシィは一気に現実に引き戻される。
しまった、って何よ、とルーシィは思った。自分からやらかしといて、しまった、って。


ルーシィは苛立ちに任せ、ロキのネクタイを掴んだ。
踵を上げて、引き寄せる。


「……っ」


歯がガチンとぶつかる。サングラスも少し邪魔する。
それでも唇は触れた。


ネクタイを解放すれば、ぽかんとするロキ。やっぱり、しまった、とか思ってるのだろうか。
そんな顔を見せられたルーシィに、どうしていいかなんてわかるわけがない。
泣きそうに、それでも笑みの形に顔を歪めて「ばーか」と言った瞬間。


3度目のキスは、ロキからだった。










>>【gut】
 1消化器官
 3a《略式》[〜s]あつかましさ
  b感情,本能
 5《略式》[〜s]重要な部分,本質,要点,中身
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)









「ん……」


長い口付けに、ルーシィから甘い声が漏れた。
ゆっくりと、熱が別れる。
唇が離れて初めてルーシィは肩に置かれたロキの手の熱さを感じた。唇以外も、ちゃんと触れてくれた安堵感。


顔を見られたくなくてうつむくとロキの胸に隠すように顔を埋める。そのまま、広い背中に腕を回した。
それだけで、何故だろう。泣きそうになる。


ああ、そっか。
私、やっぱりロキのこと――


突然。
肩を掴まれ、無理矢理引きはがされた。


同時に甘ったるい夢のような心地から醒まされたルーシィが、当然ロキからも抱きしめてくれるものだと思ったルーシィが。
きょとーん、と見上げれば。


はぁあああああああ〜


と魂でも抜けるんじゃないかってくらい深いロキの嘆息。


「……あのねルーシィ」
「な、何……」
「僕はあの日以来、何日も君に触ってないんだ」
「う、うん」
「ほら僕も男だしさ、正直――」


さっぱりわけがわからない、という怪訝な顔で続く言葉を待つルーシィに。
ロキは、あまりにも真剣な顔付きで、言った。


「ムラムラします」


バッチーン!



ルーシィの平手が炸裂した。










* * *
そう、2本通して本当に書きたかったのはロキの最期の言葉だったのだ……。ありがとうロキ、君のことは忘れない。うん、死んでなーい。
折角なので余裕なくムラムラしてるロキの視点からのおまけ的なものも書くのでそちらもどーぞ。

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