Cherish【R*L】
――その下を、見てはいけない。
Cherish
「……あーもー、また勝手に出て来てー」
頬杖をついたルーシィの整った爪が苛々とカウンターを弾く。
原因はルーシィのとある星霊が人間界に出て来ていること。
とはいえ、ただ勝手にその星霊が出て来たくらいならルーシィはこんなに苛立ったりはしない。それをわかっているミラジェーンはクスクス笑ってルーシィの不機嫌の原因のある視線を追った。
その視線の先。
星霊ロキが馴染みの女性グループに囲まれ、愛想を振り撒いている真っ最中。
「ルーシィったら、ロキが浮気しないか心配なのね」
「……違います」
ムスッと答えるルーシィ。
そんなルーシィがミラジェーンとしてはおかしくてたまらないらしく、さらに笑みを深くする。
「そんなに心配だったら首輪でも付けたらいいのに」
「あはは、首輪って……」とそこで一人の女の子がロキの手を握ったのを視界の端に捕えた。「……頑丈な鎖と杭も必要ですよねー」
「あら?冗談だったんだけど……?」
珍しくミラジェーンに困惑の色が浮かぶ。
ウフフ〜とどす黒い顔で笑うルーシィに「で、でも!」とミラジェーンは努めて明るい声を出した。
「ロキは変わったわよね」
「……そうですか?」
「そうよ。ルーシィ、気付かない?ロキのあなたを見る目」
「目、って……」
その単語にルーシィはギクリとした。
「プルーみたい」
「そんなにつぶらでしたっけ!?」
「だってルーもロキも、ルーシィが私と話してる時隣でずっとルーシィばかり追ってるのよ。本当にルーシィが大好きなのが伝わってくるわ」
「……それは、まあ」
わからないでもないんだけど、とルーシィはテーブルに突っ伏した。
星霊たちが純真に慕ってくれる気持ちは素直に嬉しい。それがルーシィの誇りでもある。
ただプルーたちとロキが唯一違う、サングラスの下から向けられる特別な甘い眼差し。
いつからかおふざけじゃなくなったそれに気付いて、でも気付かないふりをして、あの優しい星霊がその話題を面白おかしく茶化してくれるよう仕向けているのはルーシィだ。
ずるいのは、わかってるんだけど。
「ねぇロキ〜この髪どう?」
「うん。かわいいよ」
――……あーゆーの見るとどーも信じられないしねっ。
机で組んだ腕の隙間からチラリと見えたロキと一人の女のやり取りにイラッとして、いやいや私がイラッとする必要なんてないわね、とイラッとした自分にこれまたイラッとしたりなんかして。
つかかかかかかかかかかかかかかっ。
爪が再び激しくテーブルを撃つ。
その時。
「――ロキ」
グレイが輪に割って入るのが見えた。やがて、渋りながらも女の子たちが散っていくのを確認。
たったそれだけのこと。
なのに、暴れ狂っていたルーシィの指は大人しくなった。ついでに、心臓の辺りの妙なモヤモヤも。
それを見計らったように「ね、本当のところ、どうなの?」とミラジェーン。
「本当のところって……」
ルーシィは顔をあげた。
「ルーシィはロキのことどう思ってるの?」
「犬っぽい星霊だなぁって」
「そうじゃなくて」
「獅子なのに犬っぽいのが面白いなぁ?」
「んー、星霊としてじゃなくて――“ロキ”のことは?」
「ロキ、は……」
星霊。仲間。友達。
そんな単語が浮かんでは消えて。
でもその括りの中でロキだけから与えられる、特別な視線を思い出して――『かわいいよ』とか女の子に軽々しくのたまいやがったのを思い出してイラっとして、イラっとしてしまった自分にまたイラっとしてつかかかかかかっ。
なんていう葛藤の末、
「……星霊、です。ただの」
とだけ答えた。
「あんなに好き好きアピールされてるのに?」
あんなに、と言ったミラジェーンの視線を追ってちらっとだけそちらを見ると、ロキが笑顔全開で手を振っていた。
振り返すような気分じゃなかったのでルーシィは無視。代わりに困ったように笑ったミラジェーンが振り返す。
「……そりゃそうですよ。だってロキ、女の子が好きなんだから。タウロスが私の乳目当てなのと一緒です」
「それと一緒にするのはどうかと思うけど……」
流石にロキも可哀相だわ、とミラジェーンのフォローも虚しく、ルーシィは子供みたいに唇を尖らせるとそっぽを向いた。
今のルーシィは完全にやさぐれモードだ。
「あ、そうだ!」
ミラジェーンは思いきり陽気に手を打った。
「いっそ去勢なんかしちゃえば女好きが治るかも!な〜んて」
「……去勢した後太んなきゃなー」
「あ、あら?やっぱり今日は冗談が通じない日……?」
流石のミラジェーンの額にも脂汗が浮かぶ。「ってゆーか取っちゃったらルーシィも困らない?」なんて言ってきたミラジェーンに「あーやっぱり喧嘩も弱くなるって本当なんですかねー」なんてわざとズレたことを返し、ロキが聞いたら尻尾巻いて逃げ出しモノだろうなーとか思っていると。
「ルーシィ」
近付いて来た、話題の星霊。
「……話は終わったの?レオ」
顔を見た瞬間またイラッとしたルーシィだったが、なんとか隠して余裕ぶってみせる。
ロキは首を傾げた。
普段のルーシィなら“レオ”なんて呼び方しない。ルーシィの中でロキは“ロキ”で、それがロキにとって特別なものになっているということはルーシィも知ってる。
ロキはハッとした。
「ルーシィ、もしかして妬いてた?」
「はぁ?違うわよ」
「……ごめんルーシィ。でも僕とグレイはそんなんじゃ」
「誰がそこに妬くか!?」
と、つい怒鳴れば。
「じゃあ女の子たちのほう?」
「う……ち、違うわよ……」
墓穴を掘ったようで悔しくなって。
ルーシィは身体ごとそっぽを向こうとした。
刹那。
ルーシィの右手がそっと包むように握られた。振り払おうとするその前に、ロキは床に片膝をついた。
椅子に座ったままのルーシィから見れば、まるで傅かれているような姿で。
「――ルーシィだけだよ」
柔らかく語りかけるようにロキは言った。
忠誠を誓う、騎士のような誠実さで。
「僕が本当に大事にしたい女の子は、ルーシィだけだから」
「………」
不覚にも、息ができなくなる。
いつもロキに囁かれていることなのに。
いつもされてる、お遊戯のような姫扱いなのに。
それはたぶん――
サングラスの下で“あの目”をしているのがわかるから。
目も逸らせず、かと言って何か言うこともできず、手の温もりを感じていることしかできないルーシィに。
「サングラスしててよかった〜」
途端にロキはへにゃりと笑う。
「これ無しで今の君の視線にさらされたら、目が潰れちゃうね」
ウインク一つ。
それだけで、魔法は解ける。
「……潰せば?」
いつかも返した、冷ややかな答え。
それと同時にルーシィはロキの手を解く。
この手は、ルーシィから解く必要があった。本当は、もう少し前の時点で。
「………」
知らず知らずの内にルーシィはホッと息をついていた。
いつの間にか、息ができるようになっていた。目も逸らせた。
だが、心臓はまだ早鐘のようで。
でもロキはもう、これ以上踏み込んではこない。それが、暗黙の了解。
安心して、いつもの調子に戻ろうとしたルーシィに。
「よかったわね、ルーシィ」
カウンターから身を乗り出したミラジェーンが、ひそ、と囁いた。
「今ロキがサングラスしてなかったら、ルーシィの目が潰れちゃってたかも〜?」
「!」
忘れようとしてたのに!
しかも自分で意識するのと人から言われるのとではまた違うもの。平気なフリの仮面が剥がれ、途端にかあ、と首から上が熱くなる。
ルーシィは「み、ミラさん、それじゃあ私これで!」と逃げるように自分の鞄を掴んで肩にかけ。
身を翻して。
「帰ろう――ロキ!」
星霊を呼ぶ。
ロキ、と呼ばれた星霊は。
「うん」
と頷いて立ち上がるとルーシィの隣に並んだ。
「今日は早いんだね」
「買い物したいの」
「ああ、シャンプー」
「え、何でわかったの?」
「そりゃ切れかかってたから」
「……何で、知ってんの?」
「愛の力、かな」
「………」
「そういえば君の行き着けのお店、今日安売りだよね?ヘアースプレーと洗剤もそろそろだし……あ、歯ブラシも代え時だから買ったほうがいいよ」
「……星霊にストーカー罪って適用されないのかしら」
明らかに自分より部屋の状況に詳しい星霊に、うーん、と一つ唸っりながらギルドを出たルーシィは。
ふと、先程の女の子たちが角で待っていることに気が付いた。
もしロキが彼女たちに気付いたらまたあの愛想を振り撒くのだろうか。尻尾を振ってワンワンクンクンハッハッと。
ルーシィの目の前で。
「………」
想像しただけでイラッとして、でも今度はイラッとした自分よりだんだん自分の頭の中で犬っぽくなっていくロキにイラッとしたりして。
ちらりと周りを見てギルドの皆の姿がないのを確認。
そして、ロキの手に自分のそれを重ねた。
ロキが驚いたようにルーシィを振り向く。
ルーシィは微かに震える指をしっかり絡ませて。
フンッと鼻を鳴らして力強く笑ってやった。
「首輪とリードの代わりっ!」
>>【cherish】
1大事にする,世話をする
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)
「首輪とリードって……ルーシィ、そういうのが好きなの?」
「え、いやそうじゃなくて」
「……そっかー」
「いや、だからね」
「ルーシィになら……いいよ?」
「はにかむな!」
* * *
私、「○○になら……いいよ」を使うのホント大好きだぁ。男のロマンだよね。何故ロキに言わせるかが謎だけど。まあ、今回はルーシィ→ロキっぽい気がしないでもない。Actionの続きっぽい気もしないでもない。でも短編。
あとうっかり高橋名人という比喩を使いそうになったのは秘密。ファンタジーに高橋名人はない……ないよ。
Cherishにはオマケ的な本題が付いたりしますので、そちらもどぞ。
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