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Quietus+【N*L】
こんなはずじゃなかった。


俺はただ、最後にもう一度気持ち伝えて。
それでもしルーシィが「嫌い」を訂正してくれたらって淡い期待して。


駄目でも俺は、ちゃんとした“相棒”になりたかった。
ルーシィと“相棒”になりたかった――だけなのに。


何だよ。
なんで俺がキレられなくちゃなんねぇんだよ。


わからないの、って何だ。
わかろうとしてないんじゃないのって、何だ。


そんなん、こっちだって同じこと言いてぇよ。
痛ぇよ。苦しいよ。
お前みてぇにカッコ悪く泣きてぇよ。


どうしても傷つけてやらなくちゃ気が済まなくなった俺に、“アイツ”まで使わせやがって。
“アイツ”をこんなことに使わせやがって。


お前なんか、最低だ。



――俺も、最低だ。






Quietus+





最強チームは最悪な空気で出立の朝を迎えた。
ルーシィは泣き腫らしたような目と隈で顔色も悪くどんよりしていたし、ナツはナツで目をいつも以上に吊り上げてムスッとしている。
チームのムードメーカー2人の空気に、残る1匹と2人は困惑気味だ。


「な、何があったんだ、ハッピー」
「……あい……」


エルザとグレイの間で途方に暮れたように力無く頭を振るハッピー。
しょんぼりと垂れた耳と尻尾に罪悪感が首を擡げるが、だからと言ってナツにはどうしてやることもできない。


――あの後、ナツは一度戻る予定だったギルドに戻らず、ハッピーも忘れて家に戻った。部屋でいろいろ八つ当たりして、そのままベッドに寝転んだのだ。
ハッピーが戻ってきたのを気配で感じたが、ハッピーは話掛けてこなかった。ただ何かを感じたらしく、「ただいま」も「おやすみ」も言わず、大人しく自分用のベッドに潜った。
そのまま朝を迎えて、ハッピーとさえ一言も言葉を交わすことなく今現在。


「………」


最悪だ。何でよりによってこんなときに仕事なんだ。まあ最後の一押ししたの俺だけど。
つかこの状況のままでルーシィの元コンヤクシャとか言う野郎に会いに行くのか?
クソッ最悪だ。八つ当たりに殴っちまうかも。


ナツがチッと舌打ちしたのが微妙に離れていたはずのルーシィの耳に入ってしまったらしい。ルーシィは肩を震わせてまた泣きそうな顔をする。
お前にじゃねーよ、って言ってやりたいのに口は重く閉ざしたまま開かない。
自分はこんなに引きずるような人間だったか?わからない。ルーシィが絡むといろいろ冷静でいられなくなる。今はそれだけが事実だ。


「と、とりあえず馬車に乗るぞ。いいか」


険悪なムードにあのエルザまで気を使う始末。悪いとは思っているのに、ナツは誰とも目を合わすことさえしなかった。
迎えの馬車だという細工やら装飾やらでやたら豪奢なそれに、ナツはわざわざルーシィの対角の席を選んで乗り込んだ。


本当は行きだけでもウェンディに乗り物酔いを直す魔法を頼みたかったのだが、今日のウェンディはナツに近寄ってきてもくれなかった。それどころか「ひいっ」と悲鳴をあげられたのだ。あれはちょっと傷いた。


それもこれも全部ルーシィが悪い。
フンと鼻を鳴らしたナツは、馬車が動く早々目を瞑った。




* * *




「――ルーシィ、その、大丈夫か」
「え……」
「ほら、朝から顔色が悪いし、気になってな」


しばらく行くと、ナツの隣でエルザが慎重に、言葉を選びながらルーシィに問い掛けた。
いくら普通の馬車より広いとはいえ、4人乗ればそれなりに狭くなる車内。声を潜めているつもりらしいがナツには丸聞こえだ。


どうやら乗り物酔いの際のに見せる激しいリアクションがないことからナツが寝ていると判断したらしい。
本当はただ苛立ちが勝っているのか、酔いがそれほど気にならないだけだ。
かといって、起きてるぞ、と一々言い出すのも面倒だったので、ナツは狸寝入りを決め込むことにした。


「……大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」


ルーシィが答える。
掠れた、弱々しい声。そんなふうにさせたのは自分だ――と思うとあんな最低なことされたにも関わらず胸が痛む。
するとグレイが爪先でナツを示した。


「この寝てる馬鹿に何かされたか?」


あまりにストレートな質問に「グレイ!」とハッピーが慌てて遮ろうとしたようだが、すぐに口を閉ざした。
ここはグレイとエルザに任せたほうがいいと思ったのかもしれない。


「や、やだなぁ。違うよ」


ルーシィは答えた。


「嘘つくなよ」
「嘘じゃないの。ホント、大丈……」
「――ルーシィ」


グレイの鋭い声にルーシィは言葉を飲み込んだ。


「そんなひどい顔して、大丈夫なんて言うんじゃねーよ」
「っ……ご、めんなさ……」
「グレイ、やめろ」


エルザに窘められ、グレイは慌てて「あ……いや、すまん。謝ってほしいわけじゃなくて」としどろもどろに謝罪する。
「いいの」と掠れる声で告げたルーシィは黙してしまった。固く握りすぎて白くなった拳に視線を落としている姿が、ナツには簡単に想像できてしまう。
だって、昨夜も、そうだった。


「………」


急に静まる車内。
豪華なわりに揺れ具合は普通の馬車と同じで、ガタンガタンと耳障りな音だけが響く。


ハッピーもエルザもグレイもルーシィが大好きだ。大切にしている。
それを知っているからジュビアたちにルーシィを取られそうになったとき、動けなかった三人に代わってナツが動いた。
“相棒”が言えばルーシィは頷くとわかっていたから。


ナツが動いたのは三人の――このチームのためだ。
ナツはこのチームが好きだ。たとえルーシィとどんな関係になろうと、壊したくはない。


「……時にルーシィ」


重い沈黙を破ったのはエルザだった。


「もしもナツと何かあったと仮定してだ」
「いや、だから……」
「仕返しするなら、今だぞ」
「へ?」
「見ろ」


ふ、とエルザが換装する気配。


「ここにサインペンがある」
「…………は?」
「あい!オイラ知ってます!」と、元気よくハッピー。「額に“肉”って書くのが基本なんです!」
「あの、え、なんで“肉”?」
「まあとりあえずやってみたらどうだ?」と、これはグレイ。
「いやいやいやいや」
「む。なんだ、赤のほうがいいのか?」
「えぇ?」
「それともピンクか?黄色か?緑か?」
「ちょ、何その換装の無駄遣い」


しゅぱぱぱぱ、と繰り返される光速の換装。
ふふ、と小さいながらルーシィの口から笑い声が漏れた。


その微かな息の揺れを耳にしたナツはひどくほっとした。
どんなに傷つけあった後でも、ルーシィから笑顔が消えるのだけは堪えられない。
笑ってて欲しい。それが自分に向けられなくてもかまわない。
ちゃんとそう思える自分にほっとした。


だって、ルーシィが笑ってくれるのが、ずっと好き“だった”のだ。


「なあルーシィ」


不意に、エルザは換装をやめた。


「お前たちに何があったかなんて、無理には聞かない。……だが、忘れるな」


優しく告げる。


「私たちは、いつでもルーシィの味方だ」
「ああ。愚痴ならいつでもきくぜ」
「あい!」
「みんな……」


ルーシィの声が微かに震える。もしかしたら泣きそうになっているのかもしれない。
そんなルーシィたちの輪の外で。


………………俺の味方は?


ナツはじんわり脂汗を滲ませていた。
それでも今更後には引けず、ひたすら寝たふりだけは続けたが。


「おいおい泣くなよルーシィ」
「な、泣いてな……」
「あい。泣き虫ルーシィです」
「うるさい猫っ」


ぴしゃりと言い放つ。
すると、「そうそ、その調子」、とグレイは苦笑した。


「そうやって怒鳴っててくれないと調子狂うっつの。なあハッピー」
「あい!」


ルーシィは、はっと息を飲む。
きっとエルザもグレイもハッピーも、微笑んでいるのだろう。大切な家族を優しく包むように。
ルーシィがまた弱々しく、「心配かけてごめ……」と言いかけると「あ?そーじゃなくね?」とグレイが意地悪気に遮った。
ルーシィはぐっと腹に力を入れ、


「あ――ありがとう!」
「よしっ」


グレイが満足そうに頷いた時。


不意に、ナツの鼻先をルーシィの髪の匂いが掠めた。
風などに揺れたりしない限り、急にこんなに強くは香らないはずだ。
気になって、薄目で覗くと。


グレイの手が、あった。
ルーシィの金の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜるように。


キスの時、指にさらりと絡みつく髪に。
俺の好きな――好き“だった”髪に。
グレイの手――



ガンッ。



内壁を蹴った。
音にビクッとしてグレイの手が離れる。


「……ナツ?」


とエルザの訝しむ声に、


「……んごっ」


わざとらしく、いびきを返した。









【quietus】
2.履行,清算
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)









「――……それはそうとルーシィ」


ふ、とエルザが呟いた。


「サインペンがある」
「へ?」
「さあ、やれ」
「へ、あの、エルザ?」
「いいから、さあ」
「いやいやいやいや」
「いいからいいから」
「よくないよくないっ」


そんな押し問答の中。


「………うぷっ」


ナツの乗り物酔いが突然悪化した。


「うわ馬鹿、吐くなナツ!」


真っ先に気付いたグレイが慌ててナツの頭を窓から出したり、エルザのボディブローでナツに無理矢理吐かせたり、ハッピーが恐怖の悲鳴をあげたり。
いつものように――どことなくいつもよりも大袈裟なようでもあったが――賑やかになって。


そうこうしているうちに、馬車が止まった。










* * *
遅くなりました。こんな短いのにどんだけ時間かけとんねや、と思ったけどこのナツルー書くのにはもういろいろ葛藤があったんです。重くするか軽くするか。結局チームの兄貴姐御のおかげでこんな感じに落ち着きましたが。みんなルーシィ大好きなわけですが。
この先もシリアス×ギャグの重苦しすぎないノリでいきたいと思います。

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あきゅろす。
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