Quietus【N*L】[KLMN→P→]
ナツが“彼女”のことを好きだったと言った瞬間。
ぷっつん、て音がした。
ああそうああそういいわよどうせ私はアンタなんか嫌いだもの大嫌いだものばーかばーかばーか。
じゃあいいわよ私は“相棒”で。
傍にいれたらそれでいいわよ。
そう思ったのに。
ナツが、私のことを好きだって言った。
過去形ではなく現在形で。
キスをされた。
キスをした。
手を繋がれた。
そこまでされても私は言えなかった。
嫌い、を訂正する機会も与えられなかった。
だって“相棒”なんだもん。
“相棒”になっちゃったんだもん。
時間が経つにつれて、それはどんどん言いにくくなった。
本当は嫌いじゃないよって。
私も、ナツのこと好きだよって。
だから、ねぇ、そろそろ――
“相棒”以上になろうよって。
Quietus
依頼主の名前を聞いてから、ルーシィはすっかり血の気が引いていた。
信じられない。まさかこんなことがあるなんて……。
だがその様子に気付く者はなかったようだ。とはいえこのまま黙っているわけにもいかず、ゴクリと喉を鳴らしたルーシィは盛り上がる皆に申し訳さそうに、
「あ、あの〜」
と、弱々しく手を挙げた。
そこへ来て漸くルーシィに視線が集まる。その酷い顔色を誰かにツッコまれる前に。
ルーシィは引き攣った笑みを浮かべた。
「そ……、その依頼ってどうしても受けなきゃ駄目かなぁ〜?」
『……………』
数瞬の沈黙。
その後。
『ぅえええええっ!?』
ざわわ、とギルドがどよめいた。
「な、何故ですかルーシィ。報酬がこんなにいいんですよっ?」
「家賃2年分余裕で払えちまうんだぜ?」
「天変地異か!?天変地異が起こるのか!?」
「いや待て!もももしかしてこれじゃあ報酬が足らないと言いたいんじゃないのか……!」
「成程、もっと吹っ掛けようって腹だな!」
「お、おおっ、流石俺達のルーシィちゃんだ!」
「カッコがめついぜルーシィ!」
「カッコがめついのねルーちゃん!」
「ちっがぁあああああう!?てかカッコがめついって何!?」
好き放題言ってくれちゃう仲間たちにツッコミ一閃。
実際、この依頼の金額は申し分ない。それどころか話を聞いて有り難すぎて泣きそうだった。
それも依頼人の名前を聞くまでは、だったが。
「――ルーシィ、理由をきかせて貰えないか」
仲間の動揺の中を掻き分けるように、エルザが言わなければ納得しないという睨みをきかせてくる。グレイもハッピーも同じ意見だと言うような顔。
ルーシィは戸惑った。だってこれは完全な私情だ。それに、すごぉぉおおおく言いにくい。
「え、と……」
しん、とギルドは静まり返る。
ギルドの皆の視線が刺さる中、ルーシィはちらりと桜色を見た。もしナツが笑ってくれたら、勇気が出せるのに、と。
「………」
でも目はあっさり逸らされた。
というか、来た時からずっとこんな態度だ。まだ昨日のことを引きずっているらしい。
何よ、ナツらしくない。
なんて思ったら――逆に、火がついた。
「――その依頼主さぁ」
当て付けのようにルーシィは言ってやった。
「私の元婚約者」
「……………え」「は」「あい」「な」
目を丸くする仲間たちに、「だーかーらー」ともう一度。
「私が結婚の約束してた男!」
………
『どええええええええ!?』
ギルドが揺れた。
流石にナツもびっくりしてくれたみたいで、マジかよ、と恐らく無意識でルーシィと視線を交わせた。
ルーシィは、どう?驚いた?、と鼻を鳴らしてやる。
なのに、やっとその瞳に映れたことを素直に喜ぶ間もなく。
「なななナツナツナツ!びっくりだね!」
「お、おう。そうだなハッピー」
それはまた、すぐにルーシィ以外に向けられてしまった。
* * *
キスは誰も居ないところで、というルールを、意外にもナツはしっかり守ってくれていた。
ルーシィの部屋に二人きりになって、ベッドの上で目が合って。
気がつけば触れるだけの優しいキスを繰り返していた。
ああでも二人きりって逆に危ないんじゃないだろうか――なんて甘ったるいキスで思い切り蕩けさせられた脳で考えながら、ルーシィは、あ、そうだ好きって言おうとしてたんだと思い出す。
「っ……ん……」
しかしどうも自分はタイミングが悪いらしく、告げようとする度にナツにくじかれる。
今もそう。言わなきゃって思ってたのに、ナツの舌が歯を突いて。それを迎え入れて。深くて甘くて気持ち良くて。
結局、また言えないでいる。
溺れるみたいなキスの最中、ふと気付いた。
ナツの手が、肩から少しずつ鎖骨辺りに下っている――胸元に、向かって。
ももももしかして触りたいのかなっ?
ルーシィは薄目でそれを見下ろして、もぞもぞと身体を動かした。柔らかな乳房にナツの手が微かに触れる。
一瞬手を引こうとしたかに思われた次の瞬間。
キスを深くすると同時に、ぎゅっ、と乳房を掴まれた。
「いたっ……」
「!」
思わず漏れた悲鳴に、ナツは慌てて手を離して「わ、わりぃ」と背を向けた。相変わらず夢中になると力加減ができなくなるらしい。
でもそんなに私に夢中なっちゃうくらい好きなのかぁ〜ならもう少し我慢してあげてもよかったなぁ〜……なんて考えていやいやそれじゃ私が嫌らしいみたいじゃないの!そんなことないんだから、そんなこと……――
チラリとナツを窺う。
自分とは違う、筋肉質で骨張った背中。ずっと追い掛けてきたそこに、ぎゅうってしたくてたまらなくなって。
でもだめだめだめ。“相棒”はそんなことしないの。
好きってちゃんと言ってからするの。
じゃあ、今言う?
それを言っちゃう?
「………」
……もう一度キス、してくれないかな。
そうしたら言えるかも。……言えそう、かも。
じりじりと近づいて背中を合わせてみた。
途端にピクリと跳ねるナツの背中。拒絶ではないのはわかってる。
だって、好きなんだ。ナツは、私のことを。
「………」
そのまま、ルーシィはじりじり待つ。
何よ、こっちだって恥ずかしいんだから早く来なさいよ。好きって言うために自信をもたせなさいよ。
アンタだって、私のこと好きなんでしょう?
そんなことを考えながら、そっと、手を絡ませた。
すると、
「っ……」
いきなり振り向いたナツが唇を重ねてくる。
ガチッて歯がぶつかり、押し倒されそうな勢いで、いつもより乱暴に。
それでもそれが嬉しくて、幸せで、ルーシィは必死にキスに応えた。
ああでもこれじゃあ言えない。
ここで一度キスをやめて、私のこと好きだってナツが言ってくれたらいいのに。「私もよ」って言えるのに。
まだ、いいよね。“相棒”でも。
ナツが好きでいてくれるなら。キスしてくれるなら――
それが、たった5日前の話なのに。
「残酷だな」
って。
ねぇそれ、一体どういうこと?
* * *
ジュレネール家御曹司サワルー公爵。
それが今回の依頼主でありそしてルーシィの元婚約者である。
そのぶっ飛んだ事実に一頻り驚いた後、「そ、それは複雑だな……」と一言述べたきり、エルザは黙ってしまった。他の者もまた同様に。
だからルーシィは苦笑して、わざと明るい声を出した。
「ねぇ、もしアレだったら私抜きで行ってよ」
「む……だが最強チーム4人でと書いてあるしな」
「あれ?エルザ、オイラは?」
「いや猫は……」
「えー!?酷いよ!オイラだって最強チームだよぉ!」
「う〜んでも猫に200万Jは流石に……」
「ミラまでぇええ!?」
「まあまあ」ミラはほわわんと笑った。「ほらハッピー魚」
「おぉ、ハッピー美味しそうじゃないか」
「そ、そんなのでオイラごまかされな……んにゅ?み、ミリャこれふごきゅをいひーれふ!?」
「ふふ、私の新作なのよ〜」
「うんうん。よかったなハッピー」
そんなやり取りを横目に、ルーシィはこっそり嘆息した。
エルザたちも気付いているかもしれないが、サワルーがわざわざルーシィのチームを指名してくるだなんて、何か裏がある可能性も否定できない。ルーシィの父が金にモノを言わせてが起こした大事件は皆の胸に刻み込まれている。
まあハートフィリア財閥も潰れて結構経つし、婚約なんて今更な話だし、ルーシィにものすごく懐いていたサワルー個人の依頼なら純粋に会いたいだけかもしれないが。
しかし自分のわがままに皆を付き合わせて割のいい仕事を断るなんて忍びない。
でもハッピー入れて“5人”となると――
「そうだジュビア、私の代わりにアンタが行けば」
「ええ?ジュビア、グレイ様と二人きりだったらー」
「チェンジで」
きっぱりとグレイ。
「デリ●ルかよ」というガジルの下品なツッコミは聞こえないことにする(同じことを考えていたなんて口が裂けても言えないルーシィ)。
「じゃ、じゃあウェンディ行ってみようか!」
近くで「すごいなぁ」って他人事な顔をして立っていた女の子を捕まえる。
「へ?私?むむむ無理ですよぉ」
「大丈夫。奴に幼女趣味はないはずだから!たぶん!」
「たぶんー!?」
「ちょっと、ウェンディに変なの押し付けないでちょうだい!」
保護者代わりのシャルルが目を吊り上げた。「だってー」と言うとシャルルが爪を光らせる。これ以上ウェンディにちょっかいかけたら……と暗に示すそれに、ルーシィは「冗談です!」と慌てて首を振った。
「でもよぉルーシィ、お前このままじゃ家賃困るだろ?」
「う……」
グレイに言われてルーシィはたじろいだ。
それは今突き付けられたくないもっともな現実問題だ。
何も言い返せずあうあうと顎を上下させていると、「あ」とジュビアが手を打った。
「じゃあルーシィはグレイ様やウェンディさんたちが出ている間に」
「ふえ!?私決定ですか!?」
「ジュビアたちとS級クエストに行きませんか?」
「へ?」
ざわ、とギルドが小さくざわめいた。
ジュビアは笑顔で続ける。
「ガジルくんと話したんです。この前はちゃんと仕事できなかった分、今度こそ3人で、って」
「俺は賛成してねーけどな」
「ね、行きましょうルーシィ」
「でも……」
「あはは大丈夫。この機会にライバルを亡きものになんてジュビア思ってませんよ?」
「……うふふ本当に思ってないことは口にしないのよジュビアったらー」
「あははいやですねルーシィ、ジュビアにつねる攻撃はききませんよー」
「うふふふふじゃあアクエリアス喚んじゃおうかなー」
「あははははルーシィってば一緒に流されるくせにー」
「こえぇよおめーら!」
うふふあははの二人をガジルが止めると、二人は笑顔のまま振り向いた。
「うふふガジルの顔のほうがよっぽど怖いわよ。ね、ジュビア」
「あはは怖いですよね、ルーシィ」
「一瞬で手ぇ組むなよ!?」
相変わらず息ピッタリだなー、と誰かが笑い混じりに言った。
普段ならそのやり取りを苦笑しながら、それでもほほえましいものとして見ているはずのエルザとグレイの表情は硬い。
まだ前回の――ルーシィに置いて行かれた仕事のことが引っ掛かっているのだ。
それにルーシィが気付くより早く。
「――なあ、どうしても行かないつもりかよ」
「!」
それは、この話に入ってきてくれるとは思っていなかった声。
恐る恐るルーシィがそちらを見ると、桜色の髪の少年は真っ直ぐ視線を合わせてくれた。
「行かない方向で話進めないで、少しは行く方向も考えたらどーだ?」
「で、でも……」
「んだよ逃げんのか?らしくねぇなぁ」
言って、ナツは笑った。
笑ってくれた。ちょっと嫌味混じりに、だが。
「最強チームでって言われてんだ。なら俺達5人居なきゃ意味ねーだろ?」
「そ、そりゃそうだけど……」
「だったら決まりだ」
ナツはニカッと笑った。
「行こうぜ、ルーシィ!」
「っ……」
“いつものナツらしい”、有無を言わせない強引さ。
それを向けられることが、嬉しくて誇らしくてたまらなくて。
「――ったく、しょうがないわね!」
ルーシィは最高の笑顔で頷いた。
おおお!とギルドは盛り上がり、エルザやグレイも強張りを解いて、「よろしくな、ルーシィ」と安堵の笑みを浮かべる。
ジュビアは少し残念そうに「頑張って下さいね」と言って、「でもグレイ様に手を出したら許しません」と続けた。ガジルは鼻を鳴らすだけだった。
――そんなこともあってか。
“いつものように”ナツの手が差し延べられなかったことにルーシィが気付けたのは、ずっと後になってからだった。
* * *
あの後、依頼主――サワルーへ正式に依頼受理の旨を伝え、明日には最強チームが出発ということになった。
これで莫大な報酬が決定したようなものだということで、ギルドの仲間たちは前祝いと称して好き勝手飲み食いを始めた。
もちろん最強チームの報酬から後払い、という何とも無責任なかたちで。
最初の目的はルーシィに僅かに残る不安を取り除くため、とかなんとかこじつけたものだったらしいのだが、最終的にただのドンチャン騒ぎになっていた。
まあそれがフェアリーテイルらしいって言ってしまえばそれでいいような気もする。
――そして、今。
ルーシィはナツと肩を並べて歩いている。
夜も遅いということでエルザがナツに宴会を抜けて送ってくるよう命じたのだ。
実際はいつもと同じくらいの、一人で帰れるような時間だが、やはり昨日のような襲撃を案じてのことかもしれない。
“相棒”と、二人。
襲撃とかそんなのはともかく、この時は無条件に安心していい、はずなのに。
「………」
「………」
ルーシィもナツも、一言も喋らない。
無言なのは別にいい。ナツとなら一緒にいるだけで胸が温かくなる――はずなのだが。
どうもさっきから居づらくて、落ち着かなくて、息苦しい。
今日一日、朝から仲間たちの騒ぎに付き合っていて、ナツとちゃんと話す時間が取れなかった。やはりまだ昨日のことを引きずっているのだろうか。
いや、やはりそうだとしても変だ。おかしい。
気まずいというよりも――
まるでナツの纏う空気が、今のルーシィを受け入れていないみたいだ。
「………」
……そんなわけないよね。“相棒”、だもんね。
ルーシィは自分にそう言い聞かせながら、無言で隣を歩いた。この空気でも隣を歩くのは、“相棒”としての意地だ。
結局、ルーシィの部屋が見えるまで、始終無言だった。
じゃあまた明日、と挨拶もそこそこに、部屋の中に消えようとしたルーシィの手首をナツが捕まえた。
振り向いた、瞬間。
「好きだ」
「……え」
降って来たのは、ずっと期待して待っていた言葉。
なのに不意打ちすぎて、頭が回らない。
かあ、と赤くなって俯きながら、でもこれはチャンスなんだと思って。
やけに震える唇を、叱咤する。
私も、って言わなきゃ。
私もナツのこと――って。
今度こそ言おうと、勢いよく顔を上げて。
思わず言葉を飲み込んだ。
泣きそうな顔をしている、ナツ。
以前言ってくれた時は幸せそうな笑顔でだったのになんで――なんて考えた瞬間、乱暴に口を塞がれた。
「ん、っ……」
また駄目だったな。本当にナツってばタイミングが悪いんだから。
と、いつものように諦めながら目を瞑る。
いきなり深いキスなのは珍しかった。いつもは躊躇いがちに、少しずつ、ルーシィの緊張を解しながら触れてくるのに。
泣きそうな顔の理由はわからないけど、このキスが終わった後、もう一度言ってくれたら「私も」って言える。言おう。
そうだ、次に好きって言ってくれたら、私もちゃんと――
「………ふ」
キスがやんで、目が合った。
言ってくれると思った。今度こそ優しく、幸せそうに。
なのに。
「好きだって言えば誰にでもさせんのか?」
「……………は?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
しかし頭と心が理解したら急激にキスの熱が冷めた。
「さ、させるわけないでしょ!」
ルーシィは反射的にナツの手を振り払う。
今のは笑えない。
冗談にしても笑えない。
まさか今までそういう目で見てたの?
そんなわけないわよね。だって私たち――
「“相棒”だからさせんのか?」
「そ、そうよ」
先に言われて頷く。
それに、ナツは私のこと好きだから。
好きで、それで――まだ言えてないけど、私も好きだから。
だからキスをしてるんでしょう?
「違うだろ」
「え」
「“相棒”じゃねぇだろこんなの」
――“相棒”じゃない?
ルーシィは呆然目を見開いた。
ぞっとした。何かとんでもないことを言われた気がする。
ああ逃げたい。部屋に入りたい。私玄関口で何やってんだろ。
でもナツの真剣な目に足を縫い止められている。
「………わりぃ。やっぱり俺、嫌われててもルーシィが好きだ――好きだったんだ」
過去系になった。
わざと、今までとこれからを区別しているようで。
明確に、線引きをされたようで。
「あー……つか、もうそれはいいんだ」
「もう、いい?」
「こういうことも、今ので最後にするし」
辛そうに、でもはっきりナツは言った。
ねぇ待って。何言ってんの。
待ってよ。何で。何が。
何が、「最後」なの?
「だから俺、ルーシィとちゃんと“相棒”に……」
「――もういいって、何が?」
ルーシィの口から出たのは自分でも驚くほど感情の無い声だった。
理不尽な展開に感情がついていかない。泣きたいのか怒りたいのか、もしかしたら笑いたいのかもわからない。
「ねぇ、何が最後なのよ。こんなに私――」
好きなのに、は喉に引っ掛かって声にならなかった。
いや、そもそもなる必要なんてあるのだろうか。
こんなにも態度で示してるのに。
好きでもなきゃキスなんてしないのに。
ナツは怪訝そうな顔をする。その面に苛々した。
最低だと思った。
「――アンタってどうして全部言わなきゃわかんないの?」
「は?」
「わかろうとしてないんじゃないの?信じてくれていんじゃないの?“相棒”なのに。“相棒”だって言ったのに!」
駄目だ、と思うのにそれは止まらなかった。
両者傷つくだろうとわかってるのに、この馬鹿を詰って罵って打ちのめしてやらなきゃ気が済まない。
私がどんなに苦しんできたかを思い知らせてやらなきゃならない。
「何、言ってんだよ。お前」
「だってそうじゃないっ!」
「いっ、意味わかんねぇ!そんなに俺が嫌いかよ!」
「なんでそうなるのよ!」
「お前が言ったからだろ!信じてんだよわりぃかよ!」
「はぁ!?何でそんなの信じてるのよ!そんなとこ信じてなんて言ってないわよ!」
「お前言ってることおかしいぞ!?」
「おかしくないっ!」
互いの語気が強まって、選びもしない言葉をぶつけ合ってるだけなのはわかってた。
もはや冷静ではなくなってることも、このままでは取り返しの付かないことになることもわかってた。
やめてやめてって互いにサイン出してるのも、ナツもルーシィも痛痛々しい表情しかしてないのもわかってた。
でも、止まらない。
「なんで……なんで『もういい』なのよ!」
「だから、もう辛いんだよ!わかれよ!」
「わかんないよ!辛いならなんで今キスしたの!」
「好きだったからだよ!わりぃか!」
「っ……」
なんで、“だった”なのよ。
何勝手にに自己完結しようとしてるの?何勝手に終わりにしようとしてるの?
ふざけんじゃないわよ。
「ま、まだわかんないの?はぁ?アンタホントばっかじゃないの!あんなにたくさん――」
そうよ、あんなに何度も、
「キスさせてあげたのにっ!」
言った瞬間。
何か決定的なことを間違えた気がした。
――あ……れ?
ハッと口を覆う。
しばらく呆然として、ふと顔を歪めた。
「……は?何だよその上から目線」
冷ややかに、でも確実に傷ついた目をしながらナツは鼻で笑う。
あ、そっか。さっきからナツにこんな顔をさせていたのは私だったんだ――なんて今更気付いて愕然とする。
いつから私は浮かれてたんだろう?
調子に乗ってたんだろう?
ナツにそんな顔させてたんだろう?
私たち、一体いつから――
“対等”ではなくなってたんだろう?
「……ふぅん、あっそ。“させてあげた”」
「ち、ちが……」
「じゃあ今まで“させてくれて”どーもありがとうございましたー」
ナツは冷ややかに言った。
「お優しい、ルーシィ・ハートフィリア様」
「っ!」
ガツンと横から殴られたような衝撃。
脳が揺さぶられて、吐き気がする。
その呼び方は、ない。ルーシィの人格を否定する、大嫌いなフルネーム。罵声を浴びせられたほうがまだマシだ。
ひどい。ひどいよナツ。そんな言い方、ないじゃない。
「っ……」
ボロリと涙が零れた。ぽたりぽたりとそれは床に点々と染みをつくっていく。
なのにナツは抱きしめてくれなかった。マフラーで涙を拭ってくれなかった。
不器用に、優しく、慰めてくれなかった。
「――なんで泣いてんだよ」
その代わりに、一撃は降って来た。
「泣きてーのはこっちだぞ」
「……っ」
わかってる。ごめんなさい。私ひどいこと、言った。ひどいこと、ナツにしてきた。
泣き止まなくちゃ、とルーシィは声を殺してしゃくり上げる。
でもね、今のはナツもひどかったよ。ちゃんと謝ってよ。
謝ってくれたら私ももう泣かないから――
「お前ひでぇよ」
「え……」
「“リサーナ”だったらぜってぇこんなこと……」
「!」
その瞬間、目の前が明滅した。
気がつけば掌にじんと熱い痺れ。
頬を張ってやったのだと気付いたのは、左に捩れたナツの首、その上の頬が赤くなっていたからだった。
比べるのか。重ねるのやめたと思ったら、次は比べるのか。私を“彼女”と――そんなことを考えたら、轟々と怒りと悲しみの波が襲い掛かってきた。
あの一件から“リサーナ”の名前はルーシィにとって鬼門だ。
「……っ」
新たな涙が込み上げて歪んだ視界の中、ふとナツの目が辛そうな色を覗かせた。
そこで、気付いた。気付いてしまった。
今のはわざと言ったのだと。ルーシィを傷つけるためだけに、好きだった“彼女”まで利用して。
「……最低」
ぐっと噛んだ唇から、鳴咽混じりの声が漏れた。
掠れたそれはちゃんとナツの耳に届いたようだ。
ナツはルーシィを見ずに、すかさず口だけ動かした。
「――お前もな」
返し文句が最後にルーシィを打ちのめす。
涙がまたひとつ零れた。
【quietus】
1最後の一撃,とどめ
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)
最低。
最低だよ。
最低なのは、私だ。
* * *
ナツルー連載お待たせしましたっ。相変わらず本気喧嘩シーン書くのは辛いけど書きごたえがあるけどやっぱり鬱!
一方この頃星霊界ではバルゴが無言でマシンガンを用意してたりアリエスがふにょにょと泣いてたりキャンサーがチョキチョキハサミを鳴らしてたりするんだろうなと思います。このあとナツの前で星霊呼び出すことあったらきっとてーへんなことになるぜっ。ナツを蔑むバルゴが書きたい。
次回Q+に続く!こっちははやめにっ!
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