Party【N*L】[KLMN→]
あの日、俺たちは“相棒”になった。
なった、というより、漸くなれた、が正しいかもしれない。
ルーシィを泣かせて。
俺もちょっと泣かされかけて。
ルーシィは俺を嫌いだと言って。俺は、好きだと言った。
キスをした。
キスをされた。
手を繋いだ。
やっぱり俺はルーシィが好きで、ルーシィは、たぶん、やっぱり最低な俺が嫌いなんだろう。
それでもいい。
ルーシィが笑ってくれるなら――傍に居てくれるなら。
幸せなんだ。
――……って、思ってたんだけども。
やっぱちょっと待て“相棒”。
本当にキスなんてしてよかったのか?
本当に手なんか繋いでよかったのか?
“相棒”って何だ?
俺たちって何なんだ?
――“相棒”って、何だ?
Party
「――また、なのね」
ルーシィは嘆息した。
諦め、落胆、失望。
いろいろなものが込み上げて、しかし言葉にはならずに吐息となったそれは言葉にされるよりも如実に彼女の気持ちを体現する。
はあ、と再びの溜息で憂鬱げに伏せられた睫毛が、微かに、震えた。
「信じてたのに」
過去形に代わったのは二人にとって大切な言葉。
じゃあ今は?今は駄目なのか?もう俺では駄目なのか?
穿たれるような絶望にナツは身を震わせた。それだけで、もう声も何も上げられなくなりそうになった。
だが。
「お……俺だけじゃねぇ、じゃん」
ナツはまだ引かなかった。
自分にだって言い分はある。それに今回悪いのはナツだけじゃない。信じるなら――信じていてくれたなら、そういう部分も考えてくれるべきだ。
ナツはそう思う。
「あら口答え?ふぅん。偉くなったものね」
冷ややかに彼女の鳶色の瞳が細まった。いつも表情豊かに輝いていたあの瞳は、今はもうどこにもない。
ナツのせいで。ナツのことが信じられなくなったせいで。
それでもまだナツは諦めたくない。彼女を――彼女から与えられる甘美な信頼を、諦めたくはない。
「だ、だってよぉ……」
「だって、何よ」
彼女の瞳には温もりはない。今更何よ、もう遅いのよ、アンタを信じた私が悪いとでも言いたいの?――とばかりに突き刺さる無言の圧力にも怯まず、ナツは「だって」と震える指でそれを差した。
そして、言った。
「だって真っ先にやらかしたのはルーシィだろ!」
――マグノリアにロザーナという貴族財閥御用達の高級家具店がある。
その家具店に強盗が押し入り、高級な家具をねこそぎ強奪したのは一昨日の真昼間。ちょうど積み込みのタイミングを狙われ、3台の荷馬車ごともっていかれたのだ。
普通ならば軍や治安警察に依頼するところだが、ロザーナの主人にはそうもいかない理由があった。
それらは近日中にとある有力な公爵家に納められるはずだったのだ。
納品日は迫っている。悠長なことは言ってられない。
追い詰められた主人は1番近くの魔導士ギルドに直接依頼を持ち込んだ。そう、フェアリーテイルに、である。たかが盗賊相手に破格の100万Jという報酬を提示して。
「――お任せ下さいっ!」
それを聞いた瞬間、常に金に不自由しているルーシィが我先にと目を輝かせて飛び付いた。他にも報酬目当てに動こうとしたギルドの仲間たちを一睨みで黙らせ――金の絡んだルーシィを怒らせると怖いのは最近皆わかってきた――、結果、最強チームが動くことになったわけだ。
……わけだが。
「でもでも私たちがやったのはちょっとだもーん!ね、キャンサー!」
「……エビッ」頷く蟹。
「エビッ、じゃねーよ!そのエビ……じゃねーやカニがいの一番に盾にされた絨毯切り刻んだんだろーがっ!」
「その切り刻んだ絨毯も――ついでにあそこのチェストもアンタが全部燃やしたんでしょっ!」
言ってルーシィは炭化した布の切れ端(高級絨毯)と黒焦げた物体(職人細工のチェスト)を示した。
ナツはぐぅと一瞬言葉に詰まる。
――そう、最強チームが動くことになったわけだが、このチーム、実力は確かなのだが非っっっ常ぉおおおに残念なことに繊細な仕事は向いてないのである。
唯一破壊ゼロで抑止力だったはずのルーシィも、このところ仕事が雑になりつつあった。
あらまあ最強チーム色に染まって来たのねぇ、とミラジェーンがほわほわ笑い、一方でマスター・マカロフはしくしく泣いた。気苦労が更に増したようである。
「ほーら見なさい、ナツのほうが酷いじゃない!ばーかばーかばーか!」
「ばっ……!?お前最近レベル低いぞ!」
「……低いエビ」
「キャンサーは黙ってなさい!ナツのレベルに合わせてあげてるの!“相棒”なんだから!」
「ぬぅ……」
“相棒”。
それを出されるとちょっと弱いナツである。
「……ああそうねぇ」
ナツが怯んだのをいいことにルーシィはクスッと小悪魔っぽく笑った。
「きっとこの絨毯は最初からアンタが燃やす運命だったのねぇ。というわけでアンタだけ報酬取り分なしでヨロシク〜」
「鬼か!?」
「悪魔です」
「ハッピーは黙りなさい!」
「あいあいさー!」
「つーかハッピー、お前俺とルーシィどっちの味方だよ!」
「あ、あい……?オイラぁ……」
「猫ちゃーん、私今夜は魚焼こうと思ってるの〜☆」
「あい、オイラ今日からロキになります!」
「うわ、フェミニストって言いたいのかこの裏切り者!?」
「ルーシィはオイラが護ります!」
「きゃー素敵よハッピー!シャルルにその勇姿伝えてあげる!」
「あい!」
そんなふうに。
最強チームのこのコンビ+1、このところじゃれあいはエスカレートしているのだ。
互いに一歩も引かず、対等に。
小馬鹿にしているようでも、確かに互いを認めながら。
そんな騒がしいチームメイトたちを見守りながら、やれやれ、みたいに肩を竦めたグレイ(椅子1個・カーテン1枚損壊)だったが、やべー俺どうなるんだろとか冷や冷やしていたりするのが微妙に顔に出ていた。
「ほら、お前たちいい加減に……」
と苦笑したエルザ(シルクのテーブルクロス2枚損壊)がやはりああ私はどうなるのだろうか……みたいな顔で言いかけて。
「――あぶねぇ!」
「え……?」
グレイの氷の盾が空から降って来た何かを弾いた。
矢だ。
どこから――とナツが空を仰いだ次の瞬間、空に出現したのは十やそこらではきかない、百に近い矢の群れ。
それらは確実に、ある一点へ目掛けて迫る。
「――キャンサー!」
誰よりも速かったのはルーシィだった。
ルーシィが迷わずキャンサーに指示を飛ばしたのと同時にナツはハッピーとルーシィを腕に抱えた。
炎で灰にするにはもう間に合わない。
何よりこの鏃の向き。狙いはどう考えても――
「はああああっ!」
「……エビッ」
瞬時に換装したエルザとキャンサーが散弾銃のごとく降り注ぐ矢を剣でハサミで薙ぎ払う。
払いきれなかったものはグレイが盾で弾き、こういうときにはどうすることもできないハッピーとルーシィはナツが庇いながら周囲の警戒をする。
――やがて、矢の雨はやんだ。
「なん、だったんだ?」
未だ構えを解かずにグレイが呟いた。
あの出現の仕方からして、普通の矢ではない。
何らかの魔法の矢。
そしてそれは確実に、一人を狙っていた。
ナツの腕の中――ルーシィを。
なのに。
「――……ハッ、漸く来たわけね」
ナツの腕から抜け出したルーシィはニヤリと笑んだ。
ナツでも息を飲むくらいに、ギラギラと猛々しく。
その間に。
弾かれたはずの大量の矢が全て、ふ、と地面から跡形もなく消えた。
* * *
「――というわけで私今日から狙われるからヨロシク」
あっけらかん、とルーシィは言った。
今日の夕食カレーにするからヨロシク、みたいに。
仕事の後、盗賊と無事だった家具(もちろん駄目だった家具については素直に謝った)をロザーナに引き渡し、ルーシィの家に集まって一息ついた後、さあ事情をきこうとエルザが口を開くより一瞬早くルーシィがそう言ったのだ。
思わぬ切り出しに面食らったように「ど、どういうわけだ?」とエルザが聞き返した。ナツもグレイも首をぐにんと傾ぎまくっている。
「ほら、この前の仕事で私標的取り逃がしたって言ったじゃない?」
「ああ」
「その時にただ逃がしたんじゃなくてあの男の大事なものを盗んでおいたのよ」
「大事な?」
「そ。あの男にとってはとんでもないものよ」
「ふむ、とんでもないもの……」
エルザははっとした。
「“あなたの心”!?」
「私はどこかの大泥棒か!」
びしっ、とツッコミを決めると、エルザは満足げに頷いた。
このところエルザはルーシィのツッコミを噛み締める妙な癖がある。
「……まあ、そんなわけだからこれからあの男がふらーりと私を消しにくると思うわ」
今日のカレーにはナンを付けようと思うわ、みたいに。
すると「だったらよぉ」とグレイはどこか剣呑な声を上げた。
「盗んだもん評議員か何かに渡しちまえばどうだ?」
「駄目よ。こんなチャンス」
「チャンス?」
「そ。あの男を捕まえるまでが私の仕事だもん。アイツから狙ってくれるなら嬉しい話じゃない」
「嬉しいってお前……」
「そーれーにー――」
ルーシィはニッコリ笑った。
「すっごい喧嘩も売っちゃったから」
「す、すっごい?」
「うん。奴のプライドごみクズにしてやったわ」
隠し味に味噌をいれてやったわ、みたいに飄々と。
あの一件以来ルーシィはさらにたくましくなった。
まあそれでもルーシィはルーシィで変わりはなくて――全てがいちいち魅力的だ。ナツの心臓を笑顔一つで騒がすくらいには。
――でもまあ、今日のはちょっと“違う”よなぁ。
ナツは珍しく苦みの含まれた笑みを見せた。
「というわけだから、その……」
ふとルーシィの声のトーンが変わった。
少しだけ、不安げなものに。
「わ、私これから迷惑かけると思うから――」
「ったく、そういうことは早く言えよ!」
続きはナツが遮った。
これ以上は我慢できなかったのだ。
「そういうことなら俺たちチームの仕事になるじゃねぇか」
「そうだな」グレイが頷く。「その盗んだものもルーシィも、俺たちが喜んで護ってやるからよ」
「でも……」
「ルーシィ」エルザが言った。「私たちには迷惑かけていいんだぞ」
「あい!ルーシィはオイラたちが護ります!」
「………」
ルーシィは戸惑うように瞳を揺らした。
もしかしたらこの件が片付くまでチームから距離を置こうとしていたのかもしれない。
そんなこと、俺もこいつらも許すわけねぇのに。
「ルーシィ」
はっと顔を向けたルーシィの頭をくしゃりと優しく撫でて、
「俺たち、チームだろ?」
当たり前の一言をくれてやる。
一瞬で先程までの飄々とした彼女は消え、この先命を狙われることに不安を覚える一人の女の子の顔になる。
どんなにたくましくなったって、ルーシィはルーシィだ。強がっているのはみんなわかっている。
「――ありがとう、みんな」
漸くルーシィは笑った。
ナツもハッピーもグレイもエルザも大好きな笑顔。
でもナツだけは今回、この笑顔を護ることは許されないのだろうと思った。
“相棒”だから。
自分は、ルーシィを護ったりする存在ではないのだから。
そんなことを少し息苦しく考えながら、それでもナツはニカッと笑った。
「オイオイ、こんくらいのことで泣いてんじゃねーぞ“相棒”!」
ばしっ、と華奢な背中を叩く。
ルーシィは慌てて目を拭って「な、泣いてないもん!」とナツに噛み付いた。
「ゴミが入っただけよ!」
「いやいやそんなタマネギがしみただけよ、みたいに」
「…………なんでタマネギ?」
「え」
エルザもグレイハッピーもきょとーんと不思議そうだった。
あの時と、同じくらい。
* * *
それは今から二週間ほど前――ナツがルーシィと“相棒”になった日に遡る。
「え、ルーシィ!?」
「なんで……!?」
「ルーシィ帰ってきたのか!」
ルーシィが現れるとギルドは騒然となった。
当たり前だ。行方不明の彼女がハッピーを胸に抱え、何事もなかったかのようにひょこひょこナツと帰って来たのだから。
「ルーシィイイイ!」
「へっ!?ジュビア帰ってたの!?」
中でも真っ先にルーシィに飛び付いたのは、まさかのジュビアだった。
意外な人物の歓迎に戸惑ったのはルーシィだけではない。ジュビアにルーシィの胸から弾き飛ばされたハッピーや出遅れたエルザとグレイ、さらには真っ先に抱き着く準備をしていたレビィまで、突然のルーシィの帰還を喜ぶよりもまず、ぽかんとしてしまう。
「か、帰ってたの、じゃないです!いきなり津波起きるしルーシィ消えるし見つからないし、マスターに報告して今からもう一度探しに行こうと思って……」
「ゴ、ゴメン……心配かけたよね?」
「まったくです!ガジルくんも心配して犬のように匂いを探ったり、それはもうオロオロと」
「してねぇよ!」
ガジルが噛み付く勢いでツッコむ。
ガジルもジュビアの次に駆け寄っていたのだ。
「どういうことだ?」
ナツがチームを代表して訊けば、「え?ああそっか」とだばだば涙なんだか水で出来た自分の成分なんだかを流すジュビアをよしよしとなだめながらルーシィは振り向いた。
「ごめん、これも秘密にしてたんだったね」苦笑する。「今回、私の潜入の後はジュビアとガジルに手伝ってもらって闇ギルドを殲滅する予定だったの」
「バニーが失敗しなきゃな」とガジル。
「だから悪かったってば」
「俺は謝られてねぇ」
「あーはいはい超ごめんー。ほーらこれでいいかしらガジルくーん?」
「なんだその態度は!」
「まあまあガジルくん、ルーシィが帰って嬉しいんですよね。ほら、ルーシィの胸今開けますからガジルくんも思う存分飛び込んで」
「いらねぇ!」「させないわよ!」
意外な3人ではあるがなかなか息はあっているようだ。
ぽかんとしていた他の仲間たちは次第にそのやり合いに噴き出し、声を上げて笑い出した。ルーシィの無事を、変わらぬ笑顔を喜んで。
その中でハッピーとエルザとグレイ――最強チームだけ、何となく複雑な面持ちで立ち尽くしていた。
ルーシィの無事は素直に嬉しい。でもどうしてジュビアたちはよくて自分たちと一緒では駄目だったのか、とその表情からは見て取れた。ある種の裏切りを受けたような、そんな顔。
「あれもある意味最強チームだな」、とこっそり誰かが言ったのをエルザとグレイとハッピーが刺すように睨んだ。ルーシィは俺たちのチームだ、と当たり前のことを言うように。
でも少しだけ、本当に今もそうなのか、と迷うように瞳を揺らしながら。
「――よぉし、ルーシィも帰ったし乾杯しよーぜ!」
「なっ……」
「ナツ」
ナツはニッと笑ってエルザとグレイの肩にがっちり腕を回した。
そのまま躊躇う二人をルーシィの元に引きずり出す。
二人を見た途端ルーシィは、
「ただいま、エルザ!グレイ!」
嬉しそうに、笑った。
それだけで二人の表情もほっと和らぐ。ルーシィから真っ直ぐ向けられる変わらぬ信頼に安堵し、つられるように微笑んで、二人はあらためてルーシィの無事を喜んだ。
「お帰り、ルーシィ。無事でよかった」
「ありがとうエルザ」
「つーか何で散歩に行ったナツに連れられて帰ってきたんだよ?」
「あ、うんいろいろあって」
「む。目が貼れているな」
「え?そ、そうかな」
つい、とエルザの目が細まった。
「――ナツか?」
「ほう……お仕置きですか姫」
「グレイ、バルゴの真似はやめて」
あらぬ誤解――とも一概にはいえないが――を受けたナツは、ギクリと身を竦ませる。
「ちがっ」と誤解を解こうとする前に換装。逃げようとする足をグレイの氷が瞬時に搦め捕る。
ルーシィに助けを求めようとすると大口を開けて笑うばかりで全く止める気はなさそうだ。
黒羽の鎧(この前もこれでお仕置きされたばかり)が迫り、あばばばばと震え上がるナツに、
「耐え切れ、“相棒”!」
ルーシィの一言。
まわりは一瞬きょとんとした。ルーシィがナツのことをそんなふうに呼ぶのは初めてだからだ。
ナツも皆と同様にぽかんとしていたが、やがて、「おう!」と笑顔で応えた。正直耐え切れるかは微妙だったが。
その瞬間、確かにナツとルーシィはギルドに“相棒”宣言をした。
この先二人は“相棒”以外の何者でもないと、きっと、そういう意味で。
* * *
「おいーっす。相変わらずなげーなぁ」
「…………は?」
風呂から上がったルーシィはベッドに座るナツを見て大きな目をぱちくり瞬かせた。
もうすっかり油断していたらしいルーシィははしたないことにタオル一枚だ。
ナツのリクエストでルーシィが作ったカレー(ナン付きで隠し味に味噌入り。ハッピーにはもちろん魚)を皆で平らげて、3人と1匹で暇を告げたのは2時間以上も前。その後、一度家に戻り、ハッピーが寝たのを見計らってナツだけこっそり引き返して来たのだ。
「な、何でいるの?」
ルーシィはタオルの結び目を握り、じり、と後退さる。
「? 何びくついてんだよ」
「だ、だって……」
「……ああ」
なんとなく言いたいことがわかって、「しねーよ」とナツはからから笑った。
ルーシィが嫌がるようなことするわけねーじゃんか、と。
「そ、そう?……じゃあとりあえず」
安堵したように言った次の瞬間。
ルーシィはナツの頭にガツンと拳を落とした。
「――勝手に入らない。オーケー?」
「お、オーケー……」
そうか“相棒”でも勝手に入るのは駄目なのか……。ナツは心のメモに書き加えながら鈍く痛む頭をさすった(でもたぶん絶対やめないだろうという自信はある)。
夕食の間には、ルーシィはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
襲撃を心配してしばらく泊まると申し出たエルザに、夜遅く女を襲いに来るような奴じゃないから大丈夫よ、と余裕の笑みを見せるくらいに。
命を狙われることよりもチームを離れる決意で不安になっていたのかもしれない。
矢が降った中で見せた、ナツでさえのまれそうになるほどの猛々しい笑み。あれはただの強がりではなさそうで安心しのたと同時に、少しだけ、淋しかった。
「で、どうしたの?忘れもの?」
隣に腰を下ろしたルーシィが前にのめり気味なポーズでナツの顔を覗き込んでくる。
白い胸元を被うタオルがたわみ、深い隙間を覗かせる。
今更目のやり場に困る、とかそういうことはないが、警戒を解くと途端に無防備になるから困り者だ。
ナツはつい、と視線を外しながら、
「いや、特に用はねーけど」
「はあ?」
心配だから来た――なんて言えなかったが、だからと言っていい理由も思い付かない。いつもの気まぐれってことにしてくれればいい。そう思った。
ルーシィは不審そうに小首を傾げる。湿って色の濃くなった金髪から、ふわりと香るシャンプーの匂い。
それが誘うようにナツの鼻先をくすぐって、どうも落ち着かない。
オイ、本当にわかってんのか?
俺は、お前が、好きなんだぞ。
――きっともう二度と伝えることはないのだろうが。
「……まあいいわ。私も話あったし」
「話?」
「今日さ……護ろうとしてくれたよね」
「え」
不意に放たれた一言にギクリ。
あの時、誰より早くルーシィを矢から護ろうとしたのはナツの腕だ。
咄嗟の行動。
まさかあれも駄目だったのだろうか。
あれもルーシィの“何か”を傷つけることになってしまったのか。
そんなナツの不安を余所に、ルーシィははにかむように微笑んで、
「ありがとう」
と柔らかく礼を述べた。
「あ、ああ……うん」
曖昧に頷く。
怒らない、のか?もうやめろとか、言わないのか?“相棒”なら護ってもいいのか?
むむむむむ、とナツは唸った。
難解だ。難解すぎるな“相棒”ってヤツは。
いや待てよ。じゃあ今回の件もちゃっかり俺が護るのもアリ――
「まあ――」
ふとルーシィは言った。
「でもアンタはあんまり心配しなくていいからね」
「そっ……」
「私だって、自分の身くらい自分で守れるもの」
ナツの甘い考えを読まれたのだろうか。遠回しに、突き放された気がした。
『今回のことで、ナツは私を護らなくてもいいよ』と。
そんなこと、エルザやグレイやハッピーには絶対言わないのだろう。
ナツだから。
“相棒”だから。
「……んで“相棒”なんだよ」
「? 何か言っ……」
ルーシィの唇を奪った。
触れるだけ。すぐに離れる。
ルーシィは「何よ急に」と口をもごもごさせ、しかしながら不法侵入の時みたいに怒りはしない。
むしろ、もっとする?みたいに期待を孕んだ目でナツを見る。
だからナツはもう一度、もう何度目になるかわからない深いほうの口付けをした。
「ん……」
あの日から、こんなキスは何度もしてる。
させてくれる。
でもナツはあの日以来好きだなんて一度も言ってない。
もう二度とそんなこと言ってはいけない気がする。
“相棒”だから。
ああ、でもよルーシィ――
「――キスさせんのに“相棒”?」
「え……」
息継ぎの際につい口から漏れてしまったそれで、熱っぽく潤んでいたルーシィの瞳が凍り付くのがわかった。
あ、やべ。
ナツは内心舌打ちして視線を逸らした。
でも訂正はごまかしはしない。――できない。
「……帰る」
「え、ちょっ……」
ベッドを軋ませて立ち上がる。
ずっとキスする度に――させてもらう度に思ってた。
だってやっぱなんか違う。
しっくりこない。
“相棒”なのにこんなことしていいのか?
こんなことすんのに“相棒”でしかないのか?
俺はルーシィが好きで、ルーシィは俺が嫌いで。つーか嫌いでキスさせんのもわかんねーし。
じゃあもしかしたらって期待させるだけさせて、やっぱり“相棒”?ナツだけ護らなくていい?心配いらない?
それってけっこー……
「残酷だよな」
ぽつりと呟いた言葉に、ルーシィの剥き出しの白い肩が震えた。
また漏れ出してしまった本音をそのままにして、ナツは今度こそ部屋を後にした。
【Party】
1パーティ,社交的な会,集まり
3仲間
4《正式》(事件・契約などの)相手,当事者;共犯者
5《略式》(問題[話題]の)人
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜群)
翌日。
「依頼?最強チームにか?」
ギルドに着くなり響いてきた声に、ナツはハッピーと顔を見合わせた。
なんとなくルーシィのことが心に引っ掛かったままギルドに来たものの『最強チーム』と聞いたら行くしかない。ナツとハッピーは声の人物――エルザの元に駆け寄った。
やはり、グレイとルーシィもそこに居た。
ルーシィがちらちらナツを見てきたが、ナツには見ることすら無理だ。
まだ、気まずい。
「よぉエルザ、依頼って何のことだ?」
ルーシィから逃げるようにナツはエルザに声をかけた。
依頼というものは依頼書のかたちでギルド連盟に受理され、そこから様々な魔導士ギルドに出回る。もちろんそれを受けるかどうかはギルド側とそこに所属する魔導士が決めること。どんな魔導士が派遣されてくるか、依頼人にはわからない。
先日の家具店の一件だってかなり特殊なもの。
それをわざわざギルドに直接、しかも最強チーム指名とくるなんて――
「狂気の沙汰としか思えんな」
「自分らでそれ言っちゃしめーだろエルザ……」
グレイが虚ろな笑みでツッコむ。
ナツはミラジェーンからエルザに手渡された依頼書らしきものを覗き込んだ。
「んで、どんな依頼なんだよ」
「3日間依頼主の護衛だそうだ」
「へぇー。報酬は?」
「200万J」
「おぉ!」とグレイ。「S級並じゃねぇか!すげぇな!」
「……が一人分だ」
『一人頭200万J!?』
くらいついたのは最強チームだけではなく、離れて話を聞いていた他の仲間たちもだった。
ありえない大金だ。S級クエストでもそんな破格の報酬聞いたこともない。
「ど、どこの貴族様だよそんな太っ腹なのは!」
あまりに桁外れな額で及び腰になるグレイに、エルザはうむと頷いた。
「依頼主は――」
エルザの唇から紡がれた名前を聞いて。
さあっと目に見えて顔色を変える人物が居た。
ルーシィだった。
* * *
ナツルー連載はじまりました。
相変わらずなっげーですね。そしてナツルーより他の仲間との絡みが楽しいのであります。
今回はエルザもグレイもハッピーもみんな大好きだぞ!なお話になればいいなー。微妙に同時進行で更新していくOptionが関わってくるからそちらもどんぞ。
また書いてる途中で私が病む自信があるくらいのお話なので次回更新がいつになるやら……。応援やら叱咤やら気が向いたらよろしくお願いします。
ちなみにロザーナはOザキUタカの歌のタイトルなんだぜ☆
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