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Option2【L】
バルゴを送り出したルーシィはしんと静まり返る酒場に戻った。
さあ仕事だ。先程のテーブルを片付けてここを掃除しなければ。
例えあと数時間後にはジュビアとガジルにめちゃめちゃにされる運命だとしても、メイドとしてお給料を貰った分はきっちり働く。お金が関わると異常なまでのプロフェッショナル精神を見せるルーシィなのである。
さてと、と空のグラスを片付けようと持ちあげた瞬間、


「――待っていたよ、ルーシィくん」
「!」


頭上から澄んだテノールが降って来た。
顔を上げればジュノが2階から気取ったふうに手を振っている。


「次は掃除かい?頑張っているね」
「は、はあ……」


待っていたなら何故わざわざ二階に上がる必要がある。何故また中央階段からカツコツ下りてくる必要がある――とかいろいろツッコみたかったりもしたルーシィだったが、ぐっとこらえてニッコリ笑顔をつくる。
そういえば初めてこの<ギルド>に来た時もジュノは階段から登場した。何か彼にはこだわりがあるのかもしれない。ルーシィには全くと言っていいほどわからないが。


「――ジュノ様」
「ん?」


本当は二人きりにはなりたくなかったが、仕方がない。
ルーシィは綺麗な笑みを作り、姿勢を正した。


「先程はバルゴと私を助けていただき、ありがとうございました」


す、と一礼。
謝ってばかりで1番大切なことを言うのを忘れていたのだ。流石にそれは礼を失するというものだろう。
今回のジュノは「気にしなくていい」とは言わなかった。代わりに鋭い目を細めてルーシィを見る。
じっくりと、観察するように。


「……前々から思っていたのだが、ルーシィくんのお辞儀は美しいね」
「え?そ、そうですか?」


容姿やスタイルを褒められることは当たり前のようにあったが、姿勢や所作などを誰かに褒められるなんて初めてだった。


「品がある。メイドというより――そう、どこぞの御令嬢のようだ」
「あ、あは……あ、ありがとうございます」


内心ギクリとしたのをごまかすように笑う。
お嬢様時代に叩き込まれた礼儀作法が無意識に出てしまっていたのだろうか。気をつけなければ。
「ところで」とジュノは、カツ、とステッキで床を鳴らした。


「君とバルゴくんの二人はどういう関係なのかな」
「え?」
「実はね、先程私は見てしまったのだよ。ほら、あそこの勝手口で……」
「!」


まさかあの会話を?
バルゴが居ない今、身を守れるのは自分だけだ。ルーシィはスカートの下に隠していた鞭にそっと手を触れる。
無駄に溜めたジュノは、「そう、君たちがっ」と、相変わらず芝居っ気たっぷりに告げた。


「――熱く見つめ合っているのをねっ!」
「………………はぁ?」


ばばーん、な効果音が響くみたいに言われて、うっかり素に戻ってしまった。
慌てて猫をかぶり直し、「ジュ、ジュノ様、あれはですね」と丁寧に誤解を解こうとしたが、ジュノに皆まで言うなとばかりに手で制される。


「いや何、私は反対しているわけじゃないんだ。そういうのは個人の自由だからね」
「あのジュノ様」
「それに君たちのように可愛いお嬢さん方ならばさぞ目の保養になれだろうね。うん美しい美しい」
「いや、だからですね」
「ああわかっているとも。真実の愛というのは万人に理解されないものだ」
「ちょっと聞いてつか聞け」
「だから二人は手を取って逃げ、そしてこの<ギルド>に雇ってもらおうだなんて思ったんだね」
「聞ぃいいいけぇえええ」
「ね、そうだろう――」


ジュノは笑った。


「ルーシィ・ハートフィリアくん」
「っ……!」


うっかりまた素に戻りかけていたルーシィは凍り付く。
フルネーム――特にこの国では相当有名なファミリーネームまでは名乗った覚えがない。
まさかもうバレてる?
いや、もしも名前だけならば一度とぼけてみるか。それとも聞こえなかったフリを――


「ああ、いいんだ。私には全部わかっていたよ。君の所属する<ギルド>も全部」
「………」


フェアリーテイルのことも?
ルーシィはグローブの上から右手の甲をそっと撫でた。
そのまま警戒を解かずにジュノの動き――ほとんどが無駄ではあるが――と語りに集中する。どこまで情報が掴まれているのかを探るのだ。
これからどう対応していくか考えるために。


「そうか、君は自分がどれだけ有名か知らなかったんだね」
「有名……?」
「そうだとも。特にあの<六魔将軍>とやりあった魔導士の一人として<闇ギルド>界ではかなり騒がれたからね」
「そ、そんな……」


ルーシィは息を飲んだ。
まさかそんな。
私――


いつの間にそんなに有名になっちゃったのかしらっ!


ルーシィはにへと笑う。
偽名使えばよかったーとかいう反省より先に、場違いながらちょっぴり嬉しいなーとか思ってしまうのだ。
だってこれで漸くいろいろ有名なアイツとも並べたような気がしちゃうしこれを機にソーサラーからグラビア依頼とかも来たりしてああでもアイツヤキモキやいちゃうかしらにへへへへ〜。
なんて一人で乙女モードスイッチオンしていると、うんうんと何故かジュノは大きく頷いた。


「君のために用意したメイド服も気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
「誰がコスプレ女王様よっ!」


反射的に取り出してしまった鞭で床を叩けば「いや、そこまでは言ってないのだがねぇ」と、ジュノは肩を竦めた。
まさか本当にルーシィのためのこのメイド服だったとしたら大変だ。
やだわ似合っちゃう(中略)うふふふふとかやってた自分がいたたまれないではないか。まさにコスプレ女王様を認めちゃってるみたいではないか。


――な、成程……精神攻撃ってやつねっ。
ルーシィは真っ赤になりながらどこまでも姑息極まりないジュノを睨み付けた。


「とにかく来てくれたのが君で本当に助かったよ。流石にいきなりガジル・レッドフォックスとジュビア・ロクサーを相手にするのはまだ不安だからね」
「!」


街に居るあの二人まで調べられていたのか!
どうやらバルゴがあの二人を連れて戻るまで時間を稼ぐ――という手は使わせてもらえないらしい。
ルーシィの顔が歪んだのを見て、ジュノは微笑した。


「街に居る彼らに手出しはさせないよ。そんなことをされたら我々が逆に潰されてしまうのはわかっているからね」


言って、ステッキをカツリと鳴らす。
また過剰演技の一つかと思ったそれが合図だった。
20人程の男たちが酒場に列を成して入ってくる。テーブルを蹴り倒して空間を作り、出入口を封鎖。
その間10秒とかからない。


「私が何年もかけて組織したこの<ギルド>はまだ発展途上でね、ちょうどそろそろ一度試してみたいと思っていたんだ。だから君と出会えて嬉しいよ――」


カツリ、ともう一つ鳴らせば、ジュノとルーシィが中心にくるように周囲を円形に固める。
本当によく訓練されている動きだ。
でもこれは――妙に整然としすぎてやしないか……?


「本当にありがとう――フェアリーテイル最強チーム、最弱お荷物のルーシィ・ハートフィリアくん」
「……っ!」
「おや、傷ついたかな?」


ジュノは笑う。
いや、嗤う。


「言っただろう?全部知った上で君を招き入れた――獲物としてね」


張り付いように完璧な、紳士的で上品な笑み。
他者を尊ぶような仮面をかぶり、その実出し抜いて蹴落として踏みにじることばかり考えている。
そんなところまでルーシィの大嫌いな腐れ貴族の物真似か。
なんて――胸糞悪い。


でも。


「――……で?」
「うん?」
「私が“メイド”じゃなくて、“獲物”なのはわかったわ。でも私が何をすればいいのかいまいち見えないのよ。まさかここですぐ死ねなんて言わないでしょ?アンタのことよ、ちゃんと理由があって1週間も泳がせたに決まってるわ」


何事もなかったかのように自分の考えを語ると、ほう、とジュノは面白そうに目を細めた。


自分がお荷物だなんてとっくに知ってる。
そんなこと、1番言われたくない奴にも言われた。1番言われたくないことまで言われた。1番最低最悪なことだって言われた。
今更こんな奴に事実を突き付けられたところで、何だって言うんだ。


「それは失礼」ジュノは苦笑。「君には我々の練習台になってもらいたいと思っているんだ」
「練習台?」
「もちろん抵抗はしてもらっていい。むしろしてもらったほうが訓練になる――そのために1週間、君に<ギルド>を調べる時間をあげたのだからね」
「ふぅん。それでその訓練とやらが終わったらまた得意のトンズラ?」
「戦略的撤退と言ってもらいたいね」
「……ま、いいわ。だいたいわかった」


ルーシィは笑った。
この最悪の状況下で、散々屈辱的なことを言われながらも、凛然と。


だって、アイツが送り出してくれたんだ。
笑って、頑張れって言ってくれたんだ。
だったら、頑張らなきゃ。
最弱なりに、お荷物なりに、“最強チーム”の一人として。


「“私”が、この<闇ギルド>を潰してアンタを捕まえる」


名前だけじゃなくて、本当の意味でアイツと並ぶためにも。


「――それが頂いたお給料分の“私”の仕事ってことでよろしいですね、ジュノ様」


ニッコリとプロフェッショナルな微笑をこぼしたルーシィは、使い慣れた鞭を打ち鳴らし、しなやかに構える。
ジュノは、ふむ、と唸った。


「君一人で<ギルド>を潰す、か」
「一人じゃないわ」
「……ああ、もしかしてバルゴくんのことかい?あのお嬢さんの情報はなかったが魔導士ではないだろう」
「――……そうね。あのコは“魔導士”じゃない」
「なら期待しないほうがいい。彼女の処理はもう済んだはずだ」


ジュノは話は終わりだとばかりに、ステッキを指揮棒のように振り上げた。
ざん、と何十人もの男が一斉に臨戦体勢に入る。
その一糸乱れぬ動きを見てルーシィは眉を跳ね上げた。


また、あの妙な違和感。
“これ”が本当に<ギルド>の動き――?


「では、狩りの時間といきましょう」


相変わらず気取った言い回しでジュノがステッキを振り下ろそうとした瞬間。



ドゴォオオオオオ!



ルーシィの目の前の床が勢いよくめくれあがった。


「な、何だ!?」
「何か飛び出したぞ!?」


何人かの動揺の声の中、今できたばかりの穴の脇。
ピシッと誰から見ても美しく、完璧なまでの佇まいで凜と立つ――


「バルゴ!」


目を輝かせる主を振り向いた星霊は、微かに口許を綻ばせ、静かに一礼した。



* * *




地面から唐突に現れたメイドは折目正しく一礼した。
もちろんジュノへではなく、忠誠を誓った唯一の主へ。
従順たるメイドらしいそれは、誰もが見惚れるほど美しい。
やがて、ゆっくり顔を上げた彼女は淡々と告げた。


「――お怪我はございませんか、お姉様」
「…………へ?」


「お姉様!?」「お姉様なんだ!」「なるほど、あっちがお姉様だったのか!」「萌えー!」
ざわわ、と盛り上がるギャラリーもとい敵。
中にはああやっぱりそういう関係なんだーみたいな生暖かい目とかあって、超いたたまれない。
とはいえ流石に助けにきてくれたバルゴを怒るに怒れないルーシィは、引き攣りながらもニッコリ笑った。


「……ば、バルゴ?“姫”と呼びなさいね?」
「こ、コイツ、“お姉様”の次は“姫”と呼ばせる気だぞ!」「なんて痛い女だ……!」「萌えー!」
「うるさーい!」


余計なざわめきを一喝で黙らせる。
否。
黙らせたつもりだったが、それより早くジュノが指示をしていたらしい。
しん、と静まり返る酒場に、再び緊張感が戻る。


「――やあバルゴくん、シュウ料理長はどうしたんだね。一緒ではなかったのかな?」
「はい」バルゴは応えた。「あの方がいきなり襲ってきましたので黙っていただきました。姫の教え通りに拳で」
「ん、そうね。教え通りね」
「お仕置きですか?」
「褒めてんのよ」


何教えてんだよ、みたいな顔はされたが今度の分の野次はなかった。あったとして気にしない。
バルゴが人間界で魔法を使う=契約者のルーシィの魔力が削られるということなのだ。
だから魔力温存のため、バルゴにはもしもの時はなるべく鉄拳制裁の指示を出していた。
もちろんなるべくであって、本当に危険な時は使うよう言ってあった。


「料理長は地面に埋めてこちらに来ました。命令違反でお仕置きですか?」
「――ううん。助かったわ」


そう、ちょうど今みたいに。


「……ふむ、彼女は魔導士ではなく君の星霊だったというわけか」
「そうよ。本当はこのコ、すごく強いんだから」


今のジュノの発言から考えると、ルーシィが星霊魔導士ということは知っていたようだが契約してる星霊までは知らなかったようだ。
それなら――手っ取り早い。
“あの場所”まで、走りきれるならば。
そこまで全員を引き付けたならば。
勝機が見えたルーシィが外へ出るための“道”を探っていると、


「成程。つまり君たちは――」


ジュノが苦悩するように言った。


「女同士で星霊と人間という二重苦だったわけだね!」
「…………は?」
「ああまさかそんなにも障害のある道ばかり選ぶなんて……!ルーシィくん、君は鞭なんか持ちながら実はM」
「それは誤解だって言ってんでしょ!」


ビシィ、と床で鞭を鳴らせば「やっぱりSだ」「Sだな」「お、お仕置きされたい」のジュノに遠慮しているらしい、ひそひそとしたざわめきが起きる。


「そ、そんな……」バルゴが拳を口元にあてる。「お姉様、私とは遊びだったのですか!?」
「アンタも乗るな!ってゆーか無表情で声だけ演技とか器用な真似するな!」
「おお、あのツッコミやっぱりS」
「やかましい!」


さらにしつこく言ってきた男の一人に、近くにあった椅子を投げ付けて黙らせる。
いつもギルドでしているような容赦ないツッコミ。
それがまずかった。


「………」


再び酒場の空気が一変する。
椅子の一撃で倒れた仲間をきびきびと運び、静かに殺気立つ男たち。急にそれまでのふざけた色が消えた。
気圧されたルーシィが息を飲んだその時。
ざっとバルゴが凛々しく立ち塞がる。


「姫には触れさせません」
「バルゴ……!」


コクリ、とルーシィに応えるように頷く。


「そうです。姫に触ったりあんなことやこんなことやあまつさえ『え!?嘘、そんなことまで!?ルーシィったらははは恥ずかしいぃいいん☆』なことをしてもいいのはあの方だけです」
「オイコラ妄想メイド」


淡々とぶっちゃけてくれるメイドの後ろ頭にチョップをくらわせた。「ああこれがお仕置きなのですね姫」と何故か嬉しそうなバルゴに「いやツッコミだから」とげんなりルーシィ。
またふざけた空気になりかけたのを、ジュノがカツカツと2回ステッキを鳴らして遮る。


「ところでバルゴくん」
「はい」
「街の仲間と連絡は取れたのかな」
「……いえ。その暇はありませんでした」
「ふむ、主が心配だったか……。しかし主を思うのならばここは助けを求めるのを優先させるべきだったね」
「――助け?」


途端にバルゴはクスッと笑った。
ゾッとするほど酷薄に。


「何か誤解されているようですが、姫には“私たち”がいるのですよ。他の“人間”の助けなんて必要でしょうか?」


表情以外はいつも通り淡々と、丁寧な口調。なのにあのジュノでさえ怯ませる迫力。
普段どんなにふざけていても、彼女は黄道十二門。最強に連なる十二柱の一本。
本来、人間界という制限された空間でなければ、人間“ごとき”が敵うはずもない存在だ。
古の契約さえなければ人間に従うこともなかっただろう。
その彼女が――


「最弱?お荷物?よくも姫にそんな口が叩けましたね。あなたごときが“私たち”の姫を、よくも馬鹿にできたものですね」
「あ……」


その彼女が、怒ってる。
誰のためでもない。
主の――“ルーシィ”の誇りために。


「姫への侮辱は全て“私たち”への侮辱――それをよくおわかりになった上でそのようなことを口にしたのですか?」


言われっぱなしで、言い返せなかった――言い返してあげられなかった、情けない主に代わって。


「今更謝ってももう遅いです。“私たち”はあなた方全員許しません」
「……許さないから、どうすると言うんだい?」気を取り直したジュノが言う。
「もちろんお仕置きです」
「ほうお仕置き!」
「そうです。何度も言わなければわからないのですか?」


嘲るようなジュノに対して、バルゴは丁寧な物腰に似合わぬとんでもない行為をしてみせた。
ジュノは顔をしかめ、周囲を取り囲む連中はぎょっとなる。
そう、そのメイドはピッと折っ立ててみせたのだ。
最高に下品に、中指を。


「――姫と“私たち”をナメないで下さいませ」


やはり口調だけは丁寧に言い切って、星霊は主に向き直る。


「では姫」
「――……何」


相変わらずの感情の無い瞳が真っ直ぐにルーシィを映す。
それだけでああどうしよう。
泣きそうだ――


「そろそろ私は帰ってもよろしいでしょうか?」



……………



一瞬何を言われたかわからなかった。
ルーシィだけではない。周りもぽかーんと呆気に取られている。


「………………え、えーと、あれー?さっきまでのカッコイイ啖呵は……」
「ノリです」
「ノリ!?」
「そうです。私にこの数を相手にするのは無理に決まってるではありませんか」
「えー、じゃあ――」
「お仕置きですか?」
「違いますー」


と“鍵”の束を取り出して。


今更ながら、あーあ、ってなった。
所詮私も頭を使うより荒事のほうが向いているのかしら。
“最強チーム”の一人だしね――なんて、自嘲気味に笑って。


「……ねぇ、バルゴ、ずっと聞いてたの?」
「何をですか」
「さっき、私が言われてた……」
「――何のことでしょう?」


しれっと返すバルゴに、「……ううん。なんでもないわ」と苦笑した。
主が最低な言われようをしているのを、どんな気持ちで聞いていたんだろう。どんな気持ちでジュノに中指なんか立てたのだろう。
――でも、今伝えるべきは、ごめんね、じゃない。


「ありがとうバルゴ」


最弱なりに、じゃない。お荷物なりに、じゃない。
あんな発言、“私”が全部撤回させる。否定してみせる。
“最強チーム”のルーシィをなめんじゃないわよ!
頭からルーシィがそういう気持ちでなければ、アイツどころか“彼ら”とも並べるわけがなかったのに。


「あ、バルゴ」
「はい?」


バルゴを星霊界に送りながら、ルーシィはニッと力強く笑って拳を突き出した。


「――大好きよ!」


“扉”が閉じる刹那。
目を見開いて。


「――はい。私もです」


ニコッと最高に嬉しそうに微笑んだ星霊は、コツリと拳を合わせて消えた。




* * *




「――うーん成程成程。素晴らしい友情だったねぇ」


パンパンと乾いた拍手が酒場に響いた。
あまりに白々しいそれに「拍手どーもありがとうございますぅ」とルーシィは露骨に嫌そうな顔をしてみせたがジュノは気にも留めなかったようだ。


「ってゆーかアンタやっと“友情”って認めてくれわけね」
「はっはっはっ、何を当たり前なことを。最初からからかってただけじゃないかね」
「うわ腹立つっ」


ルーシィは苦々しいとばかりに顔を歪めた。ツッコミというやつは結構疲れるのだ。まあ疲れた原因の半分以上は自分の星霊だったわけだが。
ジュノはステッキで掌をぽんぽんと叩きながら「ではそろそろ始めても?」と笑顔できいてくる。なんとなくだがちょっと苛々し始めているようだ(ザマァミロ、とルーシィは思った)。


「待たせて悪かったわね……っと。やっぱもーちょっと待った」


言って、ルーシィはグローブを外す。
ギルドの紋章を隠す必要はなくなった。ならばこの誇りは晒すべきだ。
自分からも他人からもよく見えるように、あえて目立つここに――手の甲に付けたのだから。


それからきちんと上まで締めてあったブラウスの胸元を一気に第三ボタンまで緩め、豊かな胸を露にする(本当はずっと苦しかったのを我慢していたのだ)。
ついでに膝丈スカートの脇を裂いて、いつもの動き易い格好に近付けて、よし、と鞭を握った。


「おお〜」


色めき立つ男たち。それまで清楚だったメイド服がみるみるセクシー系に改造されたことがたまらなかったらしい。
それらににっこり笑ったルーシィは、軽く胸を強調するようなポージングをして、さらにはキュートにウインクなんて飛ばしてみせて――ニヤリと笑った。


「――開け、金牛宮の扉!」
「MOーッ!」


開かれた“扉”から大きな猛牛が勢いよく飛び出した。


「なっ!?」
「ぐわっ!?」


猛烈な突進によって無防備だった何人かが撥ね跳ばされる。
完璧な不意打ちだ。「卑怯な」と今のに巻き込まれなかったらしい(残念)ジュノが顔を歪めたが、知ったことか。
ずっと前から闘いは始まってる。ルーシィを馬鹿にした時点から、星霊界で星霊たちの苛立ちは溜まっているのだ。


「タウロス、やっちゃえ!」
「MOー!」


彼が斧を振るうたびに人が軽々飛ばされいく。
普通の人間ならひとたまりもない。


見たかジュノ、これがアンタの馬鹿にした私の“仲間”よ!


ルーシィが誇らしげに笑った次の瞬間。
吹き飛ばされた全員がしっかりした足取りで立ち上がり始める。


「あっ……」


そうだった、とルーシィは思った。
魔導士は魔法を使う時点でもう“普通の人間”ではない。タウロスの攻撃をそれぞれ魔法で相殺だってできてしまう。
たかが盗賊の討伐とはわけが違う。これは魔導士の<ギルド>を相手にした戦い。簡単に終わるなんて思ってはいけなかったのだ。


とはいえやはりタウロスの攻撃を受け切るとはこの<ギルド>、個人の力量も相当なもの。
さっきまで「萌えー」だの言ってたくせに、魔法での反撃を始めれば顔付きも変わっている。


ならばそんな力量も何も関係なくするまで。
そのためにはまず――


「――ルーシィさん」
「え?」


不意にルーシィの前を蹴散らしていたタウロスが振り向いた。
斧で魔法を弾き飛ばし、ニヤリと武骨に笑って言った。


「一緒に闘ってくれますかな?」
「あーうん、闘ってあげるから目を見て言いなさいね。乳じゃなくて」
「MOー!こりゃ1本取られましたぞ!」
「だから目を見ろってのよコラ牛!」


ツッコみながら不意に襲ってきた剣先を鞭の柄で受け止める。
まったくこのエロ星霊!胸を開けたのは失敗だったかしら!――なんてぶつくさ言いながら、ルーシィの口元には自然と笑みが広がっていた。
タウロスとは長い付き合いだが、こんなことを言われたのは初めてだ。
だったら応えてやらなくちゃ――


「なんないわよね!」
「なっ」


近くに転がっていた椅子を蹴る。
慌てて剣を引き、椅子を避けようとした男の横っ面に鞭を叩き込んだ。


「ルーシィさん!」
「後ろはいいから前を――外へ出る道を作って!」
「わかりましたMOー!ルーシィさんの乳のために!」
「最後の余計!」


明確な指示を受けたタウロスは誇らしげに笑い、扉に向かって一直線に突き進む。
立ち塞がるものは容赦なく蹴散らす、大砲のように。
その間無防備になる背中を守るのはルーシィの役目。一緒に戦う、ルーシィだけの役目だ。


「MOー!」


ドーンと爆発するような音がした次の瞬間には、外の光が入ってくる。
タウロスが扉を破壊したのだ。


ルーシィは鞭を打ち鳴らして追っ手を牽制し、扉を目掛けて駆け抜ける。
「ありがとう!」とタウロスに目配せしながら外に一歩踏み出した瞬間。


「ルーシィさん!」
「えっ……」


いきなりタウロスの巨体がルーシィを抱え込んで身を捻る。
その刹那。
大きな背中が爆ぜた。


「タウロ……!?」


目を見開くルーシィを安心させるように、タウロスはニヤリと笑った。


「な……ナイス乳でした……!」
「アンタは最後まで乳か!」


消える間際にツッコミながら、顔を歪める。
ごめん、痛かったよね……!
私がもっと周りを見ていれば、今のにも対応できたのに!


迂闊な自分への後悔は一瞬しか許されない。
空には今の魔法を放ったらしい巨大なクラゲのような物体が浮遊している。半透明でプルプルしたそれ。
何かの魔法だろうか。うわーなんか妙な魔法――


「っとぉ!?わ、わっ!ひえっ?」


なんてぼんやり考えている場合でもなかったようだ。
頭上に浮かぶクラゲから次々に発射される光の刃。その中を壁伝いにまろぶように走り抜けながら、鍵を取り出した。
こんなものが頭上にあったらあの場所まで走り切れない。だったら――


「――ひ、開けっ、人馬宮の扉!」
「お呼びでしょうか、もしもし」


ピシッといつもの敬礼を決めてくるサジタリウスに。


「っだあああ避けなさいっ!?」
「もし!?」


ルーシィは自身も転げながら鋭い足払いをかけた。バランスを崩したサジタリウスの頭のかぶりものを掠める刃は近くの木に被弾し幹をえぐる。
状況を理解したサジタリウスは地面に転げた無理な体勢のまま矢をつがえて次々に放つ。
たとえどんな体勢であろうと関係ない。弓の名手であるサジタリウスの矢は浮遊するクラゲを見事に貫いた。


「やっ……うわわわ!」


歓喜の声を上げる間もなく、クラゲだった物体が破裂した。四散するゼリー状の物体。
どんな成分かもわからないそれは、ルーシィの身体を綺麗に避けて地面に落ちた。サジタリウスが主と自分に当たるものだけ矢で打ち抜いたのである。


「ありが……」と言いかけて、ルーシィは周囲の光景に息を飲んだ。
隙なくルーシィを囲む人の壁。整然と、その何十人もが一枚の壁であるかのように。


ああそうだ、中に居たのは20人ほど。その20人も戦闘不能にした数はたかがしれてる。
その上この<ギルド>にはまだ残りおよそ30人が――


「……30人?」


ずらーっと並ぶ壁に目を走らせた。
いやいや待てよ。
これはどう考えても。


「70は居ますな、もしもし」


真面目なサジタリウスが代わりに呟いた。嘘でも少なめに言って欲しかったわ、とルーシィはげんなりした。
よく見れば中に居た連中も混ざっては居たが、それでも予定よりもプラス20というのは大きい。


魔導士1に対して魔導士70。
これのどこが最弱お荷物に対する扱いだっていうんだかなぁ。
ルーシィの口から乾いた笑いが漏れる。


その時、一斉に、ざっ、と音を立てて包囲が狭まった。
足並みを揃えて、まるで号令でもあったかのように――“号令”?


「ルーシィ嬢」
「え」


呼ばれてサジタリウスを見る。
その星霊はルーシィの目を真っ直ぐ見ながらピシッと敬礼した。


「それがしと一緒に戦っていただけますな、もしもしっ」
「……へ?」


それは先程タウロスにも言われた言葉。そういえば……、と一週間前にもバルゴに同じようなことを言われたのを思い出す。


まさか呼び出す度全員コレを言ってくれちゃうつもりじゃないだろうか。
アイツに言われたかった――“私”を認めてくれた証になると思ったこの言葉を。


「ぷふっ……」


そんなことを考えたらルーシィは噴き出してしまった。こんな切迫した状況だというのに声まであげそうになる。
なんとか一頻り肩を震わせるだけで我慢して。
直立不動で返事を待つサジタリウスに向き直り、ニッと笑った。


「こちらこそ改めてよろしく!」
「は、いえ……そっちはそれがしのかぶりものであるからして、もしもし?」


馬に向けて言えばサジタリウスからツッコまれてしまった。
まあわざとだけどね〜、と笑いながら、ルーシィは鍵を取り出す。


「え?ま、まさかそれがしはこれだけでありますからして、もしもしっ」
「いやだって乱戦になりそうだし」
「も、もしもし……」


しょぼーんとするサジタリウスに苦笑し、馬の鬣をポンと撫でた。


「ありがとうサジタリウス。言ってくれて嬉しかった。……また一緒に闘ってね」
「いやだからそれはかぶりものでありますからして……」


やっぱり馬を見ながら言えば、ぶつぶつ言いながらも素直に閉門されてくれる。
互いの同意の閉門は強制閉門より魔力の消費が少ないのだ。


サジタリウスを笑顔で送って。
ゆっくり笑みを消しながら、まだ誰一人かかってこようとしない――“号令”がないのかもしれない――歪み一つない壁に視線を移す。


違和感ばかりの<ギルド>。
ルーシィはなんとなく、その正体に気付きはじめていた。











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