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Option1【L】[KLM→→N]
このところのジュビアの仕事といえば、まだ名もない魔導士集団が闇ギルドとして成立し、<バラム同盟>の<枝>になる前に叩く、というものだった。
1度ふらりとギルドを出たら、にこにこ笑いながら<闇ギルドもどき>を5つ潰して戻る、というのが彼女の常である。


しかし、4つ目に向かう途中。
次に潰そうとしていた集団に、手配書の出回っている、ある意味で厄介な魔導士が紛れ込んだ可能性があると言う情報を仕入れたのだ。
そのため念を入れたジュビアは、ギルドマスター・マカロフの指示を仰ごうと一旦ギルドに帰還した。




マスターから噂の真偽を見極めるための調査員に選ばれたのは、ルーシィだった。


「ルーシィになら出来ると思うんじゃが……行ってくれんかのう?」


それは、マスター直々の頼み。
以前のルーシィならば、無理です、と即萎縮していたことだろう。
しかし最強チームとして実力のついた実感もあるルーシィは、少し迷いながら、


「少し、考えさせてください」


とだけ答えた。


翌日。
ルーシィはすごく個人的な――でも、ルーシィにとって命を懸けるに値する理由で、その依頼を引き受けることになった。





――そして、その決断から6日が経とうとしている今。


ルーシィは、


「はーい、ビール3人前でーす!」


よく冷えたビールをあくせくと運んでいた。






Option1





マグノリアから街道に沿って北西にずっと進んだ先に、それなりに栄えた商業都市がある。
その街から街道をさらに北に進み、途中脇道に入って10分程歩くとそこには廃墟が1件。


廃墟、と言っても貴族が使っていた別荘か何かだったのだろう。人が使ってなかった時間が長かったせいで所々劣化が見られるものの、造りはしっかりして、未だ富貴な威厳と威圧感を放つ。
大きさは以前のフェアリーテイルのギルドほどもあり、屋敷、と称しても何ら差し障りはない。


そして、そこがまだ名を持たないはぐれ魔導士の集まり――<闇ギルドもどき>の本拠地になっていた。


「おーいメイド!酒がきれたぞぉ!」
「はいはーい、ただいまー!」


ルーシィはキャピキャピ笑顔を振り撒きながら――多少引き攣ったのはご愛嬌――トレイに乗せたビールを運ぶ。
その屋敷の広い玄関ホールは、<闇ギルドもどき>の酒場になっている。ルーシィは現在、得意のコスプレ(というのはルーシィ的に断固否定したいが)で潜入中なのである。
実際、メイドを思わせる濃紺の膝丈ワンピースと白いエプロンの給仕服――廃墟とはいえ貴族の無駄に豪奢な屋敷によく似合うそれを、ルーシィは見事に着こなしていた。


私ったらこーんな服まで似合っちゃうわどーしましょオホホホこの可愛さアイツにも見せてやりたいわねぇ……あーでもあの朴念仁には無駄かー前も似たようなの着たけど可愛いなんて絶対言ってくれなかったものね……いやでも今とはまた違うし何よりこの魅力だしもしかしたらもしかしたりするかも〜なんちゃってきゃあああ――だのと、ニヤニヤしていられたのも初日だけ。


「遅い!次はこれを運べメイド2号!」
「は、はいはーい」
「はいは一回!」
「はいぃっ」
「語尾を延ばすな!歯切れよくっ!」
「〜〜〜っ、はいっ!」


それからは<闇ギルドもどき>の調理担当の男――鬼教官とこっそり呼んでいる――にこき使われる日々で妄想どころではなかった。


「ふわっ……!?」


慌てて振り向こうとしたルーシィはうっかり椅子の足に躓いてしまった。
倒れる――前に。
がし、と力強い細腕が後ろから腰に回る。ついでに空中に舞った空のグラスをもう片方の手で掬い上げながら、


「お気をつけ下さい、姫」


一緒に潜入したメイド1号ことバルゴは淡々と言う。


「あ、ありがとうバルゴ。……でも姫じゃなくて今は“ルーシィ”ね」
「はい。ひ……ルーシィ」


ルーシィに嗜められて、まだ慣れないながらもバルゴは言い直す。今は同僚なのだから姫呼びは禁止中なのだ。
バルゴは相変わらず淡々と無表情に、しかし手際よく仕事をこなすため、今や鬼教官のお気に入りとなっていた。


「これは私が片付けます」
「うん。ありがとう」


空のグラスをバルゴに預け、ルーシィは鬼教官に運ぶよう頼まれた紅茶を運び始めた。
そう、ルーシィたちは魔導士と星霊という立場を隠し、一般人の住み込みお手伝いとして雇い入れてもらったのだ。
幸い部屋はたくさん余っていたし、鍵付きで安全。
何より――


「お待たせしました、ジュノ様」
「ああ、ありがとう」


このギルドでも一目置かれる存在で、ルーシィの標的でもある指名手配の男――ジュノ・アルベルジェが真っ先に口利きをしてくれたおかげなのだ。
貴族然とした仕立てのいいスーツに、恐らく保持系魔法の媒介なのであろう気取ったステッキ。他に特徴といえば猛禽類を思わせる目と、豊かな口髭といったところだろうか。
魔導士というより、どちらかといえば、昔――ハートフィリア財閥令嬢として嫌々出席したパーティでよく見たようなそんな外面。


ちなみにこの男、見た目だけではなく、物腰も態度も、かなりの紳士なのである。
因果なことに標的の彼が認めたおかげでルーシィは無事潜入ができ、<闇ギルドもどき>という荒くれ者の中でもこうして平穏無事に過ごせているのだ。
そしてその上。


「今日の分の給料は調理のシュウくんに渡してあるからね」
「は、はいっ、ありがとうございます〜!」


日払い契約のお給金も弾んでくれるステキなおぢさまときたもんだ。
そんなときルーシィはちょっぴり任務も忘れかけ、つい本気ごろにゃ〜んな笑顔になったりする。
それも仕方がないだろう。この6日で家賃1月分+生活費を軽く稼いでしまえたのだから。


「――また何かございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」


懐を温かくしてくれ、更にはこの任務の成功を自ら引き寄せてくれたジュノに。
ルーシィはそれはもう心の篭った、丁寧で優美な一礼をしてみせた。




* * *




――ルーシィたちに与えられた任務は単純だった。
<闇ギルドもどき>に潜入し、標的の存在の有無を確認。
確認できたらフェアリーテイルに連絡し、闇ギルド潰しのスペシャリストことジュビアとガジルが駆け付けるという手筈だ。
送り出すのは最強チームの3人+1匹にしようかとマカロフは言ってくれた。だがルーシィが断ったのだ。チームでの仕事にはしたくなかったルーシィの我が儘で。


3日ほど前にギルドに連絡してから、ジュビアとガジルがそのまま乗り込んでくるぱずだった。
なのに2人が向かっている途中、標的がいきなりギルドを留守にしてしまったのだ。そのため、2人には近くの街で待機を続けて貰っている。


そして標的が帰還した今。
ルーシィは2人と連絡を取るタイミングを見計らっている最中だ。
決して、もーちょっとここでお小遣い稼ぎしたいな〜なんて思ってはいないのである。……ちょっとしか。




* * *




しばらくすると酒場ががらりと空いて、朝から働き通していたルーシィとバルゴは3時間ぶりに休憩を貰えた。
まだ皿を片付けていたバルゴに、いつもの勝手口に行っていると目で合図し、ルーシィはちらりと急激に人影のなくなった酒場を見た。


いつもこの酒場は人が居るか、もしくは誰も居ないかのどちらか。常に誰かしらがたむろするフェアリーテイルでは考えられない人の流れである。
不思議に思ったルーシィが観察してみると、この<闇ギルドもどき>の男たちがいつも10人単位で行動していることに気が付いた。魔導士の組むチームにしては多過ぎだ。


さらに妙なことといえば、この<闇ギルドもどき>の人数はおよそ50人。すでにかなりの規模なのに、まだ<枝>にも昇格していないのもおかしな話。
普通出来たばかりの“集団”ならば結束を固めるためにも自分たちの“集団”――<ギルド>に名前を付け、さらに自由に動き回るためにも強大な力の庇護下に入りたいものだろう。


何かがおかしい。
この<ギルド>には違和感がある。


が。


「ま、それも今日限りだし〜」


思考をあさってに放り投げ、ルーシィはちゅっ、と今日の分のお給料(前払い)の入った封筒にキス。くるりと軽やかにターンして勝手口の段差に腰を下ろし、立ち仕事で疲れた足を投げ出した。


そう、この後ジュノが帰ったことをジュビアたちに連絡するのだ。そうしたらこの<ギルド>は壊滅。それを見届けてルーシィの仕事は終わり。
帰れるのだ、ギルドに。
仲間と――アイツの待つ場所に。


会いたい。
何度もそう思っては意地で耐えた。アイツもきっとそう思ってくれてるはずだ。私が折れてどうする、って。


でもこれで会える。うまくいけば今日の夜には。
ああんでもでもー、こんなに長く離れたのなんて初めてだしぃ、頭の中で美化されてて会った瞬間がっかりしたらどうしよぉぉおお――


「お待たせしました」


にへにへしていると、バルゴがカップにお茶を持ってきてくれた。ここでは給仕の人間でさえ水以外も自由に無料で(感動)飲めるのだ。
給料袋をしまい、「ありがとう」とそれを受け取って、ふと気付く。


「バルゴ、顔色悪くない?」
「そうでしょうか?」


バルゴは無表情で小首を傾ぐ。
バルゴの肌が白いのは元々だし、表情も変えないコだったため、今まで気付かなかった。
連日呼び出してるからかしら……?と思ったルーシィが「無理しちゃ駄目よ」と言えば「はい」と頷き、ルーシィの隣に腰を下ろす。
そして、


「でも原因はこれではないかと」


どこからともなく焦げ茶に金の箔押しされた高級感ある装丁の本を差し出した。


「? 何これ?」
「連日徹夜でしこしこ作ったアルバムです」
「アルバム?ってかアルバムなのに写真じゃないのね」
「経費削減です」


あらまあ私と同じ金銭感覚が身について、と苦笑したルーシィはお茶をすすりながらアルバムをめくる。
そこかしこに黄色のクレヨンでぐりぐり描かれた、5才児落書きレベルの棒人間。ねぇ実は私のこと嫌いでしょ?と問い質したくなるくらいぐりぐりと描かれたそれには見覚えがあった。
ジェミニの書いたルーシィ、である。


「……ねぇ、これ、もしかして私のアルバム?」
「はい。『姫、ときどきメモリアル』、略してときメ」
「あーはいはい。なんでこの黄色の物体が私だってわかるか不思議ね」
「姫ならどんな姿でもわかります。すなわち愛」
「シェリー!?」
「これなんて最高に可愛い絵なんですよ」
「えー?どれよ」


どれも同じに見えるー、とげんなりするルーシィにバルゴの示したそれ。
どこまで行っても上達の見えない黄色いクレヨンの棒人間に加え、初めて現れたピンクのクレヨンの棒人間。
それらはやけにくっついて、その顔らしき丸い一部が触れ――


「タイトルは『姫、はじめてのちゅ」
「っきゃああああああ!?」


真っ赤になったルーシィは思わずそれを地面に叩き付けていた。本好きにあるまじき暴挙であるがこの際気にしない。
思わずついでに踏み付ける。おおっと足がすべったー!な勢いのくせして、そのページのピンクの部分だけをパンプスのヒールで重点的に。
ルーシィの投げ出したカップをあっさり受け止めていたバルゴはしかし、顔色一つ変えない。


「なんの。それは複製です」
「複製って何!?」
「本物は今ごろ回覧板として皆に」
「やーめーてー!?ってか本当に回覧板て何なわけ!?」


なんてじゃれあいをしていると、


「――おぉい、酒はどうした!」


ホールから怒鳴り声。
きょとん、とルーシィはバルゴと顔を見合わせた。この時間に誰も来ないのはこの一週間弱で決まりきっていたことだったのだが。
怪訝な顔をしてルーシィがホールを窺うと、再び“10人”の団体――ではなく、3人の男が勝手にテーブルについていた。どれも見たことのない顔だ。「姫、私が……」と対応を申し出たバルゴを「いいわ。バルゴはもう少し休んでて」と再び座らせた。


「この後バルゴには連絡係やってもらうんだから」
「しかし」
「そーれーとっ」


ちょん、とルーシィはバルゴの額を人差し指で突いた。


「ルーシィ、ね?」
「………」


バルゴはきょとりと一回瞬いた。
それから何を思ったか軽く握った拳を顎に当て、


「きゅん」
「……何その『きゅん』て」
「胸の高鳴りです」
「いや意味わかんないんだけど」
「後でジェミニにこの『姫、しもべと戯れる』のワンシーンを描いてもらってもよろしいでしょうか」
「あーはいはい好きにしてー」


ルーシィは苦笑しながら、未だ『きゅん』ポーズを続けるバルゴを残してホールに向かった。





* * *




「お待たせしましたー」


ルーシィが精一杯の愛想を振り撒きながらビールを運ぶと、その愛らしい笑顔ではなく、豊かな胸やくびれた腰に3人の男たちの嫌らしい視線が纏わり付く。
そんな視線で見られることはこの酒場で働きだしてから何度となくあった。しかし、ジュノの指導のおかげか、不埒な真似をされることは今までなかった。
だからルーシィはいつもの通り視線を軽く流してビールをテーブルに置く。
すると、


「へぇ、メイドかよ」
「きゃっ!?」


ルーシィの腰に男の腕が巻き付いた。
油断していたルーシィは簡単に男に捕まって、抱き寄せられてしまう。
瞬間。


「――………」


心配したのか顔を覗かせていたバルゴの目の色が変わるのがルーシィの目に入った。
かつかつと無言でテーブルまで歩み寄ってきた星霊をルーシィは視線一つでギリギリ縫い止める。


バルゴは魔法なしで男をどうこうできるような力を持つ星霊ではない。ルーシィを助けるならば魔法を使うしかないだろう。
それだけはいただけない。魔法なんて使ったらこの6日間が台なしだ。
だから、ルーシィは身体に這う悍ましさを我慢して、


「ごめんなさーい。今お仕事中なんです〜」


決して相手が不快にならぬよう、ニコッと笑い、男の手をそっと押し退ける。
アイツが居なくてよかった、と考えることでぐっと耐えながら、ルーシィは男の手を擦り抜けた。こんな男に媚びるような情けない姿、アイツにだけは見せたくない。
男は「っだよ、つれねーなぁ」とはぼやきながらも、それほど気分を害したようではなさそうだ。


「お、じゃあこっちのねーちゃんはどうだ?ん?」


ニヤリと嫌らしく笑ったもう一人の男が近くに立つバルゴのスカートの中に手を伸ばした。
バルゴは表情ひとつ変えず、その手を見下ろし――



ガン!



「ってぇ!?」


その手首が叩き落とされた。ルーシィの振り下ろした、銀のトレイでもって。
誰よりも先にバルゴが目を丸くしてルーシィを見たが、ルーシィはバルゴのほうを見なかった。


「――バルゴに何すんのよ」


意志の強い鳶色の瞳は、バルゴに不埒な真似を働こうとした男に向けられている。
凛然と、しかし、殺気さえ放って。


「こ、このアマ……!」
「何よ文句ある?」
「あ゙ぁ゙!?」
「ないわよねってゆーかないって言いなさい。セクハラしようとしたアンタの自業自得なんだから」
「このっ……!」


ルーシィの辛辣な発言で男が腰の魔法銃に手を伸ばす。
仲間の悲鳴を聞いた瞬間から腰を上げ、今にもルーシィに飛び掛からんばかりに目をぎらつかせていた残りの男2人も同時に魔法のモーションに入ろうとする。
今度こそバルゴが動こうとした、その時。


「――きみの負けだよ、ロジェーラくん」
「ジュ、ジュノさん!」


ジュノだった。
パンパン、とルーシィに気取った拍手を送りながら、半ばで左右二股に分かれた豪奢な中央階段を下ってくる。
どうやら吹き抜けになっている2階からこの経緯を見聞きしていたらしい。
ジュノの登場にロジェーラと呼ばれた男を含めた3人は、すぐに気をつけの姿勢を取る。


「喧嘩とはいえ一般人に魔法を使うのはあんまりじゃないかな?もちろん、女性に手をあげるのも紳士的ではないがね」


ジュノはひょいっと肩を竦める。
わざとらしい芝居がかった口調と仕種。ジュノはそういうのが紳士っぽいとでも思っているのか、こういった小芝居が大好きなのである。
「一般人?」とロジェーラが呟くと、「ああ、そうか」とジュノは大袈裟に頷いた。


「まだ入ったばかりの君たちには紹介してなかったね。このお嬢さんたちはルーシィくんとバルゴくん。この<ギルド>の酒場のお手伝いをしてもらっているお嬢さん方だ。まあつまり……」


くるりと軽やかに回したステッキの下先端部をロジェーラの額に向ける。それはまるで握手を求めるかのように何気ない動作。
気圧されたというより反射的に、ロジェーラが微かに身を退け反らせた瞬間。
チャキ、とステッキの先端から飛び出す銀の刺。
それは眉間に刺さる数ミリ手前でピタリと止まる。まるで彼が下がることも計算していたかのように。


「――つまり、このお嬢さんたちは君たちなんかの相手をするために居るんじゃないんだよ。わかるね?」


丁寧な口調と張り付いたように完璧な紳士的な笑み。
なのに、ジュノの鋭い目が赤く光ったように思えた。
向けられてないはずのルーシィまでもがぞっとするくらい、冷ややかに。
それを真っ直ぐ向けられたロジェーラはひっと喘ぐように喉を鳴らす。


「も、もうし、わわけ、ありませ……」
「ふむ、私に言われても困るね」
「も、申し訳ありませんでした!ルーシィさんバルゴさん!」
『申し訳ありませんでした!』


男たちがルーシィたちに深々と頭を下げる。
それを見てジュノは「それでいいんだ」と優しく――しかし猛禽類の目はそのままに優しく微笑み、男たちの肩を叩いた。


「さあ、もう行きなさい。君たちの仕事があるぞ」
『は、はい!』
「ああでもビールは頂いて行きなさい。折角お嬢さん方が用意して下さったんだからね」


ジュノに返事をし、男たちがビールを飲み干して酒場を出るのを見送った時にはもうすっかり我に返っていたルーシィは、バルゴと共にジュノに丁寧に頭を下げた。


「ジュノ様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「なに、いいんだ。私が最初に彼らに指導するのを忘れたの悪いんだからね」
「しかし……」
「いや、本当に」


ジュノは目を細めて苦笑する。


「君たちは、そんなことのために雇ったわけではないんだから」


途端、ルーシィは怖気立った。
それは決して“女”を見るような色の含まれた視線ではない。
どちらかといえば先程の――そう、まるで獲物を前にした猛禽類のような。
思わずルーシィは「ほ、本当にご迷惑おかけしました!」と深いだけのお辞儀をし、そのままバルゴの手を取って逃げるように裏口に走った。


とにかく今はあの嫌な目から離れたかった。
そして、この仕事を終わらせて――いつもの<ギルド>に、フェアリー・テイルに戻りたかった。どうしてか、たまらなく、無性に。






慌ただしいメイド二人を紳士の微笑を貼付けたまま見送りながら、ジュノはそっと呟いた。


「――そう、そんなことのためには、ね」


どこか恍惚の混じったそれはルーシィに届くことはなく、静かすぎる酒場に消えた。





* * *







ジュノから逃げるように酒場を出て調理場を抜ければ、いつもの勝手口。
あの視線を逃れることができたルーシィは息をつき、それから漸く我に返る。
自分の犯した、もろもろの失態。
「あーもうっ」と乱暴に毒突いて、ここまで手を引いて来たバルゴを振り向いた。


「ごめんバルゴ!やっぱり我慢できなかった!」


拝むように謝る。
バルゴに男の手が伸ばされた瞬間、ルーシィの身体は勝手に動いていたのだのだ。
自分はいい。でも友達に――“仲間”に手を出されるのは許せない。
後先を考える余裕なんてなかった。どこかの誰かみたいに、頭に血が上ってしまったのだ。
バルゴは反省するルーシィを見ながら、「いえ」と頭を振った。


「あの男たちがあれ以上姫に無礼を働いていたら、私も我慢できていたかわかりません」
「バルゴ……」


なんとなくだが、この星霊のことだ、あの男たちに何をされてもきっと無表情で我慢してしまうような気がした。むしろルーシィから気を逸らせるならば……なんて、そんな困ったことを考えたかもしれない。
主人思いの優しいいいコなのだ、バルゴは。


あの時は仲間に手を出されたことが純粋に許せなかっただけだが。
――護れてよかった。
今更ながら心からそう思った。
ルーシィが安堵して微笑むと「それに」とバルゴはルーシィの手――そういえばまだ繋いだままだった――を両手で包んだ。


「私、ときめきました」
「…………は?」
「姫……いえ、お姉様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「いやいやいやいや」


淡々と何ぶっこいてんだこの娘は。ルーシィは引き攣ったように笑った。
しかし何故だろう。感情の無いバルゴの瞳がキラキラうるうるして見える。なんかこう、ぽわわーんと背景にピンクのお花畑が……いや気のせいだ気のせいに違いない。
自分に言い聞かせながらルーシィはやけにしっかり握られたバルゴの手をどうにかこうにか解かせる。
妙な空気を払うように咳ばらい。


「え、えーとじゃあ今から連絡に向かってくれる?」


大所帯のこの<ギルド>は酒や食料品の消費が激しいため、3日1回馬車で街に買い出しに向かう。それがなんとも絶妙なタイミングで今日。
どういうわけかこの周辺では魔水晶が使えないため、取れる連絡手段は限られているのである。つまり、手紙ないしは直接的。今までもそうやって連絡を取り合っていたのだ。
バルゴはピシッと頼れるメイドの姿勢を取り、「わかりました」と頷いた。


「このまま私は街へ行き、ジュビア様とガジルに連絡を取ります」
「うん、お願……あれ?なんでガジルには様つけないの?」
「はい。私、あの方嫌いなので」
「…………あ、そう」
「お仕置きですか?」
「い、いや、そんなことはない、けど……」


バルゴみたいな星霊でも好き嫌いってあるのね、とルーシィは思った。
やっぱり顔かしら?凶悪な面構えだもんねー。生理的に受け付けないのかも――とか考える辺りガジル(と書いて天敵と読む)に対してはなかなか容赦のないルーシィである。


「あの方は……」
「え?」
「ガジル・レッドフォックスは以前姫を傷つけました。大嫌いです」


いつも通り淡々と零したバルゴの呟き。
なのにまるで幼い子供が気に入らないこと対してむくれているようにしか見えない。
なんだか無性に可愛く思えてしまい、ルーシィは困ったように笑った。


「それでも今は私の大事な仲間よ。好きになれ――とは言わないけど、あまり嫌わないであげてね」
「………」


ルーシィが宥めるように言うと、バルゴはしばらくむっつり黙り、


「……わかりました。ではガジルくんと呼ばせていただきます」
「う、うん。好きにすればいいんじゃない?」


ああまたツッコミ所満載な呼び方が……とは思ったが、まあいいかと苦笑する。
ルーシィだっていろいろ最悪なことされたのは記憶に新しいし、ガジルがフェアリー・テイルに入ってから会うたび血圧を上げられてばかりのような気もする(そして噛み付いてもたいてい無視される)。
でも、仲間だ。
今回のいろいろ制限のある<闇ギルド>討伐も、面倒臭そうに――でも、ジュビアと二人でちゃんと引き受けてくれた。
ジュビアもガジルも――もちろんバルゴだって同じ、信じられる“仲間”だ。


「それでは料理長に許可を頂いたらすぐに街に向かいます」
「よろしくね、バルゴ」


そこでバルゴはルーシィの右手を取った。


「――姫、私が居ない間はどうか気をつけて下さい」
「うん。わかってるわ」
「本当ですか?」
「大丈夫よ。――信じなさい、バルゴ」


笑って、あいた手で頭をぽんと撫でてやった。
するとルーシィを真っ直ぐ見詰めながら、


「――はい」


バルゴは力強く頷いた。


「信じてます、お姉様」
「……姫と呼びなさい」
「お仕置きですか?」
「しません。ってゆーかそのピンクの空気をつくるのやめなさい」
「お仕置きですか?」
「しーまーせんっ!」


やけにがっちり握ってくる手を根性で振り解く。この星霊は本気なのかギャグなのかわからないから怖い。
息を調えたルーシィは改めてバルゴに向き直った。既にきちんとした姿勢に戻って主の言葉を待つ星霊に、穏やかに微笑む。


「じゃあ、バルゴも気をつけるのよ?」
「――はい」


どんなに茶化しても、遊んでも。
結局、優しい主に心配してもらえるのが何より嬉しい星霊は、ニコッと笑って丁寧な一礼。


「行って参ります、姫」
「うん、いってらっしゃい」


この一週間一度も見なかったその笑みに、やっぱりバルゴはむくれてるより笑ったほうが可愛いのよね、とルーシィは苦笑した。




* * *








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