Mature+【N*L】
「好きだよ」
って告げた瞬間。
ナツが戸惑いの色を見せたから、
「――“仲間”だから」
を加えた。
ずるいなぁ。
これじゃあナツとまるっきり同じ逃げ方だ。
でもいいんだ。
ただ、私だけを見て欲しかったからした告白だったんだ。
また、ナツが“誰か”を見てる顔してたから。
遠くに感じて怖かったから。
ナツの気を引くためだけにしたんだ。
なぁんだ。
やっぱり私が1番ずるいなぁ。
Mature+
「――………」
ふと、ルーシィは歩いて来た道を振り返った。
ナツの声が聞こえた気がしたのだ。
しかし当たり前のように鮮やかな桜色は見えない。
ルーシィは苦笑した。追ってくるわけがないとわかっていたのに。
ちゃんと“約束”、したのだから。
不意に、透明な風がルーシィの髪を掠う。金色の一房が唇をくすぐった。
ああそういえば、とルーシィは唇を指でなぞって、
「……キス、しちゃったな……」
ぼんやりと呟く。
その行為は、互いの熱を感じる間もないくらい、ほんの刹那。
でも、存在を感じるには十分だった。
“私”とか、“誰か”とか、そんなの全部吹き飛んで、世界がナツ一色になるくらいに。
それにしても。
やはり自分は雰囲気に流されやすいタイプらしい。以後気をつけねば、だ。
ファーストキスだったのにドキドキとかしてる暇なかったわ、なんて考えたらいまさらドキドキし始めて困る。
まあ、仕方ない。
私まで鈍くなるのも当然だ。
初めてが、あの救いようのないほど鈍いナツだったんだから。
そんなナツを、好きになっちゃったんだから。
「――よしっ」
ぺちぺちと頬を打って気合いを入れたルーシィは、金色の鍵を取り出した。
「――開け、処女宮の扉!」
“扉”を開いたルーシィに応えて現れたのはメイド姿の少女。
表情の無い整った顔立ちに、「お呼びでしょうか?」と事務的なまでに淡々とした口調。姿勢は折目正しくピシッとメイド立ち。
相変わらずな処女宮のバルゴに、ルーシィは早速切り出した。
「バルゴ、手伝って欲しいことがあるんだけど」
「はい。何なりと」
「あなた1日何時間こっちに出られる?」
「地面を掘る魔法さえ使わなければ9時5時で大丈夫です」
「ど、どっかの何かみたいね……」
「お仕置きですか?」
「しーまーせんっ」
いつものやり取りをして、今回の仕事の内容を掻い摘まんで説明する。
ナツたちが居ないことも、きちんと伝えた。
「……では、護衛というわけではないのですね」
「いざとなったらそうなるかもしれないけど……でも今回はフォローってところかしら」
何しろ相手は集団だ。詳しい数はまだわかってないが、20やそこらではきかないはずだ。
そうなるとルーシィ1人では目が隅々まで届かないかもしれない。
頼れる協力者が必要だった。
「それならば私よりこちらに慣れた者が居ると思いますが」
「ロ……レオのこと?」
「はい。姫にもあまり負担をかけずに丸1日人間界で過ごせるのでは」
「それは……」
ふと。
――ロキを頼るくらいなら……
ルーシィは思い出しかけて、苦笑。
今はそんなこと関係ないわね、と頭を振った。
「でも女のほうが油断誘えるわ。……その分バルゴには危険あると思うけど」
「私は平気です。死にませんので」
「――バルゴ、そういう問題じゃないでしょう?」
ルーシィは低く唸るように咎めた。
星霊は確かに死なない。だからといって、“仲間”を物のように扱うような発言は認められなかった。
相手が誰であろうと――例えそれが、星霊本“人”の言葉だとしても。
「申し訳ありません」
すぐに失言に気付いたバルゴはルーシィに深々と頭を下げた。
そのまま、じっと上がろうとしない頭に、「あ……違うのよ。怒ってるわけじゃなくて……」とルーシィが慌てて弁明すれば。
「はい姫。心配して下さってありがとうございます」
顔を上げたバルゴはいつもの無表情で――しかし、どことなく温かい声のトーンで姿勢を正した。
そんなふうに素直に礼を言われると、なんだか照れ臭い。
ルーシィはわざと背を向けて、「じゃ、じゃあ後でまた呼ぶね」と一度閉門しようとして。
「姫」
「ん?」
呼ばれて振り向いたルーシィに。
バルゴは胸に右手をあて、もう一方でスカートを摘み。
まるでダンスでも申し込むような美しい一礼をして、告げた。
「――私と一緒に闘ってください」
ずべっ。
ルーシィは思わず足を滑らせた。
そのフレーズには聞き覚え――というか、言い覚えがあった。しかもまだ30分かそこらしか経っていないほど、言いたてほやほや。
「あ、あんたそれ……」と酸欠の金魚がごとく口をぱくぱくさせるルーシィに、バルゴはニコリともせず、
「はい。ナツ様に言って欲しいのはわかっているのですが、私からも言っておきたくて」
「え、あの、だって……」
「私たちは頑張れば鍵からこちらの様子がわかるのです」
「そっ……」
それはつまり。
と、いうことは。
「姫」
バルゴは表情も変えず、器用にパントマイムで壁をつくって。
そこから顔を覗かせるような動作をして
「家政婦は見た」
「っきゃああああああああ!?」
事実を頭で理解した瞬間、ルーシィは絶叫していた。
あんなの見られてたなんて信じられない。あんな……あんな超恥ずかしいところを!
あわわわと悶えるルーシィへ、「あの時の姫はカッコよかったです」というバルゴの抑揚に欠ける追い撃ち。
「いやぁああああ!?」とついに地面に崩れ落ちたルーシィは耳を塞いで全力でイヤイヤをした。
「感動したリラが今度歌にしてみせるそうです」
「やめてやめてやめてぇえええ!」
「私もあまりの姫の可愛さに台詞を事細かにメモ」
「しないでぇえええ!」
「絵にもしてみました」
「きゃあああ……って何それ下手くそっ!?」
「私ではなくアリエスの作品ですが」
「うわわごめんアリエス今の嘘!泣かないでね!」
「嘘です。ジェミニでした」
「ジェミニー!?ってゆーかままままさか皆が知って……!?」
「はい。今頃回覧板も回ってます」
「回覧板って何ー!?」
ルーシィは狂ったように喚き続けた。
ジェミニの5才児並の落書きはともかく、他のは何、とルーシィは思った。
メモとか回覧板とか。ルーシィの覚悟が星霊界で面白おかしくネタにされている事実。
何これ。何の拷問?
ってゆーか私のプライバシーは何処に?
「………」
「姫?」
急に黙り込んだルーシィをバルゴがやはり表情も無く覗き込む。しかしルーシィの目は虚ろで、目の前の星霊を映さない。
そうだ、死のう……。
呟いたルーシィは、ふらり、と夢遊病のように立ち上がり、近くの木に鞭を吊し始めた。
ごめんみんな私帰れそうにないここで死ぬわさようならー。
ブツブツ呟きながら鞭で輪をつくるルーシィの背後から「姫、気を確かに」なんて、元凶のはずのバルゴの細腕が巻き付く。
女のものとは思えない力で引き留めようとするバルゴに力無く抵抗しながら「無理。やだ。死ぬ。死んでやる」と完璧に心が折れたルーシィが首をくくろうとすると。
「ナツ様との“約束”はどうなさるおつもりですか」
「――ナ、ツ……?」
その名前に、最後の一線を踏み止まる。
ゆっくりと振り向いたそこで、バルゴは腕を解き、「そうです、姫」と頷いた。
「ほら、言ったばかりじゃないですか。『絶対にナツの隣に戻ってくるか」
「淡々と読み上げないでぇええ!?」
今度はルーシィがバルゴに縋り付く番だった。いつの間にやらバルゴが手にしていたメモ(ピンクのうさぎ型)を取り上げようと必死に腕を延ばす。
バルゴはスカートを翻し、華麗なステップでそれを躱した。
「『そしたらアンタは『おかえり』って一言言ってくれればい」
「あわわわやめてやめてやめてぇええ!?」
「あ、私のイチオシは『好」
「ぎゃあああそこは絶対駄目ぇええええええ!」
ひらりひらりとルーシィの追撃を躱しながら、あくまでも淡々と、ルーシィの恥ずかしい台詞集を読み上げるバルゴ。ルーシィは今にも死にそうな悲鳴をあげながらひたすら追い縋った。
――とまあ、そんなどうしようもなくくだらないやり取りを延々小1時間程続けた後の、主と星霊はというと。
「……あうぅ」
「………」
羞恥やら何やらでぜーはーと息を乱してへたり込むルーシィと、相変わらず汗一つかくことなく涼しい顔でピシッとメイド立ちしたバルゴの姿が、そこにあった。
長い戦いの末にバルゴから取り上げたメモをぐしゃりと握り潰したルーシィは、「あ、アンタって奴はぁ……」と肩で息をしながら呪うように漏らす。
「お仕置きですか?」
「お仕置きよっ!」
すかさず返して、キッと睨む。
バルゴは無表情でルーシィの視線を受け止めた。
そのあくまでも顔色一つ変えようとしない星霊に、
「お仕置きとして――」
ルーシィは睨んだまま、言ってやった。
「私と一緒に闘ってもらうからね!」
「………」
バルゴは数度瞬いた。
微妙に変わったバルゴの表情に満足したルーシィは跳ね上がるように軽やかに立ち上がる。
手や服を軽くはたいて、ニッと笑い、
「明日から毎日9時5時で限界時間一杯まで私と一緒に潜入!……ってことでよろしくね、バルゴ」
右手を差し出す。
それをまるで不思議なものでも見るように無言で見下ろしたバルゴは、やがて、再びルーシィに視線を移し、
「――はい、喜んで」
そっとその手を握った。
途端にバルゴの口元から、ふわり、と柔らかい微笑が広がる。
“友達”の見せた珍しい表情に、ルーシィは笑みを深くして「頼りにしてるからね」と、加えた。
「………」
バルゴは再度面食らったように瞬いて。
「はい、頑張ります」
また、嬉しそうに笑った。
>>【mature】
3[限定]熟慮した;慎重な,分別のある
(ジーニアス英和辞典より一部抜粋)
「調子に乗って申し訳ありませんでした」
手を放したら再び元の無表情に戻ったバルゴは頭を下げる。
ルーシィは「いいわよ、もう」と苦笑して、
「ってゆーかあんた私が許すってわかってて楽しんだでしょ」
「そんなことは」
「嘘付きー」
意地悪く笑ってバルゴの額を指弾する。
バルゴはきょとんとしてルーシィに弾かれた額を撫でた。
その幼い仕種がおかしくて、ルーシィはクスッと笑ってしまう。
本来のバルゴは主人に忠実な星霊だ。
ここまで主をおちょくるようなことができるのは、主が“ルーシィ”だから。
それを、ルーシィは知ってる。
だからからかい倒されても“仲間”として当然の、じゃれ合いのようなものとして受け入れる。
でもまあ、“仲間”にしても今回ばかりはやり過ぎ感も否めないので。
「このメモは私が処分するからね」
もうすでにくしゃくしゃのウサギ型メモをちらつかせる。
「はい、どうぞ姫の気の済むように」
「……やけにあっさりね」
「はい」
バルゴは誇らしげに微笑んだ。
「暗唱は済んでいますので」
「今すぐ記憶も消しなさい」
* * *
数時間馬車を乗り継いで、しばらく歩けば闇ギルドかぶれの連中が集う廃墟が見えて来た。
緊張した面持ちのルーシィは深呼吸を一つ。
それから左手に指の出る革のグローブを、次に右手に、ルーシィの誇りであるフェアリーテイルのギルド印を覆うためのそれをつけた。
あらためてバルゴを呼ぼうと金色の鍵を取り出したところで。
ふと思い出す。
――ロキに頼るくらいなら俺に頼れよ
あの時は聞こえないふりをしたけれど、その子供みたいな嫉妬がルーシィには嬉しかった。
でももう、ナツには頼らない。
次に頼るときは、頼られるとき。
お互いに支え合えるとき。
ナツと“対等”になりたい――ううん。ならなきゃ駄目だ。
並んで歩かなきゃ、ナツの中の“彼女”に勝てない。
時間を埋めることはできないけど、今は“私”が傍に居るんだ。
これから先も他の“誰”でもない、“私”がずっと隣に立つんだ。
そのためだけに。
「――頑張るよ、ナツ」
力強く笑って、拳を額にあてた。
「姫、今のもメモしても」
「やめなさい」
呼ぶ前に出て来たメイドにチョップをくらわせた。
* * *
や り す ぎ た。
今までがっつりシリアスだったからはっちゃけたかったんだよう!この話はぶっちゃけ無くてもいいね。完璧私の趣味。
Mということでメイドさん。友達みたいなルーシィとバルゴが可愛いと思ったんだ。
たぶん、今までのナツルー連載の中で1番楽しく書けた。ルーシィも久しぶりに乙女モードだし。何よりナツが出てないからネ☆←
本当はこのあとルーシィと星霊のバトルシーン満載の話があるのですが……しかしここはナツルーCP。あえて飛ばして最終回。オマケ的な話で後ほど更新しまーす。
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