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Mature【N*L】[K→L→]
――ナツ、帰ったらまた好きなご飯作ってあげるね


いつもみたいに笑って仕事に出たまま、“アイツ”は帰らなかった。
手の届かないところで死んだ。
俺を置いて行ってしまった。


でも手元に置いておけば、きっと護れた。
“仲間”を護れた。
別れなくてすんだ。
あんな思い、しなくてすんだ。


でも、もう二度としなくてすむように、今の自分にならできる。


ルーシィは“仲間”だから。
大切な“仲間”だから。


護るんだ。


――“今度こそ”、絶対。





Mature





昼を過ぎた頃、ナツがいつもと同じようにハッピーを連れてギルドに向かうと、ギルド内に漂う空気がなんとなくいつもとは違うように感じられた。
グレイやエルザ、少し離れてジュビアにレビィにカナにエルフマンといった馴染みの顔触れが集まっている。
その中心に、ルーシィがいた。


「――……ナツ……」


エルザが複雑な顔をした。グレイも何かが納得がいかないと言うようにナツから目を逸らす。
何だ、この空気。
ナツはひどく嫌なことでもあるような気がして、その場に立ち尽くした。


「ナツ!」


唯一ルーシィだけがナツに明るく笑いかける。
それだけで重い空気が吹き飛んだ気がする。人前でなかったら、昨夜みたいに情けなく抱きしめていたかもしれない、とナツは思った。


「ねぇナツ、ちょっと外歩こうよ」


駆け寄ったルーシィがナツの手を取った。
「オイラも」と行こうとしたハッピーはエルザが止めたのを視界の隅に捕える。
なんとなく嫌な予感がして、でもルーシィから手を繋いでくれるのは初めてで。
ナツの頬は少し緩んでしまう。


初めてのはず、なのに。


――ナツ、こっちきて!早く早く!
――ああ?んだよー
――あい、ナツ照れてます


どこか懐かしい、気もする。


「………」


突然ルーシィが立ち止まった。
「……ルーシィ?」と顔を覗き込めば、ルーシィは淡い微笑みを浮かべていた。まるで遠い場所からナツに向けるように。
らしくないそれに一瞬戸惑うが、


「……ううん、なんでもない。行こう」


すぐにいつものように歯を見せて笑うルーシィ。
手が離れてしまったことには気付いていたが、再び繋ぐのもナツには躊躇われて、仕方なく何処に行くつもりかも知れないルーシィに着いていく。


「……ねぇナツ、私今から仕事行くの」


ついこの間、初めて本気で言い合った湖に向かって歩きながら、ルーシィは切り出した。


「は?何だよ急だな。聞いてねーぞ」
「うん。今日決めたの」
「ふぅん。で、何の仕事だ?」
「……これから闇ギルドになりそうな集団があってね、そこの調査」
「調査ぁ?とっとと潰せばいいじゃねぇか」
「そうもいかないの。中に手配書が出回ってる犯罪者が紛れ込んでるかもしれないんだって。そいつ、いつもすぐ逃げるらしいのよ」
「あそ。で、何処だよ」
「ナツには秘密」
「は?」
「エルザにもグレイにも秘密」


言って、ルーシィは誇らしげに笑った。


「私、一人で行くの」


……何、言ってんだ。
ナツは耳を疑った。
思わず足を止める。ルーシィは数歩先に行って、ゆっくり振り向いた。


その瞬間、金色の髪が風に揺れ、ルーシィの顔を隠す。なのに、確かに感じられた意志の強い瞳。
ナツは凍り付いたように目が逸らせなくなる。


「……チーム、やめんのか?」
「違うよ。今回だけ」
「き、昨日俺が護るって言ったばかりじゃ」
「私は、頼んでないわ」
「そっ……」
「私、姫扱いなんて頼んでない」
「じ、自分で姫とか……」
「やかましい」
「いてっ!」


向こう臑を蹴り上げられた。地味に痛い。
一度身を屈めて蹴られた臑を摩りながら。
ルーシィにのまれそうになっていたナツは、落ち着かなくては、と思った。


落ち着いて、急に変なことを言い出したルーシィを説得しなくては。
何があったか知らないが、そうする資格が自分にあるはずだ。


護るって、決めたんだ。
ルーシィを護る。全てのものから、護る。
そうだ――“約束”もしたじゃないか。


そんなナツの頭上から、


「私、護られるためにギルドに来たんじゃないの……護ってもらうためにナツとチーム組んだんじゃないのよ」


ルーシィのどこか淡々とした声が降ってくる。
そんなのわかってる、と言いそうになって――


いや、わかってたはずだった。
しかし、そうなると自分が昨日言ったことは矛盾する。今の強い決意さえ、エゴの押し付けでしかなくなる。
でも、それでもあの“約束”は――


「これね、マスターが直々に、私を選んでくれた仕事なのよ」


ルーシィは続ける。
ナツは「じっちゃんが?」とゆっくり身を起こした。


「だからナツにも応援して欲しいの」
「……応、援?」


なんでそんなこと俺に言わせようとするんだ。
なんで、そんなこと俺が――


「だってほら」


ルーシィは笑った。


「私たち“仲間”で」
「――“仲間”じゃねぇよ!」


思わず怒鳴り付けていた。
腹の底から、吐き捨てるみたいに。


「――……“仲間”じゃない、の……?」


ルーシィが頭から水を浴びせ掛けられたような顔で、呆然とナツを見ていた。


「ち、違……」


我に返ったナツは咄嗟に口を覆う。


何、言ってんだ。
ルーシィは“仲間”だ。大切な“仲間”。
護るって“約束”した大切な。


「じゃあ私はアンタの“何”よ」


“何”、って……?
困惑するナツの前で、ルーシィはくしゃりと顔を歪めた。
今にも泣きそうな――いつも、きゅ、とナツの心臓をたまらなく締め付けるその表情で。


「……“誰か”の代わり?」
「な、何言ってんだよ」
「アンタの“昔好きだったコ”の、代用品?」
「好き、だった……?」


誰のことだよ。
何言ってんだよ。
わけわかんねぇよ。


「ねぇ……私はナツの“何”よっ!?」
「“何”って……」
「じゃあ、私は“誰”!?」
「だっ………」


“何”、とか、“誰”、とか。
さっきから、何だっていうんだ。
何が関係あるんだ。ナツがルーシィを護るということに、一体何が。


今はそんな話ではないだろう。“ルーシィ”の仕事の話をしていたはずだ。
ナツは落ち着かせようと手を伸ばした。
しかし、その手は振り払われ、ルーシィの身体はナツの腕を簡単に摺り抜けてしまった。


「――抱きしめたらまた大人しくなると思った?」
「そっ……」


一瞬でルーシィの目が冷ややかなそれに変わる。ナツは思わず息を飲む。
ルーシィはまったく、泣いてなんかいなかったのだ。


「アンタ、結構ずるいわよね」


最低ね、と言われた気がした。
混乱したナツはルーシィに泣きながら頬を張られた時みたいに、ただ硬直するしかない。


「……『ルーシィはルーシィだ』ってことさえ、もう言ってくれないのね」
「あ……」


それはナツがルーシィに言ったはずだった。
汚い酒場で。ギルドがルーシィの帰る場所なんだと、頼りなさげに震える細い肩に。
“仲間”だったから。


「アンタ言ったわよね?『俺を信じろ』って」
「……言っ、た」


――ルーシィ、俺を信じろ
――うん


そのやり取りは、特別なやり取り。
“ルーシィ”が隣で頷いてくれるだけで――笑ってくれるだけで、やってやろうって気になる、魔法のような。


「この際“仲間”じゃなくていい。私は“ナツ”を信じてるわ」


それは今、この場にあっても甘美な響きとしてナツを高揚させる魔法の言葉。
そのまま、ルーシィは続けた。


「だから――だから、ナツも“私”を信じてよ」
「だっ……」
「“私”だからチームに誘ってくれたアンタが信じなくて、誰が私を信じるのよっ!?」


今度こそ何も言えなくなった。
引き留める資格なんて、端からナツになかったのだと思い知った。一方的に求めてばかりで、一度も信じてると言ってやれなかったナツには。
そして、今も言えそうにない――ただ、ルーシィを護ってやりたいだけの、ナツには。


「………」
「私、このままじゃチームにいられない。“誰か”の代わりでしかない。――だからこそ、“私”が一人で行くのよ」


“仲間”じゃないルーシィとか。
“誰か”の代わりじゃないルーシィとか。
“私”がルーシィであることとか。


すべてにルーシィにとって、こだわらなくてはならない重要な意味があるはずで、でもそれのどこが重要なのかまだナツにはわからなかった。
ただ、自分がどこかでルーシィを傷つけていたのは、わかった。


それも。
今のままでは、修復が不可能なまでに。


「……帰ったら」


興奮して乱れた息を整えたルーシィは、呟いた。


「帰ったら、私が“何”か教えてくれる……?」
「っ!」


――ナツ、帰って来たら……


「お、俺も行くっ」


考えるよりも口が先に出ていた。
“アイツ”の声が重なって、ぞっとした。


「駄目よ」
「行く!」
「――“私”の仕事よ」


凛然と、気高くルーシィは言い放つ。


「来たら一生許さない」


憎悪にも近い睨みを利かせてナツを突き放した。
ナツは棄てられた子供みたいに惑い、口さえ利けなくなる。
代わりに、力なく頭を振る。


どうしても嫌だった。
手元に置いておけないのは。
“仲間”を護れないのは。
別れるのは。


あんな思い、するのは。


だってもし、ルーシィに何かあったら。
何かあって、死――


「ナツ」


ビクッと震えた。優しく、ルーシィから頬に伸ばされたその手が怖いみたいに。
ルーシィは怯えるナツを安心させるように柔らかく微笑した。


「大丈夫よ。……ね、大丈夫。私はともかく、私の星霊はみんな強いってよく知ってるでしょ?」
「………」


ナツの頬をそっと包むルーシィの手は温かかった。ここにある、ルーシィという存在を証明するみたいに。


でも、やはり頷けない。
不安だった。
この温もりまで奪われたら、どうすればいい。
またあんな思いするのか。

“約束”したのに。


――ナツ、私も闘うよ!
――俺が護るから――は下がってろ!


…………“誰”に?


「あ………」
「ナツ……?」


一瞬で、記憶が蘇る。
あれは6年前の“約束”。ドラゴンの卵と女の子を背中に庇って巨大なサルと闘った時。


――俺が護るからリサーナは下がってろ!


あの“約束”はルーシィとじゃない。
ルーシィとはしていない。
なのに、なんで。
いつから勝手に“約束”したと思い込んで……


「ねぇ、ナツ」


まさか。
ルーシィの言っていた“誰か”って――


「好きだよ」
「…………」


一瞬、何を言われたか理解できなかった。
その言葉が脳から胸に浸透して、ナツは改めて息を飲む。


ドキッ、というより、ギクッとした。
好きだなんて言われる資格、今のナツにあるのだろうか。“ルーシィ”という存在を受け入れる資格、まだ残されているのだろうか。
最低なことをしてきたと、漸く自覚してしまった今のナツに。


目の前の少女を直視できなくなったナツが応えもせずに目を泳がせると、ルーシィは少し困ったように笑った。


「私、ナツが大好きなの――“仲間”だから」
「……ああ……」


そっか、“仲間”か……。
安堵したその一方。
あと一歩で捕まえられそうだったルーシィが再び腕を摺り抜けていったような気がした。


急に淋しくなったナツは頬を包むルーシィの手に自分のそれを重ねた。甘えるように手に擦り寄る。
もっと温もりが欲しかった。ルーシィを感じたかった。
ルーシィしか、見えないくらいに。


「――大丈夫」


ルーシィは先程の発言がなかったかのように続ける。


「絶対、戻って来るわ」
「………ん」


今度は頷けた。
ルーシィはルーシィだった。
漸く当たり前のことを理解した、今度こそ。


「そしたらアンタは『おかえり』って一言言ってくれればいいの」
「………ん」
「ま、まあその時はだだだ抱きしめたりとかあってもなくても……」もにょもにょもにょ。
「んん?」
「と、とにかくっ!」


ルーシィは顔を上げた。


「私、ナツに『一緒に闘ってくれ』って言わせてみせるから」
「……い」
「あ、今言っても口先だけだと判断するからね」
「チッ」
「舌打ちしないっ」
「ってぇ!」


ゴッ、と額が打ち付けられた。
目をチカチカするほどの衝撃だったが、しかし、ぶつかり合ったその額はそのまま離れなかった。
ナツの焦点が合うと、長い睫毛が刺さりそうなその距離で。


「――私、“私”のために頑張って来る」


ルーシィは力強く微笑んだ。
あれ?とナツは内心首を傾ぐ。
ルーシィはこんなに綺麗だっただろうか?
目の前の少女は、こんなに輝いていただろうか?


「それで、絶対にナツの隣に戻ってくるから。――“約束”よ」


“約束”。


――星霊魔導士は“約束”を破らないんだから


そう言ったのは、“ルーシィ”だ。初めてチームを組んだあの時に。
誇らしげに、“ルーシィ”らしく教えてくれたのだ。
そして、今のナツにはルーシィの言葉が魔法のように感じられた。


「ね?」


再び、今度は優しくコツンと額を合わせてくるルーシィは、頼もしくて、綺麗で、見惚れてしまう。
そんな心を奪われた状況で、気の利いた返事なんてできそうにないナツは。
真っ直ぐルーシィだけ見詰めたまま、また子供みたいに、ん、とだけ頷いて。
少し瞼を下ろして。


どちらからともなく、唇を合わせた。







>>【mature】
1熟した
2<人・心身・生物などが>十分に成長した,発達した
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)








「――私、このまま行くね。皆にはもう言ってあるし」


何事もなかったかのようにナツから離れたルーシィはあっさりとそう言った。
「あー場所以外な」とナツが皮肉を言えば「だってグレイもエルザも過保護なんだもん。絶対来るって言うしさ」と口を尖らせる。


なんだよ、俺だけじゃねーじゃん、とナツは苦笑した。
当然だ。ルーシィにはナツ以外にも心配してくれる“仲間”が居る。一緒に闘う星霊も。
なんて考えて、ふと気になる。


「星霊って、ロキも入るか?」
「ん?そうね。そりゃ星霊だし」
「……あっそ」
「何むくれてんのよ」
「むくれてねーよ」


フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向き、


「……ロキに頼るくらいなら俺に頼れよ」
「ん?何か言った?」
「い、言ってねぇ!」


慌てて否定する。


何言ってんだ。
護って欲しいなんてルーシィは頼んでねーのに。漸くわかったばっかりだっていうのに。
やっぱり頼られるのは俺がいい、なんて。
また、自分勝手すぎるってルーシィに呆れられる。


「あ、そうそう、ハッピーにはエルザが話してくれてるだろうけど、ナツもちゃんとフォローしてね」
「……おー」
「ちゃんとよ?わかってる?」
「なんでそんなに念を押すんだよ」
「だってハッピー絶対心配するもの。私のこと大好きなんだから」
「何だそのすっげー自信」
「だってほら、私だし」


と胸を張るルーシィに。


「……そうだな。“ルーシィ”だもんな」


と苦笑気味に呟いて。


「ルーシィ」


ナツは右拳をルーシィに掲げた。


「――頑張れ!」


ニッと白い歯を見せて、いつもの猫目で笑う。
ルーシィは一瞬、きょとんとしたが。


「――うん」


小さな、しかし頼もしい拳をナツのそれにコツンと合わせ。


「いってきます!」


いつもの――ナツの大好きな最高の笑みを見せた。







振り向きもせずにナツを置いて行くルーシィを追い掛けたい衝動もあった。
それでも我慢した。
もう一度抱きしめるのも、我慢した。


“ルーシィ”が、帰ってくるって言った。
他の“誰”でもない、“ルーシィ”が、“約束”した。


「頑張れ、ルーシィ」


呟いて、最後に触れた拳を祈るように額に当てる。


今のナツに出来ることは1つしかない。
しかし、きっと何よりもルーシィの支えになる、1つ。


ルーシィを信じて待つ。
それだけだ。









* * *
今回はルーシィにリアルな言葉を言わせたかった。ギャグじゃない、リアルな口喧嘩みたいなものを書きたかった。けど一方的でしたね、ルーシィの。
リサーナに関しては、アニメでリサーナに「護る」ってナツが言ってたのがすごい気になったからそのシーン抜粋。絶対ルーシィにはいうんじゃねーぞああてめーこんちきしょー、という感じで。ちょっと地元のヤンキー入ったね、うん。
ではルーシィ視点の“+”を挟み、最終回。ちょうどMだしメイドさん発進〜

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あきゅろす。
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