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I【R*L】[F→G→H→]
本当はこんなことしちゃいけないと思ってた。
あのコのことを考えながら……なんて。


何よりも大事なあのコの存在を汚すようで。
汚い欲望を向けるようで。


でも再びあのコに触れて。
あんなふうに触れて。
実際に欲望を向けて。


契約をしてから――あのコに恋をしてから、他の女性を抱いてないというのもあったかもしれない(まあナンパはしたけどそれは趣味)。
いろいろ、溜まっていたのは事実で。


だから。


「……っ」


何度も何度も、自分の手に熱を放った。
それが今はあのコのためになるから。


でも困ったなぁ。



――今僕は、どんな顔をしている?











「――お待たせ」


手をしっかり洗って(ここ重要)ロキは再びリビングに戻った。
寒いのか珍しく室内でパーカーを羽織ったルーシィは、ダイニングの椅子に座り天井を仰ぎ、目にタオルを置いていた。蒸したそれで泣き腫らした目をおさえているのだろう。
のそり、と目からタオルを外すルーシィ。真っ赤だった顔はもう普段の色に戻っていた。


『………』


目が合ったまま、互いに固まる。
先程のこともあり――ロキにとってはさらにトイレでのこともあり――、わかっていたことだがたまらなく気まずい空気。
ロキが行き場もなく立ち尽くしていると、


「――座って」


とようやく硬直から解放されたらしいルーシィから声がかかった。


「………うん」


ぎくしゃくと頷き、そのまま床に正座しようとしたら「違うわよ」とダイニングテーブルの席の一つ――ルーシィの対角線上を示される。
そこにはロキの脱ぎ捨てたジャケットとネクタイ、それからサングラスが綺麗に整えられた形で置かれていた。
サングラスにほっとして、ロキはそれをすぐにかける。これなしで今、ルーシィを直視なんてできやしない。


指定された席に付けば「えーとね……」とルーシィが口を開いた。「……あ」とロキは何よりも先に言わなくてはならない言葉を思い出して――


『さっきはごめん』


それは思い切りかぶった。
あれ?な、なんでルーシィが……?
ロキが下げていた頭を呆然と上げる。ルーシィも調度顔を上げたところで、一瞬でロキの表情を読み取ったらしい。
「だ、だって私」とルーシィはもごもご言った。


「ロキがあんなに切羽詰まってたって気付かないで、なんか、ほら……」
「……うん。たしかに誘ってたけど」
「ああ……やっぱり?」
「かなり」
「お、追い詰めたのは私……よね?」
「その通り」
「………ず、随分はっきり言うじゃないのよ」
「うん、言うよ。でも――」


言って、ロキはへにょりと笑ってみせた。


「でも、最終的に悪いのは完全に僕だから」


汚い欲望に負けたのは。
ルーシィを傷つけたのは。泣かせたのは。
全部、ロキだ。
それは“大切な友達”として一番してはいけない裏切り行為だと、頭の片隅ではわかっていたはずなのに。


「――完全に、じゃないよ」


不意にルーシィはテーブルの上のロキの手に、自分のそれを重ねた。


「言ったじゃん。私も触って欲しかったって」
「ル……」
「それは私もロキに触りたかったってことだよ」


なんて柔らかく言われたら。


「…………………………」
「……え?あ、ごめんもしかしてまた私……!」


慌てて手を離したルーシィに「……ん。大丈夫」と遠い脳内の星霊界を見ていたロキは比較的無表情で頷く。
突然触れた部分から一瞬いろいろ生々しい感触を思い出したりもしたが、大丈夫だ。大丈夫ったら大丈夫だうん全然大丈夫超大丈夫マジ大丈夫まったくもって問題なし。


「えと、あのね?それで、私考えたんだけど」
「うん」
「――間違えたのよ、私たち」
「………」


それは唐突に、まるで横殴りのハンマーだった。
ガツン、とロキの頭を打つ。間違えた、という言葉が。


どこで間違えたというんだろうか。
欲望の対象にした時点?あの日僕から初めてキスした時点?僕が自由に部屋を訪ねてた時点?


それとも“レオ”がルーシィに出会って――“大切な友達”がオーナーに本気で恋をした時点?


「ロキ?」
「あ……ううん。なんでもないよ」


笑顔をつくる。
ルーシィには――オーナーには笑顔を向けていなくては。優しい、“大切な友達”の“レオ”の仮面をつけなくては。
もう二度とあんな顔――トイレの鏡で見てしまったような、“男”の顔を向けてはならないのだ。


ロキはそのへにょにょんと緩んだ笑みのままルーシィに「続けて」と促した。


「えと……ほ、本当はね、もっと早く言うつもりだったのよ?……でもアンタがムラムラとか変なこというからタイミングがなかったし」
「うっ」さっきの仕返し?
「今日だってキスの後言おうとしてたのに襲い掛かるし」
「がっついてすみません」


そこはもう心の底から謝るしかない。


「でも、わ、私ね……」


ルーシィはゴクリと喉を鳴らした。


「私――ロキのこと、好きよ?」
「……うん」


知ってるよ。星霊へのルーシィの純粋な気持ちは、誰よりも。
頷いたロキはまた笑顔をつくった。
なのに。


「………………うん、て、何」
「え?」


ルーシィは顔を引き攣らせる。
何かまずいことを言っただろうか。それともうまく笑えていなかったのだろうか。
ロキが「えと」と言葉を探すと。


「ねぇ。私が好きって言って、うん、って何」
「え、だって」
「嬉しくないの?」
「もちろん嬉しいよ」
「……じゃあロキは私をどう思う?」


未だ不満げな目で睨みながら、きいてくる。そんな残酷なことを、きいてくるのだ。
だからロキは、いつものように。


「――好きだよ」


言って、へにょにょんと笑う。
その言葉はまるで魔法のようで、口にするだけで幸せになる。無理なく笑顔になれる。


ルーシィが好きだ。本当に。
誰よりも。大切で。
――愛してる。


でも奥底にある、醜い感情は絶対見せない。もう、二度と。
すると、


「そ、そっか」


ルーシィはようやく笑顔になってくれた。ロキにいつもの明るい笑顔を向けてくれた。
それだけで、十分だ。


「――ルーシィ」
「何?」


名前を呼ばれると嬉しそうに身を乗り出してくるルーシィに。


「じゃあ帰っていい?」
「……は?」


ルーシィの笑顔が凍り付いた。


「駄目?」
「なっ……駄目駄目駄目!」
「……ああ」ポンと手を打つ。「お仕置きですか、姫」
「違う!」
「“ぶつ”なら左でね。ルーシィの右は正直キツいから」
「違うっての!」
「僕、ルーシィの右なら世界を取れると思うんだ」
「だーかーらー!」
「あ、マウスピースつけていい?」
「つか聞け!?」


ってか途中からネタがマニアック!、と細かい部分にツッコミながらルーシィはテーブルをバンバンと叩く。
ようやくロキが黙ると乱れた息を調えたルーシィは、


「――あのさ、私、言ったよね?ちゃんと」
「何を?」
「何を、って……だから、気持ち」
「うん。聞いた」
「じゃあ……」
「でも知ってたし」
「知って……?」
「ルーシィ、星霊のこと大好きだもんね」
「……は?ち、ちょっと待って。アンタ何か勘違い……」
「――大丈夫。わかってるよ」


ロキは笑った。
“大切な友達”。最初からルーシィにとってのロキは、そこが立ち位置。


もう間違えない。もう泣かせない。
まだもう少し、諦めることはできないかもしれないけれど。


「――ねぇっ」


突然勢いよく立ち上がったルーシィはテーブルを回り込んでロキの隣に移動した。
ロキも今だけは視点を優位に保ちたくて席を立つ。
しかし身長差なんて気にもせず、ルーシィはロキに詰め寄った。


「ねぇ、やっぱりわかってないよロキ。私は……」
「いいよ、もう」
「よ、よくないよ!だって私……」
「僕はわかったから」
「違う!わかってな」
「わかったって言ってるだろ!?」


腹の底から怒鳴った。
これ以上聞きたくなくて。追い詰めてほしくなくて。
変に期待して、また無理矢理酷いことをしたくなくて。


しん、と静まり返る室内で、ふとロキは我に返る。
目の前には目を見開いて呆然と立ちすくむルーシィ。


「………」


またやってしまった、とロキは気付く。
もう見せないと決めたはずの、“男”の顔で。
怯えさせてしまうようなこと。


「あー……」と笑おうとして。優しい、“大切な友達”の“レオ”の顔で笑って、謝ろうとして。


「――ごめん」


先にそれを言ったのはルーシィだった。


怒鳴るなんて、最低なことをしたはずのロキに、ルーシィは怯えなかった。泣かなかった。怒りもしなかった。
ただ少しだけ、悲しそうに――でもしっかりロキを見てくれた。


「ごめんね。私がもっとはっきり言えばよかったよね」
「………」


ロキは思わぬルーシィの反応にたじろいだ。思わず後退さったロキにルーシィは恐れもせず一歩踏み込む。
そのまま手をのばす。
両手でそっとロキの頬を包み、真っ直ぐ、目を見詰めて。


「私ね、ロキのこと好きよ。“一体の星霊”として、じゃなくて“一人の男の人”として」


ルーシィは踵を上げた。
手をうなじに滑らせ、遥かに背の高いロキの首に腕を回し、柔らかな身体を押し付ける。
それは性を感じさせるものではなく、温もりを与えるような優しい抱擁。


「ずっと、相俟にしてきてごめんね」


たくさん、傷つけてごめんね。
待たせてごめんね。
甘えてばっかりでごめんね。


ルーシィは何度も謝って。


「私、ロキのこと、好きなの」
「………」


もう一度、告げてくれる。


まるで思いもよらずに与えられた温もりと言葉。
どこまでも真っ直ぐで、ルーシィらしい真摯な言葉。
初めて、“男”としてのロキに告げてくれた言葉。


何人もの女の子と経験があるくせに、ロキは硬直するばかりでどうしていいかわからなかった。
それでもルーシィの腕が辛いだろうと少し身を屈め。
ロキの肩口に顎をあてるルーシィの髪を恐る恐る撫でる――直前で。


「うっわー……」


と唸る。
「……ロキ?」とルーシィが顔をあげようとしたから、慌てて頭を抱えるように抱きしめた。


「ごめん。今は見ないで」
「え?な、なんで」
「……泣きそう」
「えええ?」


それはむしろ見たいかも、なんて意地悪なルーシィを、「駄目」と強く、華奢な身体に腕を巻き付けて閉じ込める。
甘い匂い。柔らかい身体。さらさらとした髪の感触。


ずっと好きで。大事にしたくて。
自分のものに、したくて。


それが、今、腕の中にある存在に。
胸の奥が、切なくなる。


「――好きだよ、ルーシィ」


気がつけば、自然に口にしていた。
いつも幸せになるその言葉でも、今はうまく笑えそうにない。
「うん」とルーシィは頷く。


「好きだ」
「うん、知ってたよ」
「好き」
「ん……私も」
「愛してる」
「……馬鹿」
「結婚しよう」
「いやそれは早いから」
「チッ」
「あ、舌打ちしたわね」


ロキの言葉にも、ルーシィは適当にあしらわずにいちいち応えてくれた。何度も何度も。
「好きだよ」と最後にもう一度言って腕を緩めれば、ルーシィはロキの首から腕を解く。


再びロキの腕の下から背中にそれを回し、身体を完全にロキに預けた。ロキもちゃんと、優しく抱き留める。
甘えるようにロキの胸に頬を押し付け、「ずっとね、ロキにこうしてほしかったの」なんてたまらなく可愛いことを言ったルーシィは。


「……なのにアンタはすぐムラムラとかムラムラとかムラムラとか」
「う……」


怒鳴ったの根に持ってるっ?
涙も引っ込むくらいねちっこくエンドレスなムラムラとか攻撃に、ロキは軽く喉を引き攣らせる。


ふと。


ムラムラとか言い続けるルーシィのパーカーから覗く鎖骨下――というよりロキに押し付けられている豊かな胸のちょっと上――の赤い印に気付いた。普通見えない位置だが、どうやら胸の形が変わったことで服に隙間ができたらしい。


「ルーシィこの痕……」
「ムラムラ……え?あ!」


慌てて隠そうとする手をロキは捕まえる。
ロキの胸から顔をあげて「わ、私大丈夫だからね?」と必死に訴えるルーシィは、どうやらロキが罪悪感を感じるとでも思っていたらしい。


確かに感じただろう。――さっきまでなら。
むくむくと、久しぶりにロキの中に悪戯心が湧いてきた。


「んー、でもあんまり綺麗に付いてないねー」
「へ……?」
「付け直そっか」
「え、あ、ちょっ……」


ルーシィが暴れるのを抑え込み、再びその部分に唇を寄せて、丁寧に吸う。


「ひぁっ……?」


ルーシィの上げる可愛い声を、今度は耳でもちゃんと味わう。
胸元に綺麗に赤い花が咲いたのを近くで確認し、「よし」とロキは満足げに笑った。


付け直したキスマークで、あの行為を全部上書きはできないけれど。
それでもこの戯れで、少し罪悪感は薄れた気がする。


「ば、馬鹿っ!」


ロキが顔を上げた途端に怒鳴るルーシィ。でも顔は真っ赤になっていて、怖くはない。
なんか今日の中で初めて主導権だ、とロキは苦笑して。
それから、わざとルーシィの耳に唇を近付けた。


「ルーシィ、キスさせて」
「!」


耳元で、初めてロキから求めれば。
ままままだ私怒ってるのよ?でもそうね、アンタがそう言うならね?べべ別に嫌ってわけじゃないしね?
なんて、もごもご呟いて。


「……い、いいわ」


よ、とルーシィが最後まで頷く前に。
毎度のごとくどうしても我慢できなくて。


――唇を塞いだ。







>>【I】
1英語アルファベットの第9字
3第9番目(のもの)
5〔論〕特殊肯定命題
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)








「――あー、な、なんか今夜は恥ずかしいこといっぱいあったわ……。明日あたり熱出ちゃうかも」


ルーシィは手でぱたぱたと顔を扇いだ。
それを見たロキは苦笑し、


「大変だ。そしたら看病しに来なきゃね」
「本当っ?」


嬉しそうに顔を輝かせるルーシィ。
いつもなら「あははーいらなーい」とか半眼であしらわれていたところなのに。
そしてそんな答えを期待していたロキは仕掛けた自分のほうが逆に焦ってしまい、


「や、やっぱりバルゴに頼むのがいいんじゃないかなぁ〜」


と思わず逃げてしまう。


「……何それ」


ぷー、とルーシィは頬を膨らませる。
それだけなのにロキはあわわわたまらなく可愛い僕死ぬなんて思ってしまう。
ムラムラってゆーか心臓がキュンキュンする。お、恐るべし両思い効果……!
なんて、あわわわ僕死ぬ今死ぬ。


今ならきっと、触れても抱きしめても、それ以上のことにならない。
心が安定した、とでもいうのだろうか。もう余裕ができたのだ。


触れられて、優しくできて、キスできて。
それだけで十分。


しばらくは肉体的な行為――ルーシィ的表現で“えっち”なことはいらないな、なんて。
ロキは苦笑し、もう一度ルーシィに触れようと手を伸ばし――


「あ、そういえばロキさぁ」
「うん?」
「トイレで何してたの?」
「……え」


何故今ここでそれをきく。
ロキは凍り付いた。
“手”が思わず引っ込む。


なんて残酷なことをきいてくれるんだ。
折角なかったことにしてたのに。


「ねぇ、何してたの?」
「………しょ、処理を……」
「? 何の?」
「えーと、あの、なんていうか……」


脂汗が滲む。
言えない。ルーシィをおかずにしてました、なんて。この甘い空気の後にそんなこと。
絶対言えない。


「ねぇ、ロキってば」


言いなさい、と女王様に命じられれば、「……あう」と負け犬のように鳴くしかないロキである。


「……えーと、僕、ルーシィにあ、あんなことした後だっただろ?つ、つまり――」


ロキは渋々説明した。
なるべく、オブラートには包んで。


「………あ」


説明を終えた数秒後。
ようやく理解したらしいルーシィの顔が茹で上がる。
ぷるぷるとプルーみたいに身体を震わせ俯いた。


「お、怒っ、たよね?」
「………」
「ひ、引いた、よね?」
「………」


“ぶつ”のか、軽蔑の目か。
いろいろ覚悟して、ロキはルーシィからのリアクションを待つ。


やがて。



はあ〜



とルーシィは嘆息して。


「んーん」


頭を振った。
顔を上げ、はにかむように微笑み、


「ロキにだったら私……しょうがないかなーって」


そんなふうに言われたら。


「……………………」


ああこれが世界を取った右ストレートか……とわけのわからないことを考えたロキは遠い故郷の星を眺めるしかない。
プルーが手(?)を振ってるのまではっきり見えてしまった。


「あれ?ロキ?どうしたの?」
「………………」


……キュンキュン訂正。


「ロキ?……もう、キスしちゃうぞー」と近づいてくるルーシィの頭を掴んで引きはがす。


「……今は駄目デス」
「え、なんで?」



はああああああああ〜



ロキはもう魂どころか内臓とかもいろいろ出ちゃうんじゃないかってくらい嘆息して。
これからの新しい関係を考えた上で。
不安でどうしようもなくて。
ルーシィに切実に訴えたのだ。


「ムラムラします」










* * *
長かったね。無駄に。続いてしまったね。この先が1番大変なへたれロキだといいね。
これでFからとみせかけて実はA→C→F→……みたいに続いてきたロキルーは終わりです。こんな長々しいものの応援ありがとうございました。途中から書いてるこっちがあばばばばだったので読んでる皆様もあばばばばになっていてくださると嬉しいですな。あばばばば。
最後に。
Hの後に愛はあるんだぜ!
これが言いたいがために書き切ったんだぜ!マジで。

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