Action【R*L】
「やあルーシィ、いい夜だね」
唐突に、それは現れた。湯気の中から忽然と。
もしそれが幽霊だというのなら悲鳴くらいあげるのだろう。
だが、幽霊というにはそれはあまりに陽の気に溢れて。さらに言えば、それはよく知ったモノで。よく知った顔で。
だからルーシィは。
「………」
――無言で拳を振り上げた。
Action
「――ったくもう、出てくるタイミング考えなさいよ!」
脱衣所を出たルーシィはプリプリと絵に書いたように怒っていた。一糸纏わぬ姿の先程とは違い、今はきちんと――とはいえ相変わらず露出度が高いショートパンツとキャミソールなわけだが――服を身に纏っている。
顔が赤いのは怒っていたり風呂あがりだったりするから、というだけが理由ではない。風呂の最中現れた男が原因だ。
その元凶で、着替え中部屋に追い出されていた男――ロキはといえば、
「ちょっとした手違いなのに……問答無用で殴るんだもんなぁ。しかもグー」
なんてぼやきながらも、場違いなほどにこやかに笑ってルーシィの拳がめりこんだ頬をさする。
久しぶりに会えたのが嬉しい、を全身で表しているのか、はたまたいいものを見せてもらった、とでも思っているのか。
戦闘中とはまったく違う緩みまくった表情に、一方のルーシィは顔をしかめ、
「当たり前!それですんでラッキーだと思いなさい!」
不届き者へ制裁を下したその拳(フェアリーテイルの印付き)を勇ましく突き出してみせた。風呂場はまわし蹴りやハイキックのような大技を繰り出せるほど足場がよくなかったのだ(あったからといって裸で繰り出すのはどうかと思うが)。
そんな怒れるルーシィに対して、ロキは何が嬉しいのか、あはは、と楽しそうな声を上げた。
「でもこれでバルゴに自慢できちゃうなぁ」
「は?」
「ルーシィにお仕置きされた、って」
「……やめなさいね、ロキ」
「きっとうらやましがられるんだろうな、僕」
「……や・め・て・ね?」
「言ったらお仕置きですか、姫」
「ロォオオキィイイ?」
「あはは、冗談だよ」
ルーシィに襟首を掴まれながらまたもや軽やかに笑うロキ。
どうやら彼はルーシィをからかうのが最近のお気に入りらしい。契約者としてナメられてるのかしら、と少しルーシィには不満ではある(とはいえ某宝瓶宮の星霊と比べたらだいぶマシなのだが)。
「って、やだ、アンタずぶ濡れじゃないの」
その時になって、ようやくルーシィはロキの状態に気付いた。そういえばロキを拳で頭からバスタブに沈めた後、すぐ追い出して――本当にそのままにしてしまったのだ。
「あ、ごめん。床濡れちゃったね」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ぴしゃりと言ってルーシィは新しく大きめのバスタオルを取り出した。それから、「風邪でもひいたら大変なんだから」と優しくロキの身体を包む。
星霊だから平気なのに、と言いながらもロキは大きな身を屈めて『拭いてくれ』アピール。
一瞬、無視してやろうかとも思ったルーシィだったが、結局。
「しょうがないわね」
と手をのばした。心ばかりの抵抗として、がじがじと乱暴に、ではあるが。
それでもロキはされるがまま、サングラスの下で気持ち良さそうに目を細める。
「恋人みたいだね」
不意にロキが言った。ルーシィは「あーはいはい」と適当にあしらう。また変なことばっかり言うんだから、とその手の対応は慣れたもの。
というかルーシィにしてみればまるで大きな犬――いや、獅子だから猫?――でも扱っている気分だったのだ。ちょっと可愛いかも、とは思ってしまったが、恋人なんて。
そんなことを考えていたからだろうか。ルーシィはロキがこっそり苦笑いしたのには気付かなかった。
「床は後でちゃんと掃除させるからね」「喜んで、姫」「姫言わないの」「女王様?」「………」ぐわじぐわじっ。「あははは痛い痛い痛い」
――なんてやり取りをしながら一通り水気を取ってやる。満足いったルーシィが、よし、とタオルを外すと。
「ありがとうルーシィ」
途端、零れる笑顔。他の女の子に見せていたものとは違う、まるで無条件で母親を慕う子供のようなそれ。
そんなのを見せられたルーシィは、まったくもう、としか言いようがない。結局風呂を覗かれたことも、この笑顔でチャラになってしまうのだ。
「そういえば、結局あんた何しに来たのよ」
「ん〜?」
その刹那。
笑顔はまったくそのままのはずなのに、一瞬で似非紳士スマイルに切り替わったかのようにルーシィは感じた。
「もちろん夜這い」
「……強制閉」
「待って待って。冗談」
「じゃあ、何」
「一晩中君と愛を語り」
「肌に悪いから強制閉」
「嘘嘘嘘。待って待って待って」
「……三度目はないわよ」
さすがに今日はからかいすぎだ。ルーシィの唇がヘの字に結ばれる。笑顔でチャラになったはずの怒りすら蘇りはじめた。
ロキは困ったような笑顔を見せて、それから一つ肩をすくめる。
「君が全然喚んでくれないからちょっと抗議しに、ね」
「ええ?それは悪かったかもしれないけど……」
「僕に飽きた?」
「人を悪女みたく言うな!」
とはいえ、確かにこのところ星霊といえばプルーくらいしか喚び出していない。仕事がなかったというのもあるが、そもそもレオのような強力な星霊は魔力を使いすぎるため、普通の仕事では使わないのだ。
――それに。
「別にあなたなら今日みたいに自分の魔力で勝手に出てこれるじゃない」
というのも理由に入れてもいいだろう。
しかしロキは。
「でも……違う」
「違うって何――」
「喚ばれるのと、勝手に出て来るのとでは意味が違う」
何が、と言う前に。
ルーシィの華奢な肩を大きな手が強く掴んでいた。
「ルーシィ」
息を飲む。先程までの緩みきっていたロキはそこには居ない。
「ナツとかグレイとか回りに居るのはわかってるんだ。けど――」
サングラス越しに、ロキの瞳が真っ直ぐルーシィに向けられた。
「君に頼られるのは、いつでも僕でありたい」
「……っ」
一瞬、抱きしめられる、と思った。
そんな目を、ロキはしていた。頼りになる“一体”の星霊ではない、“一人”の男の目。
そんなことを考えてしまったら、途端にルーシィの身体は硬くなる。
「ね、ルーシィ」
ため息のような切なさを孕んだ甘い声。
優しいはずのそれに、ルーシィはビクッと身をすくませてしまう。
決して嫌ではない、はずだった。
それでも。
あの夜――鳳仙花の飲み屋で、初めて抱き締められた時見せた目はまだ“一体”の目のだった。助けを求めて縋るような仲間の目。だからルーシィも、平気だったのかもしれない。
なのにここでロキを“一人”の男として見たら、この先どうなるか。“一人”の星霊使いとして、“一人”の女として。
「な、に……」
なんとか声を搾り出して、崩れ落ちそうになる自分を叱咤する。ルーシィは自分が今どんな顔をしてるかも想像もできない。
この先どうなるかは――未知だ。自分はどうなってしまうのか。どうしたらいいのか。
「――ルーシィがこれ以上僕を喚ばないつもりなら」
「………っ」
ルーシィはただ、ロキから――その真っ直ぐな眼差しから、目が逸らせない。
そのいつになく真剣な面持ちで、囁くようにロキは続けた。
「僕は毎日お風呂に乱入する」
「……………………あい?」
一瞬、ハッピーになってしまった。
「むしろ一緒に入浴する。背中だって流す。マッサージもつけちゃったりする」
「………」
「あれ?むしろこっちのほうがお得だったりするかな?」
とどめとばかりに飛んでくる軽薄なウインク。
そんな男の匂いの消えた、猫がじゃれついてくるような軽いノリに。
「もー……あんま馬鹿言わないでよ……」
ルーシィは思い切り脱力するしかない。
やがて、あはは、と軽やかな笑い声と共に手が解かれていく。何事もなかったかのように手の温もり――否、“熱”が離れて。
気付いた。
――ああ、私、護られたんだ。
たぶん、ロキにルーシィの緊張が伝わってしまったのだろう。
だからわざとロキは馬鹿のように振る舞って。距離をとってくれようとして。時間をくれようとして。
「それじゃあ僕はお仕置きかな、姫」
どこまでも仲間に優しく、どこまでもルーシィに甘い星霊。
“一体”だとしても“一人”だとしても、それがロキだというのに。
そんなこと、わかってたのに。
ずっと気にしてたのは自分のことばかりで。
――はぁ〜。
ルーシィは深く嘆息して、「……そうね、お仕置きだわ」と床を指差し、
「今すぐ床を片付けて――」
そのまま、拳でロキの胸を軽く小突いた。
「お茶でも飲んで帰りなさいよ」
「………」
きょとん。
サングラスの下でロキの目が見開かれる。
やがて戸惑うように瞳が揺れ始めた。どうやらこのまま星霊界に逃げるつもりだったらしい。
成る程ルーシィも狡いが、ロキも同じくらい狡いようだ。
珍しく返事を躊躇するロキに、
「――私からのお誘いじゃ嫌かしら?」
なんて意地悪く微笑んでみせれば。
「……いや――」
ふわり、とルーシィの見たかった飛び切りの笑顔が返ってきた。
「喜んで」
>>【action】
1行動(の全体),活動;実行;活動的な
2行ない;日常のふるまい
4作用,影響;働き
(ジーニアス英和辞典第3版より一部抜粋)
「ってゆーかロキの煎れた紅茶おいしっ!何これ!本当に同じ茶葉!?」
「おかわりはいかがですか、お嬢様」
「お嬢様はやめて」
「はい、女王さ」
「強制閉門ー」
* * *
ロキ=見た目はいいのにちょっと頭が残念……を極めたらこんなんになってしまった。ロキファンに申し訳ない。
でもロキはこのままルーシィにツッコまれるのを喜んでればいいよ。
そんなどこまでも犬っぽいロキが、好きだ……!(獅子なのに
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