地形ごと揺れた。
気がした。
意志とは無関係に頭上へ持ち上がり、赤き痣を顕現させた己の腕を凝視する間もなく、パソコンで作業中だった不動遊星は床へと吹っ飛ばされた。
「ぐ、は …ッ」
背中でギリギリと衝撃に耐える。そして目を見張る――未だ高く掲げられた腕から、龍の波動がドーム上にこの建物を覆っていくのだ。まるで今も迫り来る、何らかの攻撃に対する防護壁のように。
間断なく襲う高エネルギーの波に息を詰まらせながら、混乱する脳で考える。
ジャックはクロウは、ブルーノは、ゾラ達は無事なのか。赤き龍が反応しているということは、これはもしかして強い精霊に関したことなのか。そもそもこの衝撃の発信源は何なのか。
…考える間に少しずつ動けるようになった体を叱咤し、遊星は屋外へと歩き出した。
深呼吸をして意識を研ぎ澄ました瞬間感じたのだ、いつもは痣が光ると其処から伝わる仲間たちの意志を感じない。つまり…何故かは知らないが、今赤き龍の力を発動させているのは遊星だけであり、バリアを張っているのもまた、彼だけ。
ならば、と頭を振る。冷汗が背を伝う。かの龍の力は膨大すぎて、自分の肉体たった一つ、いつ何時発動に耐え切れなくなるかは分からない。早く、はやく脅威の原因を確かめてどうにかしなければ、仲間たちが建物ごと――消し飛んでしまうに違いない。
だから足を引きずり引きずり、真っ暗な外へ一歩踏み出した。
―しかし 途端に緩まる衝撃波
「………!?」
それに応じて次第に薄まっていく赤色のドーム、その向こうに見知った顔を見
つけて、遊星はあんぐりと口を開けた。
「 ― 見つけたぞ」
ふわりと着地した軽やかな姿、
後方に靡く栗色の髪、
不敵に笑む中性的な表情、
すらりと立つ華奢な体躯、
闇に紛れた黒衣に風を孕ませて―
――ん?
(黒い服?)
…はたして其処には赤いジャケットの代わりに黒づくめの洋服を纏い、ネオスの代わりにマリシャス・デビルを従え、居丈高な言葉遣いを用い、茶でも橙でも翠でもなく金色の目を光らせた、
遊城十代がいた。
「じ、十代さん?」
「貴様の認識に基づくならば、俺は『十代』ではない」
ずきり。痣が燃えるように警告を訴えるのを、摩りながら必死に収める。バリアを解除しはしたものの、この守護龍は目の前の存在に対する警戒を解いていないようだった。
「ふん。目障りな精霊だ」
「は…?」
「お前の居室にそのまま突っ込む予定だったんだが、劇的に拒絶されたな」
それにしてもお前にだけ力を干渉させるのは存外苦労したぞ。ととんでもない事を言いながらつまらなそうに金色を瞬かせる目の前の男は、遊星の痣を忌ま忌ましげに睨んだ。闇夜に浮かぶその色が――あやしくもやけに美しくて、遊星はつい目を逸らす。
(十代…さん、)
ずっと望んでいた再会に胸がどくんと高鳴る。が、よく分からない展開に迷っているのも確かだった。そもそもこれが本当にあの『遊城十代』かすらはっきりしないのだ(しかも目の前でそれを否定されたのだから、尚更である)。
「一人か」
「え?」
「今、一人だったのか」
「…建物自体には、たくさんいるが」
「そうではない愚か者」
ぎらりと睨み据える目線は人を凍らせる。
「どうやら、ずっと心配していたようだったからな」
そして遊星は思う。この十代によく似た男は、文の成分をやたらと省く傾向にあるようだった。頭が良い分、他者の理解を必要としないような。
「お前が寂しくないだろうか…はたまたお前の傍らに、既に誰かが寄り添ってはいないだろうか。と」
自己矛盾だ幼いにも程がある、と男は笑んだ。独り言のようなそれは、口調が想起させる侮辱よりは慈愛のような感情を含んでいた。
彼の言葉の意味を遊星がとらえるより早く、ふと金目が強く闇に浮かび――軌跡の残像を残して、彼とマリシャス・デビルの姿がジジジと歪む。壊れたプログラムか映像みたいに。
限界だ。
そんな声が何処からか聞こえた気がして、遊星は目を見開いた。
腕を伸ばす。
「待て。貴方は」
「俺の名は、」
十代から聞くといい。そう言った瞬間、男の周りの空間がヒトには聞こえぬ音を立てて『割れ』た。ぶれたその一片ひとひらが硝子のように、玉虫色に光って男に纏わり付き、ふわりふわりと空気が歪んでいく――
「 素直になれない愚か者どもに 、 」
――消えかけた最後のひとことは密かに響いて、
それから、次の瞬間。
其処にはひたりと目を瞑った、黒でも金でもなく、あの日のように赤き光そのものの
『遊城十代』その人がいた。
服装もたたずまいもがあっという間に変幻した彼は、ぼうと薄光を纏わせて神秘的に立っている。遊星はその光景にしばし陶酔した。
ぱちり。十代の瞬きとともにマリシャス・デビルは霧散し、…ぱちり。再度の瞬きで、橙と翡翠の光とともにネオスが現れる。
「は、はお…? えっ、あれ、…遊星?」
我に返ったようにひどく戸惑った二色の虹彩、それを読み取った瞬間に、遊星はとても自然に十代を抱き締めた。混乱と崇敬と感動に惑いながらも、言うべき言葉を準備し。そっと。
「………」
「…おれ、なんでここに」
「十代さん」
「…覇王の、しわざだよなぁ…」
「十代さん」
「寒いし…」
「十代さん」
「んだよ」
「メリークリスマス」
…かちり、
タイミングを見計らったように、すぐ後ろの時計屋から、0時を告げる音が一斉に鳴り始めた。
「…めりーくりすます」
「そんなに会いたかったんですか、俺に」
「何だそれ馬鹿じゃねぇの」
「俺は会いたかったですよ」
「…あっそ」
「今夜は皆でパーティーでした。今日もきっと。だから、十代さんも出てくださいね」
「…おう」
、クリスマスプレゼントだ
十代の呟きから聞かずとも名の知れた、どうも似合わぬ横文字を舌に乗せて、
にやりと笑んだ金色。その楽しそうな笑顔に感謝しながら。
遊星は空からちらつき始めた雪から守るように、腕の中のちいさな背中をぎゅうと抱き竦めた。
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