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空の月が陰っていた。陰る月はなんと三つある。何故か三つ。何故だ。答えは無い。返って来ない。何故ならばその場にいる声を発する事が可能な人間は遊星しか居ないからだ。ならば自分で考える他無い。首を傾げる。捻る。導き出された推測は至って単純なものだった。もしや、ここは地球ではないのだろうか。サテライトでもシティでも、過去の童実野町でも月は一つで太陽も一つだった。そもそも地球から見える月のような星はひとつきりだ。なら簡単な事だろう。地球ではない。もしかしたら赤き竜が行き先を間違えたのかもしれない。その節が有力だ。龍可はかつて、地球ではない異世界である精霊界に迷い込んだ事もあると言う。彼女が嘘を吐いているとは思えず、つまり、そういう事だろう。世界はひとつではない、とても広い、それこそ認識し得ない程に。実際にこうやって飛ばされたのが精霊界だというのなら仕方がない、赤き竜の回復を待ってどうにかしなければ。龍可が戻ってこれた事を考えれば自分も永遠にこのままではないだろう。そう願いたい。まだやらなければならない事は山積みなのだから。
世界は、分かった。視界をとても大きくした場合での場所は無理矢理理解した。だが次に問題であるのは今自分が立っている、固有名詞としての場所だった。取り敢えずこの場所は何なのだろうか。ぐるりと辺りを見渡した。何処か洞穴のように薄暗いが一応屋内のようである。ああ、しまった、と遊星は溜息した。着地場所としてはあまりにも頂けないからだ。元々屋外を走るDホイールが室内を走る事があってはならない。大迷惑だ。早く家主に謝罪をするか、立ち去るかしなければ。だがDホイールを携えたま人知れず此処を去るのは無理そうだ。余にも巨体過ぎる。全く持って非常識である。窓から覗く外は明らかに地上数十メートルでありそうだし、エレベーターなどというものは見当たらず階段しかない。ならば家主に頼み込み降ろすのを手伝って貰うか、或いはかなり無謀だが階段を一気に下るしかないだろう。校舎はどのみち一人で執り行うには骨が折れる。
遊星の決断は早かった。ロックをしっかりと掛けたDホイールをその場に残し、唯一見える階段らしきを登る。石だか岩だかで出来たら無骨な階段だ。これはDホイールを降ろすのがますます個人では困難になってきた。螺旋状の階段の段差ははそこそこの高さだというのに手摺らしきものは見当たらない。仕方がなく遊星はごつごつとしていながら且つつるつるとした壁をゆっくり手で伝いながら確実に段を踏み締めていく。
思えば何故、この時階段を上る方を選択したのだろうか。家主が下に居るのではないかと何故考えなかったのだろうか。まるで何かに導かれでもしたかのように、遊星は、そう、躊躇うことなく階段を上っていった。幾つもの段差を乗り越えて、ようやく石畳が切れた場所はとんでもなく開けた場所だった。部屋と呼ぶには余にも質素で無骨だった。明かりなどは窓らしき部分から差し込む外の光だけであるし、家具はひとつとて無く、鍾乳石のように天井や地面から岩が突出している。コレを部屋と呼べるのなら遊星達が育ったサテライトの小屋など豪邸とすら呼べるかもしれない。ただの、本当に、空間に過ぎなかった。
その空間にぽつんと人間が立っていた。小柄な、腕も足も胴体も頭部もあるので人間には違いない。違いないのに、遊星はそれを人間とは思えなかった。そもそもぽつんという表現すら似つかわしくない。ぽつん、などと可愛らしいものではないからだ。その人間らしき存在から漂ってくる存在感も威圧感も何もかも。全てを萎縮させるような真っ黒い、その黒の中でも確り爛々と煌くものを秘めているような鋭ささえ感じる。影をその場に磔にされたようだとも思った。動けない。動くどころか声も発せず、急に空気中の酸素濃度すら下げられたような錯角さえ。
けれど何よりも遊星に衝撃を与えたのはその後の事だった。
人間は見た目にも重厚な鎧を纏ったまま振り返り、遊星の存在を意識に捉える。逆光で顔は良く見えない筈なのに、遊星にはその【彼】の顔がしっかりと見て取れた。記憶と照合し、弾き出された記憶のフィルムに理解を躊躇する。
そんな筈は無い。だって彼は、彼の瞳は、彼のいろは!
「……我が城に来客とは珍しいな。貴様も礎にされたいという変り者か?」
まあいい、嫌いでは無い。そう零す金色の瞳がぎらりと瞬いた。冷たく薄い唇を僅かに吊り上げ、左腕にまるで武器のように装着されているディスクを起動した。闇の塊のような、どす黒い空気を覇気と共にぶつけてくる。とんでもなく強大な威圧に気圧されそうになりながらも、遊星は堪らずに叫んだ。
「…っ十代さん!十代さん、でしょう!?何故…何故こんな、ここに、どうして!」
太陽のように眩しく輝いていた記憶の中の彼と目の前の存在とではあまりにも差が有りすぎて、けれど遊星の感覚の全てが同一だと告げていて。分からないと混乱した頭では問い掛けるのが精一杯だった。
そんな遊星の声に、目の前の彼は、温度の無い声で告げた。
「…貴様の知る十代など…ああ、我が内部で閉じこもって居る。全く無力な餓鬼め。一緒にするな」
「な、ん……何なんだお前は!十代さんは、」
「我が名は覇王。…いいだろう、気に入った。あの軟弱に興味があるなら教えてやろうではないか。……どうした?怖気づいたのか?」

覇王、は、真っ直ぐに遊星を見据えて、高らかに言った。
構えろ、さあ、我を、我の中の十代を知りたくば。


「戦わない戦士に興味はない」










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