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『卵が先か、鶏が先か』。卵がなければ鶏は生まれないし、鶏がいなければ卵は生まれない。そんな、永遠にループする議題。


「なぁ、俺たちって結局どっちが先なんだろうな」
「…どういう意味だ?」
ぱたり、と読んでいた文庫サイズの本を閉じて、覇王と呼ばれる存在は頭上を見た。数段上に十代が両腕を頭の下に敷いて仰向けに寝っ転がっている。とは言っても、ここは上も下もない、暗闇のみで構成された世界だが。覇王が先ほどまで広げていた本はいつの間にか消えていた。何を読んでいたのか彼自身思い出せない。そういう空間だ。
十代が続ける。
「覇王が核か、俺が核かってこと。ていうか、そもそも覇王って人格なのか?」
「俺がそんなことを知っているわけがなかろう。しかし現に、おまえと話をしている俺がいる」
「デカルトか」
よっ、と弾みをつけて体を起こした十代が覇王の隣まで下りてきた。(あるいは上がってきたのかもしれない。)自分と全く同じ顔をした覇王の両頬を、つまんで真横に引っ張る。
「貴様、何をしている…」
十代と覇王のただ1つだけの相違点である金色の双眸が鋭く細められた。
「いや、俺も痛くなるかなと思って」
「ほう…で、実験の結果は?」
「どこも痛くなんねぇ」
何事もなかったかのように十代がぱっと手を離す。邪気のないくりくりとした目が小憎らしい。覇王は少々不機嫌な表情で頬をさすった。
「そもそも、ここは『遊城 十代』の精神世界だ。何が起きても何が起きなくてもおかしくない。俺は自分に思考があると思っているが、それすらも俺の思考かどうか疑わしい」
「じゃあ俺も、実は『十代』じゃないのかもな。おまえも『覇王』じゃないかもしれない」
「…ただ、『覇王』には力がある。絶対無敵、最強の力。悪を倒すためなら悪にでもなり、世界を掌握しうるだけの力。それが俺の、存在の証明」
興味なさげに十代は「ふーん」と言ってまた寝転んだ。話を振ったのは貴様だろう、と覇王は目を眇めたが、そういえば十代は覇王であり覇王は十代であり、つまりは同一人物であった。自分はなんとも自分勝手な存在であるようだ。
いつの間にか覇王の手元に本が現れていた。しおりが挟まれていたページを開き、再び文字を追う作業に戻る。

カツン、カツンと底がない筈の空間に足音が響いた。

一瞬前まで其処にいた十代と覇王は、跡形もなく消えていた。

現れた人影がフッと声を出さずに笑う。完全なる闇の中で、その人物は玉座に深く腰かけるように宙に座った。肘掛けに片肘をついて頬づえをつき、口の端を吊り上げる。彼の右目は橙色に、左目は翠色に妖しく輝いていた。
「そう、全部ひっくるめて、俺なんだよなァ」
足を組み、上の方の足をぶらぶらと揺らしながら、先ほどよりも幾分大人びた『遊城 十代』が真っ暗な虚空に向かって機嫌良く話しかける。
「な、知ってるか?『卵が先か、鶏が先か』って話。あれ実は結論出てるんだぜ。遺伝子情報は卵も、その卵から生まれて成長した鶏も変わらない。卵は親鶏がいなければ生まれない。卵に遺伝子情報を与えるためには親鶏の存在がまず第一に不可欠だ。―つまり、鶏が先だ」
十代が立ち上がって数歩前に進む。虚無をぎゅっと強く抱きしめた。ほのかに十代の腕の中が金色に発光する。
「でもさ、人間の体と心は…どっちが先なんだろうなァ?」
俺も結局は一部分に過ぎないんだ、と自嘲気味に呟き、彼もまた霧散した。


そして静寂に包まれる、奈落。








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