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褪ロラ
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 翌日、居間で顔を合わせたロヴィは、僕の顔を見て朗らかに片手を上げた。

 「よっ。おはよ」
 「おはよう……」

 朝の挨拶を夕方に交わすというこの奇妙な習慣も、すっかり日常の一部である。
 そんなことよりも僕は、彼の復調にほっとしていた。

 「ロヴィは、いつも寝ると元気になるよね」
 「へへっ、だろー? 昔っから無駄に丈夫なんだよな、俺」

 僕のそんな言葉にも、ロヴィは得意げに応じる。そうして彼が屈託なく笑うと、場の空気が柔らかく和んだ。斜陽に染まる室内が、暖かな雰囲気に包まれていくような気がする。夜を迎えつつあることの証左であるはずの夕日が、安らぎの色に変わっていく。
 台所の方から、包丁を扱う音、洗い物をする音、何かを焼く音が次々に聞こえてくる。ここでの生活という行為がもたらす、心地よい雑音だ。時折混じる、言い争うような声は、アキくんとエルドさんのもの。彼らの喧嘩もまた、もはや恒例であり、すっかり日常の一部と化していた。言い争いには違いないのだけど、初対面の頃のような一触即発の剣呑さはもう感じられない。放っておいて問題ないのだと思う。ロヴィも何も言わないし、多分、これでいい。
 どこからか忍び込んできた穏やかな風に乗って、食事のいいにおいが鼻をくすぐった。
 お腹が空いたな、と思った。

 揃って食卓を囲んでいる顔をこっそり眺めて、僕はいつもの一日の始まりを迎えられたことに安堵する。昨夜は大変だったけれど、改めて今この四人で食事をすることが出来て本当に良かったと思っている。
 そして同時に、感慨のようなものも抱いている。だって僕たち四人の間にあるのは、血縁でも、友情でもない。何の巡り合わせかここに集まって、しかし、確かにこうして家族のように食事をともにしている。それは奇跡のようであり、運命に似ていた。
 ただ、僕たちを巡り合わせたものの言わずと知れた正体は、奇跡でも運命でもない。それをこんな風に肯定的に捉えてしまって良いものなのか、僕にはわからない。
 以前にも、同じようなことを考えた。シャロンさんが生きていて、僕が、「こちら側」に足を踏み入れたばかりの頃。あの時は、自分がこんな日々を過ごすことになるなんて想像もしていなかった。
 この時間を、この光景を、どんな巡り合わせにせよ、今ここにある『今』を。とても大切で愛おしいものだと思っている、なんて。

 「今日も……、行くんだよね」
 「おう」
 「大丈夫かな。あの人、また来たりしないかな」

 僕を助けてくれたあの人は、アキくんのことも庇ってくれた。なのになぜか、ロヴィにだけは敵意を剥き出しにして、殺そうとさえしているみたいだった。
 僕の問いに答えはなく、アキくんは僕に問い返した。

 「俺たちが駆け付けるまでに、あいつ、何か言ってた?」
 「…………あ」

 問われて、思い当たる節のあることに気が付いた。情けない話であるが、昨夜の僕は完全に錯乱状態に陥っていて、そのせいで前後の記憶さえも覚束ないところがあった。

 「何?」
 「ええと、待って、……思い出す」

 そう言って僕は、頼りない記憶の糸を手繰り寄せる。

 「…………血が効くんだな、とか。あと……、手足を、落として……、みたいな……」

 僕の言葉に、三人ともが食事の手を止めて一斉に渋面を作って見せた。
 ロヴィは心底嫌そうに。アキくんは怒ったように。エルドさんは、目を伏せて視線を落とした。

 「た、多分、だけど……。自信は、ないです……」
 「相変わらず煮え切らないなあ、君……」
 「……いろいろ、あって……。飛んじゃってて」
 「…………」

 僕の弁明は聞き届けられたのか、それ以上アキくんから叱責の言葉はなかった。




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あきゅろす。
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