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褪ロラ
19



 さらに追い詰めようと駆け出したアキくんの行く先を、阻むように”影”が割り込む。フードの男はそれを幸いとばかりに素早く身を起こし、一目散に逃走した。

 「ちっ、……!」
 
 苛立ちを隠しもしない舌打ちを一つ、アキくんは手にした細剣を仕切り直すように振り払った。
 あの男を追ってここを離れれば、この“影”もまた僕たちを追いかけてくるだろう。迎撃地以外での戦闘は、民間人を巻き込んでしまうリスクだけでなく、純粋に僕たちが戦いづらいという難点がある。あらゆる障害物を通り抜けてしまう、実体を持たない“影”と違って、僕たちはこの世の存在である。狭い路地や建物の中での戦闘は、僕たちにとって不利でしかない。
 今ここで、この“影”を倒してしまうしかなかった。

 「ねえ、ロヴィはどこ……!?」
 「あの”影”に食われたらしい」
 「食われた……!? 何それ、聞いたことない!」
 「俺もだ。……とにかく腹の辺りには攻撃するな。外側から順に、手足から削ぐ」

 歪な形に合体した”影”はしかし、本気になった二人の敵ではなかった。ほとんどアキくん一人でも、片が付いてしまうほど。
 でも。
 でも、ロヴィが。

 結局、少しずつ削ぎ落していっても、ロヴィの姿は見付からなかった。“影”に呑み込まれたのだから、そのまま”影”の内部にいるのではないかという僕たちの安直な期待は、見事に裏切られてしまったわけである。
 そもそも相手はあの”影”だ。普通の捕食とはわけが違うのだろう。口に入れられた人間がその体内以外のどこへ行くのかなんて、もう予想すらつかなかった。

 「……とにかく、一旦ここを離れるぞ。あいつがいないんじゃ、またいつこれが動き出すか……」
 「…………」
 「しっかりしろ……! まだ朝まで時間があるんだ、ぼーっとしてたら死ぬぞ……!?」
 「で、でも……」
 「そう結論を急ぐな、まだ何も分からない。……いいから今は、今夜生き残ることだけ考えてろ」

 その後のことは、よく覚えていない。
 とにかくエルドさんに迷惑を掛けて、守られて、庇われていたことだけはなんとなくわかった。もっとも、そんなことくらいは、たとえ覚えていなくたって簡単に想像がつくのだけど。
 アキくんの手、痛そうだった。今日こそは手当てに名乗り出てみたかったのに。戦えない代わりに、みんなの傷の手当くらいは出来るようになりたくて、こっそり練習していたのに。不器用な僕には、まだまだ上手にできる自信はないけれど、アキくんは呆れながら許してくれるだろうって、そんなことまで考えていたのに。
 僕の頭は、食べられてしまったロヴィのことで、こんなにもいっぱいになってしまった。




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