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褪ロラ
7


 毎晩の“影”の襲撃は、着実に激化の一途を辿っていた。
 僕が初めて”影”を目にしたあの頃には、想像もできなかったほどたくさんの”影”が押し寄せてきていた。
 同時にそれは、”影”に堕ちた僕たちの仲間がそれだけいたということの証明でもあった。僕がロヴィに命を救われたあの日、各地の研究組織の支部が一斉に襲撃されたらしいことは聞いていた。ただ、その際の具体的な被害については聞かされなかった。だから僕も、何も尋ねたことはなかったのだけれど。
 こうして来る日も来る日も押し寄せる”影”の数を見るにつけ、どれだけの人があの日、人としての生を終えてしまったのか想像に難くはなかった。

 「くっそ……! キリがねーっての!」
 「これ、いつまで続くんだ……!?」

 突き刺して、振り払って、押し戻して、振り返りざまに薙ぎ払う。どれだけ倒しても次から次へと新手が現れた。
 しかし、不思議と一斉に向かってくることはないのだ。まるで、タイミングを計られているみたいだった。数で押してしまえば僕たち四人(ほぼ三人だけれど)など容易く全滅させてしまえるだろうに、なぜか現れるのは決まって二体か三体のグループ単位で、それだけがひたすらに奇妙で不気味だった。”影”たちに生前のような知能があるのだとしても、この非効率的な行動は説明がつかない。予測の出来ない変化を遂げていく”影”の戦闘スタイルに、みんな目に見えて苛立ちと焦燥を感じているようだった。
 そして、事態はさらに悪化する。

 「は……!? ちょっと待て、こいつら合体してないか!?」
 「え」

 切り伏せた”影”はこれまで、黒い靄を吐き出しながら地に伏せ、静かに結晶化を待つばかりだったはずだ。それが、今は。

 「……動いてる……」

 まるで失った体の一部を求め合うように、”影”の残骸たちは互いに少しずつにじり寄っていた。そして、漏れ出す黒が橋渡しをするように、結晶化したはずのその体が――溶け合った。
 溶けて混ざり合った”影”の体はやがて一つの体に再構築され、漂っていた黒い靄は新たに再生された器に帰っていく。もう元の形態が何であったかなど、お構いなしだ。どれが手足で頭なのかなど、もはやシルエットでは判別のつかない異形のキメラ。不格好な体を揺すって、しかし何不自由なく動き出したそれは、次の瞬間には機敏な動きでエルドさんに跳びかかっていた。

 「おい嘘だろ……? マジでキリがねえぞこんなの……!?」

 相手にしていた二体の”影”のコンビネーションを退けて、危ういタイミングでキメラの打撃を受け止めたエルドさんは、力技でその歪な体を吹っ飛ばした。少し離れた位置で、丁度目の前の”影”を蹴散らしたばかりのアキくんが、金の瞳を爛々と輝かせて走り出す。息を弾ませながらも、楽しそうに”影”を追いかけるアキくんの背中を止める間もなく見送って、エルドさんは苦く舌打ちした。

 「とにかく動きを止めたヤツから消していかねえと……! おい、俺とアキでなんとかするから、お前は片っ端から消してってくれ! 頼む……!」
 「……っ、おう……!」

 ロヴィに代わるように”影”との間に割って入ったエルドさんは、次いで後ろから見守っている僕にも声を掛けた。

 「なあ、お前もどうせ暇してるだろ。あいつについてってやれよ」
 「え……。で、でも僕、何にも……」
 「いいから行けって、ほら!」
 「ひ、ひ……っ!?」

 いきなり無造作に首根っこを掴まれて戦場に放り出された僕は、思わず恐怖に上擦った声を上げて、その場に硬直した。今すぐ消えてなくなりたかった。
 未だ再生せずに燻っている”影”の残骸を前に、無防備に突っ立っているだけのロヴィを狙っていた”影”が二つ。僕に気付いたのか、ぐるりと首を回してこちらを見た。一本足の、変な形をした”影”だった。
 蛇に睨まれた蛙とは正に今の僕のことを言うのだな、と呑気なことを思った。
 どこが目なのだかさっぱりわからないが、確かに僕はその二体の”影”に認識されてしまったらしい。徐に”影”たちは一本しかない足を縮めると、真っ直ぐ僕に向かって勢いよく跳ねた。





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あきゅろす。
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