褪ロラ
2
いつもより少しだけ豪華な食卓を四人で囲んで、僕たちは束の間の穏やかな時間を過ごす。
ロヴィはやっぱりとても美味しそうに料理を口に運んで、子供のように幸せそうな顔をしていた。アキくんも嬉しそうだった。わざわざエルドさんに教えてもらうくらいには、彼の料理の腕を気に入ったのだろう。二人がとても美味しそうに食べているものだから、エルドさんも嬉しそうだった。
それはとても、とても幸せなひと時で。僕はこの人たちと囲む食卓がとても好きだった。
「そういえば、昨日変な人いなかった?」
アキくんの一言で、僕もそういえば、と昨日のことを思い出した。
「あー、あの変なフードな」
「僕が助けてもらった人……?」
「は……? どういうこと?」
やはりというか、アキくんは自分の戦闘に夢中になってしまうところがあるようで、昨夜僕が襲われそうになったときのことも、朧げにしか覚えていないようだった。僕がたどたどしく事の顛末を説明すれば、じとりとこちらを睨んでサラダを一口摘まんだ。
「君って人は、どこまでぼーっとしながら生きてるの」
「……面目ないです」
「じゃあ何、見ず知らずの誰だかよくわからない人に助けられて、すぐに逃げられたってこと? ……ロヴィは? 何か知らないの?」
「……あのなー、別に俺は何でも知ってるカミサマじゃねーんだぞ?」
不服そうにちょっと口を尖らせて、ロヴィはアキくんに抗議した。美味しいご飯で幸せいっぱいだった表情が、ほんの少しだけ損なわれた。
それにしても、その答えには僕も少なからず驚いていた。ロヴィにもわからないなんてことがあるのか。だって、あの人は確かに――。
「でも武器が、僕たちと同じ……」
「だな。武器を持ってたってことは、そりゃ俺と一度は会ってるはずなんだけどな。でも正直、誰がどの武器持ってたかなんてさすがに覚えちゃいねえんだよなあ……」
フォークをちょっと行儀悪く咥えながらうむむと唸るロヴィに、アキくんが手を伸ばしてそれを口から引き抜いた。
「行儀悪い。……普通に考えれば、あんな格好をする理由は顔を隠して素性を隠したいから、だと思うけど。君に顔が割れているなら尚更」
「俺にバレたら困んのか?」
「さあ。でもそれ以外に、あんな趣味の悪い格好を好んでする理由があるかな」
ロヴィに素性を知られないよう顔を隠すことが一体何の益になるのだか、皆目見当がつかないけれど、現状考えられる理由としてはそれが一番妥当だろう。
よくわからないが、助けてくれたのだからいい人なのだろうと、僕は思うけれど。
「……それを言うなら、お前もだよな」
「へ、俺?」
「その全く目立たない格好だよ」
「ああ、そういえば。見慣れ過ぎてて気にならなくなってた。そもそもなんで全身黒なの?」
急に矛先を向けられたロヴィはぱちぱちと瞬きを繰り返して、自分の袖口を少し引っ張った。黒いパーカーに黒いズボン、それに黒い靴下に黒いブーツ。髪が黒いのは地毛だとしても、ここまで全身を黒で固める行為には、ある種の執念を感じるのも確かだ。
「んー、気になる?」
三人分の視線を受けて、なぜか楽しそうにしているロヴィは焦らすように笑う。
僕は素直に頷いて彼の言葉の続きを待つ。僕たちが見守るなか、パンの最後のひとかけを口に放り込んで、もごもごと咀嚼すると、彼はそれを美味しそうに飲み込んだ。そしてのんびり僕たちの顔を見渡して、清々しい笑顔でこう言った。
「ナイショ」
「…………」
エルドさんは頬杖をついて支えていた顎をずるりと滑らせ、アキくんは本気で苛立った顔をしていた。僕も肩透かしを食らって、一気に気が抜けてしまった。
「いや、だって大した理由じゃねえからさー」
「うわ、気になる。わざと焦らしてるでしょ、人が悪い」
「ほんとだって……! まあ一応断っとくと、俺は隠れたいからって着てるわけじゃねえぞ」
「十分ステルス性能発揮してるけどな……?」
結局、大したことではないというその理由は、けれど頑として彼の口から語られることはなかった。
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