褪ロラ
10
「いるんだよ、あの黒い靄と、……馴染んじまうやつ」
「馴染む……」
「ああ。そういう連中は決まってめちゃくちゃに強ぇし、……あんな風になる」
ロヴィは眉をそっと寄せて、目を伏せる。
「あいつらは、黒い靄をエネルギーとして使うことが出来る。――いや、エネルギーっつうか、ドーピングに近いか……? 理屈は置いといて、要するに身体能力が跳ね上がるわけ」
「……ドーピングってそんな、あの靄は、一体何なの」
「…………『人の願い』、だろうな」
思わぬ言葉に僕は驚いて、目をしばたいた。
「願い?」
「うん。……あれは、人間の願いから生まれるんだ。その願いが強けりゃ強いほど、濃く、たくさん、な」
「…………」
それが、あの狂気の正体。アキくんが力に変換しているもの。
そして、人の願いから生まれたものが、今世界中の人々を苦しめる原因になっているということは――。
けれど、そんなことは僕にだってわかる。人は生きている限り、願うことを止めはしない。
こうだったらいいのにとか、こんなことがしたいとか、人間は何かを願わずにはいられない生き物だ。例えば悲しいことがあったとき、悔しいことがあったとき。大きく心を揺さぶられた人は、その理不尽や悲しみを嘆いて、そうではない今を、未来を、願うのだ。
「まさか……」
――そうだ。
僕は、そうやって大量の黒い靄が撒き散らされた現場に立ち会ったことがある。
「アキくんの、あの時の急性中毒って……」
「……『家族の死』っていう理不尽に直面して、何かを願わない人間がいると思うか?」
「ロヴィは、それを止めようとして……」
「失敗しちまったけどな?」
あははと苦笑するロヴィに、僕は何も言えなかった。
あの時、この人は必死に何かを止めようとしていたのだ。体調の優れないなかで、必死に、懇願するように。
「アキくんに、シャロンさんの死ぬところを見せたくなかったの……」
「そりゃ、好き好んで見せたくはねーって。大体アキにはまだ、発症までに猶予があった。ああいう性格のやつは、人よりも靄の許容量が多いから……」
ああいう、という言葉の差す具体的な要素は僕にはわからないけれど、確かに靄の許容量に個人差があるという話は聞いたように思う。
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