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褪ロラ
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 自分の目で見たことだけは確かだ。――などと言ってみたはいいが、果たして僕はアキくんがいつから手袋をするようになったのか、正確な時期を答えられる自信がなかった。
 いつの間にか黒くて薄手の生地のそれが、アキくんの両手を覆うようになっていた。

 「……剣、握るでしょ。マメがつぶれると、痛いから」
 「そっか」

 でもそれならアキくんの武器は片手剣だし、左手まで手袋をする必要はあるのか疑問ではあるのだけど。いや、だからといって右手だけ手袋を嵌めるというのも、ちぐはぐな見た目になってしまうだろうか。
 彼のためだけに誂えたかのようにアキくんの手にぴったりの手袋は、それゆえに四六時中はめていても気にならないみたいだった。ロヴィも、エルドさんも、何も言わなかった。だから、僕もそれ以上は何も言わなかったけれど。

 ――本当に? 本当に何もないのだろうか?
 黒い靄の狂気と、ほぼ同時期に身に付けるようになった手袋。そこに必然性はないのだと、本当に言い切れるのか。
 僕一人で考えたところで、答えなど見付かりはしなかった。


 *****



 「あいつと似たような状態のやつを知ってる」

 エルドさんは、暖かいココアを淹れてくれた。

 「え……」
 「夫婦で一緒に戦ってた連中でな。ある日夫の方が”影落ち”した。半狂乱になった妻は次の日の夜から、黒い靄を纏いながら戦うようになった」
 「……その人は、それで……」
 「すぐ死んだよ。自殺だった」
 「…………」
 「一つ言えるのは、ああやって黒い靄を纏わりつかせてる間、あの女は無茶苦茶に強かった。……代わりに、人が変わったように好戦的になった」

 せっかくのココアなのに、味わう気分ではなくなってしまった。





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あきゅろす。
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