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褪ロラ
7

 夜の道は、暗くて怖い。日中はそれなりに賑わっているのだろうこの通りも、今は行き交う人の姿もまばらだ。静かな夜の空気に、僕たちの足音だけがやけに大きく響き渡っている気がした。夜を照らす街灯の明かりは闇を切り取ったようにその足元を眩く浮かび上がらせ、けれどその強い光に落ちる影は却って黒を増していた。どこまでも暗い影を見ると、反射的に身構えてしまう。僕はそれが動き出して、人を襲うということを知っている。
 ここ数日は特に、”影”に遭遇する頻度も高くなっている。僕はまだこの生活を始めて日が浅いけれど、もう何年もこんな日常を送ってきたロヴィやエルドさんも同じことを言うのだから間違いはないだろう。
 しかも、”影”の戦闘スタイルにも、徐々に変化が見られるようになってきたのだ。それは、後ろから見ているだけの僕にも明らかなほどの如実な変化だった。
 これまでの対“影”の戦闘における一種の常識として浸透していたのは、通常彼らは単体で行動するということだ。互いの意思疎通はおろか、複数の”影”が同時に現れることがそもそも極端にまれなことであったらしい。それが今や、一体の”影”を見たら、もう一体は必ずどこかに潜んでいることを想定していなければならなくなっていた。しかも彼らの間には鮮やかとも表現すべき完璧な連携が成立している。
 その日現れた”影”も、もう何体目だったか知れない。無数の”影”の残骸を足元に転がしながら、僕たちは間断なく戦いを続けていた。
 アキくんの前には、二体の”影”。二対一の不利な状況でも、アキくんは眉一つ動かさずに淡々と足を運び、剣を振るう。その動きには余裕さえ感じられるけれど、なかなか決定打を与えられずにいた。一体を追い詰めても、あと少しのところでもう一体に邪魔される。そんなじれったい局面が続いていた。

 「一人じゃ無理だ! 俺が……」

 ――素手、だった。
 エルドさんが見兼ねて駆け付けようと振り返った直後である。無造作に武器を放り捨てて、空いた右手でアキくんは襲い掛かってきた”影”の体を自分の方に引き寄せた。その細腕の一体どこにそんな力があるのか。逃れようと身を捩る”影”を、力任せに。連携のタイミングがずれてしまったことで少なからず動揺があったのだろう、僅かに動きの鈍くなったもう一体の”影”に狙いを定めると、アキくんは地面に縫い留めるかのごとく深々と”影”の頭蓋を貫いた。
 ぐしゃりと、柔らかいものを潰したような音がした。

 「……ふふ」

 桜色の唇から微かに零れた笑みは、ここ数日ですっかり見慣れてしまった狂気。
 突き刺した細剣を引き抜きざまに、返す刀でもう一体の”影”の口に刃を押し込む。ずぶずぶと黒い体に呑み込まれていくアキくんの握る剣は、内側からその黒を破壊していった。”影”の口に肘まで突っ込んだ右腕を、再び力任せに引きずり出す。勢いよく噴き出した黒い靄を掴むように握られたその手もまた、靄の黒に染まりつつあった。

 傷だらけの手のひらを意に介することもなく、だらりと腕をぶら下げて、気だるげな瞳でアキくんは足元の残骸をがしゃりと蹴り飛ばした。


 そうやって間抜けにもアキくんに気を取られていた僕は、ここが戦場だということを、そして何より僕も彼らの標的になり得るのだということを、失念していたのだと思う。
 ぞくりとその気配を感じ取ったときには、もう遅かった。
 その“影”は僕の目前に迫っていた。

 そして全ては、黒に塗り潰される。

 「――――」

 ――音もなく振りかざされた大剣が、それを薙ぎ払うまで。

 「あいたっ……」

 突き飛ばされて足を縺れさせた僕は、そのまま転倒して強かに尻もちをついた。




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