褪ロラ
6
――作戦、その三。
「……まあ、なんだ。大人ぶってはいるが、所詮あいつの舌はおこちゃまだ」
今度はエルドさんのターンだった。
「えー……。また料理かよ……、芸がねえなー」
「うっせえよ、お前よりはマシだっての!」
かくして、僕たちは三人で協力してアキくんの喜ぶような料理を作ることになった、のだが。
――結果から言えば、それはもう、すごいものが出来上がった。
創作料理だと、はしゃいでいたのだ。全てはその一言に尽きる。だからエルドさんが少し台所を離れた隙に、ちょっとしたチャレンジをしたくなってしまったのである。僕とロヴィは、心からの善意とほんの少しの悪戯心で、大きな過ちを犯してしまった。
そしてエルドさんに見付かり、アキくんに見付かって、食べ物を粗末にするなと、今までで一番怒られた。
本当にその通りで、返す言葉もなかった。
「……もう一回聞いてあげる。君たちは、何がしたいの」
眉間を押さえながら、アキくんは俯きがちに口を開いた。
僕たちは、再び床に正座していた。
「え、えっと、……」
「俺を怒らせて楽しい?」
「ち、違う、ちがう」
「……じゃあ何だよ」
「だから……。あ、……『アキ、くんを励ます会』」
「帰れ」
不愉快極まりないという顔で、吐き捨てられてしまった。しかも食い気味に。
ロヴィの言っていた通り「アキ」と呼び捨ててしまいそうになったところを、咄嗟に言い換えた僕の機転は、けれど顧みられることはなかった。虚しい。
「なんだよもー、そうつんけんすんなって……!」
痺れを切らしたように立ち上がったロヴィが、アキくんにしなだれかかって頭を撫で始めた。……少し、羨ましい。
けれどアキくんはぐしゃぐしゃにされた頭を整えながら、迷惑そうにロヴィを押し退けている。
「ああもう、鬱陶しいな……! だからそういう態度が……」
「待て待て待て! ……よし。わかったから、黙ってこれを食え」
「っ、エルドさ……! そうやって俺のこと、ことあるごとに料理で釣ろうとするのやめてくれる!?」
「釣れるんだからいいだろ」
「よくねえよ!!」
ここへ来て、怒りもピークに差し掛かっているのだろう。アキくんの口調が大荒れしている。
ちなみに「これ」というのは、僕たちが台無しにしたアレではなく、エルドさん手製のきちんとした創作料理だった。
二人のやりとりを尚もアキくんに抱き着きながら見ていたロヴィが、徐に口を開いた。
「……お前ら、ほんとは割と仲良しなんじゃね?」
「だよな? 俺もそう思う」
「はあ?! 冗談じゃない……!」
正反対の言葉が同時に返って来て、僕も思わず少し微笑ましくなってしまった。
緩んだ頬を隠すように右手でそっと口元を覆っていると、アキくんにきつく睨まれた。
「……わかった、こうしよう。試しにこれから三日間、お前の専属シェフになる」
エルドさんが真面目な顔をして、三本指を立てた。
「何が『わかった』のか、俺には全然わからない」
「お前の食いたいもんを、完璧にお前好みの味付けで提供してやろう」
「あのね……」
「プロを舐めんなよ。クソガキの舌なんざちょろいもんだ」
「……見習いのくせに偉そうに……」
「素直じゃねえな……、その見習いの作った菓子にまんまと釣られたのはどこのどいつだっけ?」
「……、エルドは、俺の神経を逆撫でする才能あるんじゃない……?!」
――と、ふつりと糸が切れたように、アキくんの怒気が消えた。
「はあ…………。はは、もう、何なのこれ」
それどころか急に笑い始めたアキくんに、僕たちは目を丸くした。そして、纏わりつくロヴィの手をそっと外して振り返ると、銀の瞳を見上げて困ったように苦笑した。
「もう怒る気にもならなくなってきた。……みんなが俺を心配してくれてることは、十分わかったよ。……ありがとう」
さっきまでの剣幕が嘘のように凪いだ穏やかな金の瞳で、アキくんは僕たちと順番に目を合わせた。
「でも、本当に大丈夫なんだ。心配してもらうようなことは何もないよ。無茶をしてるわけでも、やけになってるわけでもない。だから、……安心してよ」
その言葉を鵜呑みにして、ああよかったと安心していいのかどうかは、僕には判断しかねる。けれど、少なくともあの日以来アキくんが取り続けた頑なな態度は、確かに緩和していた。
――こうして『アキくんを励ます会』は、一応は成功らしきものを収めて、その短い歴史に幕を下ろしたのだった。
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