褪ロラ
5
――作戦、その二。
「まだまだ、こっからが勝負だからな……!」
「大丈夫か……? 一回怒らせてんだから、もうちょっと間を空けて……」
「だーいじょうぶだって!」
なぜかやたらと自信満々に言い切ったロヴィに、エルドさんもそれ以上は何も言わなかった。
「何か、秘策でもあるの」
「いや、なんも?」
「えー……」
「大丈夫、大丈夫。任せろって! こういうのはマゴコロが大事なんだぜ」
「……マゴコロ」
僕はエルドさんと顔を見合わせた。なんとも言えない表情をしていた。きっと僕も、似たような顔をしていると思う。
「で、何にそのマゴコロを込めるんだ……?」
「へへ。いいこと思い付いたんだ……!」
八重歯を覗かせた無邪気な笑顔が眩しかった。
「…………何、これ」
「手紙!」
「……なんでまた、手紙って……」
それは僕たち三人で寄せ書きのようにして作ったメッセージカードだった。洒落たペンも見当たらなければ、色塗りやデコレーションの類もする暇がなかったので、黒のペンで綴っただけの素っ気ないものだったけれど。
「……なんだろう。すごく、反応に困るんだけど」
紙面に目を落としたアキくんは、ロヴィの期待とは裏腹に、戸惑ったような苛立ったような表情を浮かべていた。
「…………」
「何、この『いつもありがとう』みたいなメッセージ……。俺、別に誕生日でも何でもないんだけど……?」
「それはまあ……、その……。日頃の感謝をだな……」
「ああ、そう……。どういたしまして……? そもそもこれ、手紙にする必要あった?」
「いや! だって手紙の方がなんか、なんか……、伝わるじゃん……」
だんだんと語尾が小さくしぼんでいって、ロヴィはしゅんとして眉を下げた。
「……だから、そんな顔されてもさ……」
疲れたように重苦しい溜め息を吐いたアキくんに、何かフォローをしなければと僕たちは一斉に動き出した。
「の、喉渇かねえか? お茶淹れるか?」
「あっ! そうだ。じゃあ散歩行こうぜ! 気晴らしに……」
「えっと、えっと、僕は……」
「…………」
バン!と大きな音がして、僕たちは動きを止めた。
机を叩いた手のひらをそのままに、アキくんは静かな声で言った。
「……そこに座って」
静まり返った室内に、ピリピリした空気が満ちる。
「……? どうし……」
「いいから、そこに、座って」
有無を言わせない強い口調で、アキくんは僕たちに着席を指示した。すごすごと肩を縮めて、僕たちはアキくんに向かい合うように、並んで床に正座した。
普段とは違う角度で見上げるアキくんの顔は、いつにも増して怖かった。
「さっきから何。みんな揃って俺のこと馬鹿にしてる……?」
「いやいや、そんな馬鹿な」
「……わざとだよね? わざと俺の気に障るようなこと言って、人のこと腫れ物みたいに扱ってるんでしょ?」
ご立腹だった。これは相当怒っている。と、思う。
でも違うのだ、僕は、僕たちは、アキくんを怒らせたいわけでも、腫れ物扱いしたいわけでもなくて。
「げ……、元気になってほしくて」
「余計なお世話って言葉、知ってる……? っていうか待って、嘘でしょ……。あれで俺を元気づけようとしてたの?」
正気を疑うような目で見下ろされて、さすがに僕もちょっと傷付いた。隣で俯いているロヴィも、さらにしょんぼりと肩を落としている。
「……っとに可愛くねえガキだな」
エルドさんだけはいつもの調子で、アキくんに突っ掛かっていた。二人の間に流れる一触即発の不穏な空気に怯えながら、僕はほんの少しだけエルドさんから離れて、ロヴィに身を寄せた。
「陰口なら聞こえないように言ってほしいんだけど?」
「聞こえるように言ってんだよ、悪かったな……!」
あまりに堂々した啖呵に、ほんの一瞬だけアキくんが怯むような間を見せた。
「みんなお前が心配なんだよ。なんでわかんねえんだよ?」
「……ほっといてよ」
けれど、心底迷惑そうに、アキくんはもう一度溜め息を吐いたのだった。
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