[携帯モード] [URL送信]

褪ロラ
3

 夕方、日の傾き始めた頃に目を覚ます。
 ここ数日で僕も、この昼夜逆転の生活にどうにか慣れてきたように思う。初めのうちは夜通しの戦闘が眠くて堪らなかったけれど、近頃はちゃんと起きていられるようになった。
 今までは、戦いの前の腹ごしらえ――つまり朝食(のような夕食)を取るぎりぎりまで寝かせてもらっていたから、僕はずっと食べさせてもらってばかりだったのだけど、今日は初めて早い時間に起きることが出来た。与えてもらうばかりでは、僕だって気が引ける。そう思って、エルドさんに手伝いを申し出ていた。
 ちなみに、例の一件以来、エルドさんの台所出入り禁止令は無事に解かれたらしく、以来アキくんとエルドさんは交互に食事の用意を任されている。

 「えっ」

 炒め物用にと、平たい大皿を手に取ったところだった。

 「……エルドさんって、プロの料理人なの」

 プロ、という言葉にひどく感心した。僕には職業の何たるかなどわからないけれど、料理を作って、食べてもらって、その対価としてもらったお金で生活をしていける人のことだ。それは当たり前のことのようで、とてもすごいことだ。

 「って言ってもまあ、見習いだったんだけどな。もうちょっとで一人前として認めてもらえるってとこまで行ったんだが、……いろいろあってな」
 「……いろいろ」
 「いろいろ、だな」
 「そう……」

 一人前の料理人を目指して修行をしていたエルドさんが、今はお店のお客さんではなく、こんな場所で僕たちのためにご飯を作ってくれている。このギャップを埋める”いろいろ”の出来事を、想像できないのが僕の欠落。分かっていて何もできないこのもどかしさを、僕はどうすればいいだろう。

 複雑な表情で微かに笑うエルドさんの気持ちを、僕は慮れない。
 言ってくれなければ、教えてくれなければ、わからないのに。空っぽの僕には気の利いたセリフの一つも返せないけど、理解しようと努力することくらいはできるかもしれないのに。
 けれどみんな、いつだって僕の前では、言葉を濁すのだ。


 *****

 「名付けて、『アキを励ます会』!」
 「…………」
 「…………」

 手を腰に当てて得意げに胸を張ったロヴィを、僕とエルドさんは無言で見つめた。
 アキくんは部屋で寝ている。本来なら僕たちも寝ている時間、つまり今は真昼間であるわけだが、示し合わせて起き出して秘密の作戦会議をしているところだった。

 「……んだよ、リアクションうっすいな!」
 「いや、励ますっつってもな……。あいつ、別に落ち込んでるわけじゃないだろ……?」
 「んな細けーこといーんだよ!」

 確かにアキくんは落ち込んでいるわけではなかった。毎日きちんと寝て起きて、家事をして、戦いに出掛けて、再び眠る。生活サイクルの乱れもなければ、極端に消沈している様子もない。口数は元々多い方ではないらしく、物静かなのは今に始まったことではないとのことだ。
 ただ――、父を亡くした少年とはこうも穏やかなものなのだろうかと、僕でさえ疑問に思うところはあった。

 「とにかく! あいつの精神状態をなんとかいい方向に持って行きてえんだよ。もちろん協力してくれるだろ?」
 「……僕で、良ければ」
 「そりゃ俺だって協力はするけどよ……。具体的に、何するんだ?」

 エルドさんの疑問はもっともだった。僕だって、アキくんのために何かしてあげたいとは思っているのだ。けれど何をしてあげればいいのか、何をしてあげられるのか、肝心なことが分からなかった。

 「何がいいと思う?」

 ロヴィはにっこりと笑って、無邪気に首を傾げた。見事に丸投げだった。
 僕だって、それが分かれば苦労はしていないと言うのに。

 「うーん……。……嬉しいこととか、楽しいことをしてあげる……?」
 「はいダメ。フワッとしすぎ」
 「う……。アキくんが喜ぶことって何だろう。僕がされて嬉しいのは……」





[*前へ][次へ#]

3/13ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!