褪ロラ
1
酷い戦い方だと思った。
あとほんの一瞬のタイミングのずれで、紙一重の距離で、大怪我を負っていたかも知れないようなシーンがいくつもあった。それなのに当のアキくんときたら、防御姿勢も取らなければ、回避動作もないのだ。攻撃は最大の防御であるとは言うものの、それにしても攻撃に特化しすぎているような気がした。
その光景が酷く異質に見えるのは、その状況がとても異常に見えるのは、多分、彼から恐れという感情を見て取れないことに起因しているのだと思う。むしろ、見ているだけのこちらの方がハラハラしてくる始末である。
目と鼻の先を”影”の腕が掠めても、つい今しがた踏み締めていた地面が黒く染まっても、アキくんは眉一つ動かさなかった。
――それどころか、ずっと笑っていたのだ。楽しくて仕方がないとでも言うように、口元をほころばせて。お気に入りのおもちゃで遊ぶ子供のような無邪気さで、彼は武器を振り回し”影”から色を奪っていく。
まるで戦うことを、心から望んでいるみたいだった。
あまりに楽しそうにしているものだから、実は何か愉快なことが起きているのではないかと錯覚してしまうほどだ。けれど目の前の戦場を見据えるたび、彼の纏う黒に、その狂気と異常を思い知るのだ。
「だって、シャロンに会わないと」
彼は、あの”影”を養父の名で呼んだ。
「……会ってどうするの」
「供養だよ。化物の姿のまま彷徨わせておくなんて俺は嫌だ。見つけ出して、この手で壊すよ」
アキくんの戦う動機は、生き残るためではなかった。
僕はそのことに、純粋に驚いた。だって、彼にとって自分の身の安全は二の次なのだ。自ら危険を冒してまでシャロンさんの”影”を見つけ出そうとするアキくんの気持ちは、僕にとって未知のもので、どう足掻いても理解の範疇を超えていた。
そしてそんな時、僕はこれまでのようにわからないと諦めるのではなく、”ともだち”に相談することを覚えたのである。
「アキくんがあんな風に戦ってるのは、シャロンさんを供養してあげたいからなんだって」
「あー……。うん」
「…………どうして、なのかな。だって、その前に自分が死んじゃったら意味ないのに」
「いや……、そっか。わかんねえよな。仕方ねえよ」
けれど答え合わせは、してもらえなかった。
ロヴィは僕を責めない。こんな僕にも優しくしてくれる。でもそれは僕に対する諦めと期待の無さの表れなのかもしれないと、漸く気が付いた。気が付いたところで実際僕にもそういう自覚はあって、彼を責めること気にはならないのだけれど。
期待されない優しさは、とても楽だけど、とても悲しかった。
「……もっとたくさん戦って、襲ってくる”影”を地道に消していけば、いつかはあの蛇の”影”に会えるのかな」
「そうだな。……少なくとも、あいつはそう信じてる」
「でも、あれはもうシャロンさんではないんでしょう……?」
「だったもの、だな」
けど、と言葉を切って、ロヴィは目を伏せる。緩く弧を描いて微笑む唇は、きっと愉快だからと笑んでいるわけではない。
「こういうことは結構多くてさ。死んだ人間の”影”を追っちまうやつは、今までに何人もいた」
「その人たちは、……どうなったの」
「どうなったと思う?」
「……それこそ、想像がつかないよ」
「ははっ、だよな。んな想像、つかねえ方がいいから気にすんなよ」
死んでしまった人を思い続けること。死んでしまった人のために生きること。
近しい人の死を知らない僕には、そのどちらもが未知である。
けれど、死者は過去だ。今ここに存在しない人間、過去にしかいない人間を、生活の中心に据え続けることが健全なことだとは僕にだって思えなかった。
「ロヴィ……」
「おう、わかってるよ。何とかするから、心配すんなって!」
僕の心配を吹き飛ばすように朗らかに笑ったロヴィは、銀の瞳を頼もしく煌めかせた。
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