褪ロラ
7
じっと見ていた僕に気付いたのか、水を止めたアキくんが顔を上げた。ちらりと僕を一瞥して(後で気付いたけれど口の端にケチャップが付いていた)、何も言わずに食卓の上に視線を滑らせた。
そして視線を戻して、――台所の惨状が発覚したのだった。
「……なに、……これ……」
硬い声で、アキくんがそう呟いた。
「……あ、キッチンちょっと借りたぞ」
「は?」
振り返ったアキくんの目は、完全に据わっていた。
その剣幕にエルドさんも思わず怯んで、
「な、なんだよ……?」
「また、あんたなの……」
「はあ?」
「ああ、もう、最悪……」
ぶつぶつと呟いて、鬱陶しそうに髪をかき上げる。場違いだけれどその仕草はとても絵になっていた。
「人の家に勝手に上がり込んで、台所まで勝手に使って……。……ああ。いいよ、わかった。百歩譲ってそこまでは許してあげるよ。でも、配置が何から何まで変えられているのはさすがに嫌がらせだよね……!?」
「な、なんでだよ、こっちのが断然使いやすいと思うぞ」
「論点をずらさないでよ、そういうことを言ってるんじゃなくて……! ねえ頭悪いの?」
「なっ……、」
「出禁」
金色の瞳に怒りをあらわにして、アキくんはエルドさんに言い放った。
デキンって、なんだっけ。あとでロヴィに聞こう。
「っなんでだよ、飯つくってやらねえぞ!」
「要らないよ。あなたが台所に立たないでいてくれる方が俺は嬉しい」
やけになったみたいに水を一気飲みし始めたアキくんを一瞥して、エルドさんとロヴィは潜めた声で話し始めた。
「……あんなことで怒るやつだとは思わなかったよな」
「いや、俺は怒るだろうなとは思ってた」
「はあ……!? なんだそれ、早く言えよ! つか、止めろよ!!」
「だってさ、ずっと部屋に籠って塞ぎ込んでるよりは、ちょっと怒らせてでも発散させた方がいいだろ?」
「怒られたのは俺なんだけどな……!?」
「いーじゃん、子供相手にケチケチすんなよ」
「このやろう……!」
ダンと音がして、僕たち三人は肩を竦めて台所を振り返った。
叩きつけるように空のコップを置いて、アキくんは歩き出すところだった。
拒絶感を剥き出しにしたその背中に、エルドさんはまた声をかける。
「おい、待てよ」
「…………」
「なあ」
「…………」
アキくんは、振り返らなかった。どうして怒らせてしまった相手に、そんな風に話しかけられるんだろう。エルドさんの言動はとても不思議だった。また怒られるかもしれないのに。あの背中に声をかける勇気は、とても僕にはない。
知り合って日が浅いのに喧嘩ばかりの二人だけれど、エルドさんの方はアキくんのことが、ただ純粋に心配なのかもしれない。どれだけ険悪な態度を取られていても、関係なく。
アキくんは、とても迷惑そうにしているけれど。
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