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褪ロラ
4

 「お前がずっと何も言わねえからさ……。デリケートな問題だし、こっちから切り出すことじゃねーなって黙ってたんだけど。やっぱお前、自覚ないんだもんな」
 「…………僕は、記憶喪失なの」
 「自覚なしの記憶喪失なんて聞いたことねーけど、お前が自分の昔のことを思い出せないんなら、そうなんだろうな」

 ほのかな眩暈は、未だ少しだけ僕の視界を揺さぶるから。僕も膝を折り曲げて、芝生に腰を下ろした。途方に暮れるような心地がした。けれど、同時にこの齟齬の正体が明らかになってほっとしている自分もいる。
 記憶がないから、僕はこんなにも人とちがって。記憶がないから、僕は何かがずれている。

 「……記憶喪失って、もっと生活に支障を来すものだって思ってたけど……。過去についての記憶がないだけで、生活の仕方は忘れてないみたい」
 「まあ、ある意味じゃ支障は来してるけどな……?」

 八重歯を見せて、ロヴィは苦く笑った。僕も笑おうとして、不格好に唇を持ち上げてみた。――多分、失敗した。
 座って向き合うロヴィの顔は、いつも見上げているよりも近い位置にあって、座高はあまり変わらないのだな、なんてどうでもいいことを思った。

 「人の心ってさ、大本のところはともかく、形をつくってんのは記憶だと思うんだよな。そいつがこれまでどんな人生を生きてきて、どんなことを思ってきたか。たとえば”今”、何かが起こったとして、それに対する人間の反応ってのは無意識に自分の記憶と比較したものなんじゃないかって思う。……それが空っぽで比べるもんが何もなきゃ、そりゃあずれもするだろ?」
 「……ごめん、難しい。わかるような、わからないような」
 「はは、だよな。いーよ。とりあえず、頭の端っこの方にでも引っ掛けといてくれ」

 でも、空っぽ、という言葉は当たっていると思った。いつだって僕は空虚だ。僕は僕に何度も問いかけて、けれど答えの返ってきたためしなど一度もない。

 「でさ。記憶、ないもんはしょうがねーだろ? けど、このままじゃお前なんの戦力にもなんねーし、さすがにずっと俺が守ってやるわけにもな」
 「僕も戦えるようになる?」
 「んー。お前のその”異状”が本当に記憶喪失によるもんなら、やっぱ記憶を増やしていけば、いつかは……?」
 「記憶ってどうやって増やすの」
 「それだよなー……。思い出作り? 誰かとの思い出をいっぱい作ればいいんじゃね?」
 「おもいで……」

 ロヴィが僕のことを思って、僕のために考えてくれているのはわかるのだけど、どうにも適当な思い付きで喋っているように聞こえる。思い出作りと言われても、というのが僕の正直な感想だった。

 「……お前、真面目に聞いてないな?」
 「だって、思い出作りって」
 「信じろって! じゃーほら、あれだ、友達になろうぜ」
 「……ともだち」
 「お前友達もいねーだろ? そんなんだからちょっとおかしいんだよ、試しに俺とまともな友情育んでみようぜ」

 僕とロヴィが、ともだち。
 ――ああ、そうだ。言われてみればやはり、友人と呼ぶべき人を僕は持たない。単に僕に友達がいないだけだと無意識に思っていたけれど、なるほど、いたとしても記憶がないのか。
 抜け落ちてしまった記憶の空白に、以前はそこにいたかも知れない友人の影を思った。僕は君と、仲が良かったのかな。僕はあなたに好いてもらえていたのかな。

 「ともだち、って、どうやってなるの」

 僕は手のひらの上の”心”をぶにぶにと撫でながら、ロヴィに聞いてみた。
 今のところ武器としては使い物にならないが、こうして手遊びに撫でて触る分には、なかなか気持ちがいいと思う。僕は一つだけ、僕の”心”のいいところを見付けた。




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あきゅろす。
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