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褪ロラ
3


 息が詰まるような粘性の静寂の中、夜の道を歩く。隣にはついさっき出会ったばかりの青年がいて、僕はただぼんやりと、二つの靴音が重なってはずれて、また重なり合うのを聞いていた。

 「にしてもお前、結構落ち着いてんのな。……大抵アレに初めて会ったやつは、もっと混乱して俺のこと質問攻めにしてくるんだけど」
 「落ち着いてるわけじゃないんだ。ただ、顔とか、態度に出にくいだけで」
 「ふうん? じゃあ気になるだろうけど、アレについての話はちょっと待ってろよ。長い話になるから、着いたら話そうぜ」
 「……そういえば、どこに向かって歩いてるの?」
 「第五支部。他の支部も回ってみたんだけど、みんな潰されててさ、もうこの辺ではあそこしか残ってねえの」
 「支部、っていうのは……?」
 「黒死病ってあるだろ、それの研究機関ってとこだな」

 黒死病。それは、ここ十数年で爆発的に蔓延した不治の病。原因も治療法もすべてが謎で、今や現代人の死因の約四割を占めているとも言われている。人類の歴史が久しく忘れていた、未曽有の大流行である。専門の研究機関の一つや二つ、あって当たり前だろう。
 なるほど、あの不吉の象徴のような”影”は、黒死病と繋がっているのか。

 「んーー……。確かこの辺のはず、なんだけどな……」
 「迷ったの?」
 「迷ってねえよ! ……ただ、実際ここまで来るのはすげー久しぶりで、詳しい場所が、その、うろ覚えっつーか……」
 「…………」

 ばつが悪そうに僕から目を逸らしながら、ロヴィは忙しなく辺りを見回した。曲がり角を一つ曲がって、景色が切り替わる。同じような住宅街が広がっていて、けれど今までよりも少しだけ洒落た印象の家が多くなった気がした。こちらの通りに住む人の方が、少しだけ水準の高い暮らしを送っているのかもしれない。

 「あ、あった!」

 駆け出した背を目で追いかければ、緩やかな坂を上った先にその家はあった。
 僕も坂を上りきって、黒い背中に声を投げかける。

 「ここ? ただの家に見えるけど……」
 「ただの家だよ、だからわかりにくいんだ。ここの家主が家を提供してくれててさ、そいつが管理人も兼ねてたんだけど」
 「けど?」
 「こりゃあ……、死んでるかもなあ」

 こぢんまりとした、何の変哲もない木造住宅である。
やはり窓から漏れる明かりは一切なく、人の気配も感じられない。

 「……一応ぐるっと一周して様子見てくるから、お前はここでじっとしてろよ。何かあったらちゃんと大声出して……」
 「あ、鍵開いてる」
 「人の話聞いてたか、お前……!?」

 細かな装飾の施された取っ手を掴んで引いてみると、玄関の扉は何の抵抗もなくすんなりと開いた。屋内は薄暗く、廊下の先は闇に沈んで見えない。

 「伏せろ!」
 「……っ!?」

 ロヴィの切羽詰まった声が鋭く響いて、僕は頭を思い切り押さえ付けられた。無理矢理しゃがみ込まされた勢いで、土間に膝を強かに打った。痛みに呻く間もなく頭上から聞こえてきたのは、銃声のような破裂音と、金属同士が激しく擦れ合うような音。

 「あ、……っぶねえな馬鹿野郎! 相手よく見てから狙えっての!!」
 「……喧しい声がすると思ったら。なんだ、お前か」
 「なんだ、じゃねえ! 俺がいなかったら今頃こいつ死んでたんだからな!?」

 廊下の向こうから姿を現したのは、煌びやかな金髪の美丈夫だった。




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