褪ロラ
3
朗らかに笑いながら左手で僕を制して、彼は続ける。
「じゃあほら、あれ、出してみろよ。ぐにゃぐにゃのお前の武器」
「……ど、どうやって」
「『出ろ』って念じる」
「…………」
悪ふざけのような答えに、僕は思わず口を開けたまま彼の銀目をまじまじと見た。
「ほんとだって! あのな、例えば自分の手ぇ動かすときに、お前『動け』って頭で考えてるか? ねーだろ?」
「そんなの当たり前だよ」
「それくらい当たり前にできることなんだって。次からは多分、もう何も考えずに出せるようになるから。とりあえず一回、騙されたと思って念じてみろって」
「…………」
念じるって何だろう。僕はまだ少し腑に落ちないまま目を閉じて、両手のひらを広げてみた。――出ろ、……出ろ? これでいいのかな。
「ほらな?」
得意げな声がしてはっと我に返ると、いつの間にか手のひらに見覚えのあるようなないような黒い物体が、さもそこにあって当然のような顔で鎮座していた。
「…………」
「お前の武器なんだから、お前の念じたり思ったりすることにはちゃんと応えてくれんだよ」
まただ。黒い靄に関わり、ロヴィに関わり始めてから、僕は不可思議な現象ばかりを目にしている。
僕が思っているよりもずっと、この世界には言葉で説明できないことがたくさん溢れている。――そろそろ、驚き慣れてきたような気もするけれど。
「……で、今のお前の”心”はこんな状態なわけだ。それについてはどうだ? なんかコメントは?」
「僕がちょっと、……人と違っているから」
「人と違う?」
「ずれてるっていうのかな、自分でも、わかってるんだけど」
具体的に何がどうとは言えないのだけれど、決定的な違和感だけはずっと感じている。それに伴うほんの少しの疎外感と、けれどどうしようもないのだという諦めにも似た感覚。
「理由、教えてやろうか」
「え……」
「っつーか、逆なんだよ。お前がそうやってずれてるから”心”がこんな風になってるんじゃなくて、お前の精神的なバランスがおかしいから、ずれるんだ」
そう言われても、よくわからなかった。
言葉の意味はもちろんわかる。ただ、何を言っているのかがわからない。
手のひらの物体が、僕の困惑と動揺をくみ取ったかのように、小刻みに震えている。何かを恐れるように、弱々しい小動物のように、無様に。
「……よく、わからないよ」
「……そっか」
「…………」
「じゃあ、はっきり言うな。……記憶がないから、そんなにがたがたなんじゃないかって、俺は思う」
それだけ言って、ロヴィは芝生の上にしゃがみ込んで、自分の膝に頬杖をついた。
袖がずり下がって、露出した手首の白が日の光に眩しかった。
「記憶がない」
「そう。記憶がない」
「僕の」
「そう。お前の」
穏やかだけれど、きっぱりとした肯定だった。
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